第9話 最後の願い
寒さになれない老夫婦のために、アウルは手際よく薪を追加して火熾した。油分が多く燃えやすい木を沢山焚べて、炎を大きくする。
「これほど北の土地で、同郷の方に会えるなんてとても驚きましたよ。ねぇ、あなた」
「ああ、噂は本当だったんだなぁ」
老夫婦はアウルに礼を言って、囲炉裏の前に座った。
「噂ですか?」
「ええ、そうです。北にはね、愛するものとずっと一緒になれる場所があると。我らの気持ちを分かってくれる人がいるのだ、という話でした」
アウルはむっつりと黙ったままだったが、心が震えるのを止められなかった。
老夫婦が現れたとき、すぐにアウルにはどんな用事でここまで来たのか察したのだ。
「それは、つまり……決意されたと?」
「話が早くて助かります」
はっきり言葉にしなくても、お互い相手の言いたいことは理解している。
「それを願ったのは、あなた方が初めてではありませんから」
「そうでしょうね。もちろん私たちと同じことをしようとする人が、それほど多いとは思いませんが」
アウルとこの老夫婦の場合では状況が違うが、最後に望むことは同じだろう。
「では、覚悟されているのですね?」
「もちろんですよ。ここに来るまで、雪の挑戦を受けましたが、考えは変わりませんでした」
「時間はどのくらいありますか?」
「私らはもう二人とも病魔に蝕まれておりましてね。ここまで来るために薬を飲んで苦痛を紛らわせてきたが、その薬も残り少ない。もってあと数日でしょうな」
「分かりました。それではお手伝いします」
老夫婦はずっと寄り添いあっていて、直視できなかったアウルは俯いたまま答えた。
「ありがとうございます。どのようにするのです?」
「それは後で説明します。いますぐというわけでもない。取り敢えず、夕食にしましょう」
「ふふ、最後までお腹いっぱいでいられるなんて、私たちは幸せね」
妻が夫に微笑みかけると、夫は妻の肩を軽く叩いた。その手が震えているのに気づいてアウルは目を眇めた。
アウルは食事の用意に取り掛かる。老夫婦も持っていた食べ物を全て提供してくれた。もう残していても仕方がないので、ありがたく受けとった。南方の保存食の中でも特に、果物を使った蜜煮を見たとき、胸が苦しくなった。
これは『彼女』の好物だった。
アウルが終末の説明をしているのに、夫婦からは何の不安も感じられなかった。本当に仲が良い夫婦だ。
自分の失った可能性を考えさせられるのは辛い。しかし、こんな自分でも彼らの役に立つことが出来るなら、そうしたいと思った。
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