第10話 終わりを見届ける

 翌日、朝早い時間にノニはアウルの家を訪ねた。

 アウルも夫婦も起きていて、何かの出掛ける準備をしているところだった。

「こんにちは! 私はノニよ。おじさんとおばさんは何をしにここへ来たの?」

 何も知らないノニは、無邪気に尋ねる。

 アウルは面倒なことになったと言わんばかりに、険しく顔を顰めて黙り込んだ。夫の方も困った顔をしている。しかし、妻の方は、優しくノニに言った。

「こんにちは、ノニちゃん。私たちはね、ここで眠りにつくことにしたのよ」

「え? ここに住むということ? じゃあ、お父さんたちに知らせなきゃ! お家が必要でしょう」

 来たばかりなのに、すぐにも引き返そうとするノニを妻は笑いながら止めた。

「違うのよ、ノニちゃん! 私と夫はね、病気でもう先が長くないから、どちらかが先に死んで一方が残されるよりも、二人で一緒に死ぬことを選んだの」

 頭を金槌で殴られたようだった、意味が分からなくて、ぽかんと呆けてしまう。

 ノニはアウルを見た。いつもアウルは話したくない時、ノニを見ない。しかし、今アウルはノニの視線をしっかりと受け止めている。

「……死ぬのを、選んだの?」

 どうして? と尋ねる声は掠れて上手く発せなかった。

「死んでも一緒にいたいからよ。それにただ苦痛の時間を長引かせるだけの治療にも耐えられない。私達は、もう十分長く生きたから、こういう終わり方でもいいの」

「で、でも、私のお祖父ちゃんが死んだとき、お祖母ちゃんは死んでないよ! 今も生きてるよ!」

 ここで、老夫が口を挟んだ。

「君のお祖父さんとお祖母さんは、私らとは違う道を選んだんだよ。私らは幸いなことに二人とも同じ病気だからね」

 ノニは何と言ったらいいのか分からなかった。何か言いたいことはあるのに、喉でつかえたように何も出てこない。

 アウルもノニをじっと見つめるだけで、何も言ってはくれなかった。

 瞬間、ノニは弾かれたようにアウルの家を飛び出した。やや溶けかけた雪が足に纏わりついて転びそうになる。しかしノニはなんとか踏ん張って、一心不乱に家まで走り続けた。

 家に帰り着くと、まっすぐ祖母の部屋へ向かう。突然部屋に押し入ってきたノニを見て祖母は仰天した。「一体何が……」と声をかけながら、息を乱し瞳に涙をためて、立ちすくむノニを祖母は理由も訊かずに抱きしめた。

 それがもう限界で、祖母にしがみついてノニはしゃくりあげた。


 二日後、再びアウルも家を訪ねたノニを見て、老夫婦は微笑んだ。

 二人は優しくノニを抱きしめ、外に出て行く。アウルもそれに続いた。

 ノニが生きている夫婦を見たのは、それが最後だった。最後に抱きしめてくれた二人は弱々しく震えていて、終わりが近いことは明らかだった。

 アウルが帰ってきたとき、ノニはまだアウルの家に居て泣いていた。

 火が消えたことにも気づかずに、一人蹲って泣くノニの心を安らげる術をアウルは持っていない。

 そんなノニをアウルは無言で背負って、雪道を歩き始めた。ノニはアウルにしがみ付く。

 彼が決して離れて行かないよう、繋ぎ止めなければいけない。

 老夫婦の終わりを手伝い、見届けたアウルの心を思ってノニは泣いた。

 老夫婦の生き方に、その終わり方に、ノニが涙を流したのは十四歳の冬だった。

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