第11話 湖に眠るもの
老夫婦を看取ってから数日後、ノニはアウルの家を訪ねた。
彼らのことには触れないつもりだった。考えると今でも涙が溢れてくるから。しかし、アウルの様子が気になってノニは彼に会いに来たのだ。
アウルは同意とはいえ、自ら終焉を決めた彼らを手伝ったことになる。彼の心は平穏だろうか。
「アウルー! アウル? いないのー?」
何度呼びかけても、家主は出てこなかったので、仕方なくノニは帰ることにした。
その途中の帰り道、ノニは雪が掻き分けられ、普段はない道が出来ていることに気づいた。誰が通った後なのか不明だが、新しいものだ。
今日はすることもないし、アウルかもしれない。好奇心に任せて行ってみようと思ったその先で、ノニはアウルの秘密を知ることになる。
道に沿ってずっとずっと進む。雪はしっかりと踏み固められていて、歩きやすかった。
この先には行ったことがないので、何があるのか分からない。帰りに雪が降って帰り道が分からなくなったらどうしよう、という不安があったが、それでもノニは進み続けた。
暫くすると柔らかい雪は減って氷道になり、視界が開けた。
そこには広がっていたのは美しい湖。
それほど大きくはないが、細長く先まで続いている。
湖の表面は氷で覆われ、滑って遊ぶことが出来そうだ。恐る恐る氷の上に足を踏み出して、ノニは湖の中を歩き回った。
そこで見つけたものの衝撃は、夫婦の決意を聞いたときに匹敵するものだった。見つけたとき、ノニは無意識に膝をつき、氷に手を合わせた。
「うわぁ……き、れい……なんて綺麗なの」
湖に張った氷の下。
豊かな黒髪を波打たせ、眠る一人の女性。女性らしい膨らみを持ち、すらりと背は高い。瞳は閉じられていても、彼女がとてつもない美人であることが察せられた。そしてアウルと同じ肌は、瑞々しく張りがあって美しい。
なぜ、こんなところにいるのかさっぱり分からないが、アウルは知っているのだろうか。もし知らないなら知らせて引き上げてあげなければ。
しかし、ノニのそんな心配は杞憂だった。
「そいつに触るな!」
突然の怒鳴り声に、慌てて立ち上がろうとしたノニは、足を滑らせ派手に転んでしまった。そのままの姿勢で顔だけ振り向く。
ひどく激昂した声。睥睨する目。手に握るつるはしが鈍く光って不気味だった。
「離れろ!」
腕を振り上げて走ってくる様に、殺されるのだと感じた。しかし、脚がすくんでしまって咄嗟に動けない。
アウルはすばやくノニを抱え上げると、湖の外に引きずり出した。
「いったい何を考えている! 水の中に落ちたらどうする!?」
膝を諤々とさせながら、ノニはアウルを見つめる。何故これほど怒っているのか分からない。
「……氷が張っていたわ。この季節に氷が割れることはないと思って……」
ノニは呆然と返事をするが、アウルの怒りは収まらなかった。
「ここは火山が近い。この湖の底の方の水は熱くて氷にならないから、表面が氷に覆われているからといって、油断できないんだ」
「……知らなかったの。……あの女を引き上げることはできないの? 一人ぼっちで可哀想だわ」
女性のことに言及すると、アウルは膝から崩れ落ちて叫んだ。
「頼むから、帰ってくれ! 彼女のことは何も言うな」
ノニは一目散に駆け出した。
寒さではなく恐怖で全身が震えていた。今のアウルは手負いの獣のようで怖かった。
一度も振り返らずに家に向かって走っていく。途中、雪に足を取られて何度か転んだが、そのまま走り続けた。
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