第2章 雪よ、この想いを隠しておくれ

第8話 訪問者

 三年の月日が経過して、ノニの身長はぐんぐん伸びた。今では祖母よりも大きい。

修行は順調で、小さな氷飾りなら任されるようになった。

 腕前の評判は悪くない。丁寧に術式の粉を振りかけて、雪の女王へとお願いする時間がノニは好きだった。氷から流れて来る光を受けて、ノニの体も輝きに包まれるのが、温かくて冷たくて心地良い。

 しかし、ノニには欠点が一つだけあった。それは術をかけるのに、父や祖母がやるよりもずっとずっと長い時間がかかるのだ。

 ノニは食事を忘れて部屋に籠り、祈り続けることもあった。それでも、頭の片隅では別のことを考えていて、術の効果が表れにくい。

 そんな時、ノニはいつもアウルのことを考えていた。ノニがそのことを祖母に白状すると、祖母は困っているのか面白がっているのか分からない顔をするのだった。

 アウルは、今でも墓守りの仕事を続けている。

 今日の分の修行が終わると、祖母に託された食料を持って、ノニはアウルのところに遊びに行った。

 アウルのところには甘味が全くなかった。だから祖母が時々アウルに、と言って持たせてくれるのだが、そのほとんどはノニの腹に入ることになる。

 今日は珍しくアウルは家に居たので、二人でお茶をした。

 ほとんどノニが日常のことを話すのを、アウルが聴いているだけだったが、この三年で彼は故郷のことを少しずつ話してくれるようになった。

 アウル自身のことを訊くと話を止めてしまうので、それ以外のことをノニはよく話してもらうのだった。

 そして夕方、その訪問者は突然やって来た。

「こんばんは」

 入り口に視線をやると、二つの丸々とした黒い影が立っていた。

 二人ともとても着こんで、雪だるまのようになっている。声から判断すると男性と女性のようだ。それほど若くはない。

「誰だ?」

 アウルは硬い声で、突然の訪問者に応対した。

 二つの影はどちらも答えず、フードを外す。

 ノニは思わず目を見張った。

 彼らが目と口を隠す覆いを取り去ると、そこからあらわれたのは浅黒い肌だった。瞳も黒曜石のように澄んだ黒をしている。

 アウルも小さく息を呑む気配がした。

 間違いなく、南方人だ。こんな北の最果てまで、はるばる旅をしてきたのか。

女が男の腕に手を添えて寄り添った。

「南から参りました。あなたにお願いがあります。お邪魔してもよろしいでしょうか」

 微笑みを浮かべた老夫婦は、アウルを見つめ丁寧に言った。

 アウルはいつも以上に険しい顔をしているが、断ることはしなかった。

「今、火を入れます」

「私も手伝うわ!」

 珍しい客人の訪問に、ノニは舞い上がっていた。冬の長い夜を紛らわすのに面白い話が聞けるかもしれないという期待。なんとかしてアウルの家に長居したい。しかし、その目論見はアウルによって簡単に潰えた。

「お前は帰れ。すぐに暗くなるぞ」

「そんなっ。ねぇ、今日だけだから、ここに泊めてくれないかしら? 私も話が聞きたいわ」

「だめだ。親が心配する。さっさと帰れ」

 アウルはノニを睨み付けてきた。

 その視線の鋭さに、今はわがままを言う時ではないと悟ったノニは、不満ながらも素早く荷物をまとめて出て行った。

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