第12話 愛も悲しみも凍りつく場所

 家に着くころには、息が上がり、体は汗と熱を発していた。このままでは間違いなく風邪を引く。

 家に居たのは、祖母だけだった。ノニの様子を見て目を見張ると、すぐに毛布で包み込んで抱き締めてくれた。そのまま奥に連れて行かれ、着替えさせられる。

 居間に戻ると、祖母は何も言わず、何も訊かず、お茶の用意を始めた。その時までは耐えられた。この前の老夫婦の件でも祖母に縋ってしまったのだ。今もすでに祖母に心配をかけていることは承知していたが、それでもこれ以上心配かけたくなかった。

 しかし、そんな強がりも祖母が入れてくれた甘茶を飲んだ途端に、呆気なく崩壊した。熱く甘い液体が喉を流れるのと同時に、冷たい涙が頬を伝った。後から後から溢れて来る。

 次第に、ノニは祖母の膝に突っ伏して本格的に泣き出した。

嗚咽交じりに祖母に何があったのかを話した。アウルを怖いと思ったことも、彼がなぜ激怒したのか分からなかったことも話した。

 ノニの背中をゆっくりと撫でる祖母の手が温かい。

 ノニの話を聞いた祖母は、全てを心得た顔をしていた。ノニが落ち着いたのを見計らって、今度は祖母が話し始める。

「ノニ。お前、あの湖の中の女性を見たんだね」

 まさか、祖母が湖の女性のことを知っていたなんて。祖母の膝から飛び起き、ノニは唖然とした顔で尋ねた

「う、うん! お祖母ちゃんはあのひとが誰だか知っているの?!」

 お茶を啜った祖母は迷っているようだ。

「もう十年ほど前のことだよ。アウルがここにやって来たのは」

 ノニははっとした。何故今まで思い至らなかったのか。アウルの年齢を考えれば、彼がこの土地へ来た頃を、祖母は知っているに決まっている。

「アウルは話してくれなかった。話したくないんだって」

 アウルのことが知りたい気持ちと、他の人から聞くことを躊躇う気持ちが、ノニの中でせめぎ合う。

「そうだろうね。ここは雪の世界。凍れる大地。全てを凍り付かせる。愛も、死も、痛みでさえも。癒えることがない」

 お茶を注いでくれるかい? と祖母は言った。

 アウルのことを聞いていいのだろうか。

「彼女はね、アウルの恋人だよ。アウルは若くして恋人を喪った。普通はそのまま埋葬するのだろうが、アウルは彼女の肉体までも失いたくないといって、北に来たのさ。南は暑く、すぐに遺体は腐ってしまうからね」

 ノニは目を見開いたまま、呆然と祖母を見つめた。アウルにそんな過去があったなんて。

「聞くところによると、女性の家族の同意を得ずにここまで運んで来たらしい。きっと彼女の家族は激怒しているだろうと言っていたよ」

 昔、アウルに故郷に帰るつもりはないのかと聞いたとき、彼は帰らないと言った。本当は帰れないのだ。恋人がここに眠っていて、遺族が怒っているから。

「お祖母ちゃんはどうしてそんな話を知っているの?」

「アウルの前の墓守りと一緒に、彼を助けたからだよ。あの女性と湖に沈みかけているところを」

 前の墓守への恩というのは、これだったのか!

「アウルは助けられたが、あの湖は少し特殊だったから、女性は助けられなかった。アウルは今でも悲しみと苦痛の中で生きているのだろうね」

 祖母の声は、ずっとノニの頭の中で響いていた。

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