影より来たる力、あるいは刹那の時の暴理 2

ぞろぞろと並びながら、一行は運動場へ向かう。


「えっとじゃあ簡単に説明するわね。この学校には七つの運動場があるんだけど、その内の偶数番号が屋内運動場で、通称闘技場って呼ばれてるわ。で、奇数番号は屋外運動場。闘技場もかなり広いんだけど、屋外運動場はさらに広くてね。それこそちょっとした学校くらい広いのよ。」

「どんだけの敷地があるんですかここは・・・」

「ふふっ・・・まあここは国内でも数少ない特殊な学校だからね。」

「にしても度が過ぎますよ・・・。ん?ていうことは第三運動場は外なんですか?」

「ええ、そうよ。」


という琴音の答えを聞いた影人は顔を顰める。


「・・・暑そうですね。」

「いくら何でも軟弱が過ぎるわよ、影人くん・・・」

「軟弱じゃないです。虚弱です。」

「いや、影人くん体の強さに関しては最弱ともいえるわね。」

「・・・ほっといて下さい。」


そこで影人は何かに気付いたように琴音を見る。


「あの、琴音さん。運動場ってことは基本何も無いってことですよね?」

「うーん、まあそうともいえるわね。」


と、何処か誤魔化すように琴音は答える。


「そうとも言えるって・・・ちゃんと教えてくださいよ。」

「まあその辺は直接見てもらった方が早いのよ。到着してからのお楽しみってことで、ね?」


そう言って琴音はいたずらっぽく微笑む。

世の男性が見れば10人が10人心を奪われるようなその可憐な表情を見た影人は、しかし小さくため息をついただけだった。



生徒会室を出た約15分後、一行は件の運動場に到着していた。

ちなみにその道中、多くの人の注目を集めたが、誰1人として気にする者はいなかった。


「ここが第三運動場ですか。・・・なんか本当に何も無いですね。」


影人たちがやって来た運動場は、異常になまでに広い平地であった。また、運動場の周囲には客席があり、そこには多くの生徒が座っていた。


「ていうか何ですかこのギャラリーは。」

「ああ、みんなこの学校の生徒だぞ。」


影人の疑問に答えたのは、いつの間にか生徒会室からここに来ていた焔だった。


「いやそれは分かってますよ。僕が聞きたいのはなんで試験なのにイベントみたいになっているのかってことですよ。」

「イベントみたい、じゃない。これは紛うことなきイベントだ。全員なまじ戦闘向けの能力を持っているだけに、誰かが戦う場面を見るのが大好きなんだよ。」

「・・・血気盛んですね。」


呆れたように呟いた影人は、いつの間にか琴音が居なくなっていることに気付いた。


「あれ?琴音さんは何処に行ったんですか?」

「ああ、会長なら実況席にいったぞ。」

「実況席!?いやもうこれ試験じゃないですよね。」

「だから言ったろ、イベントなんだよこれは。そもそも編入生ってだけで大分注目されてるんだ。仕方ねえだろ」


そう語る焔だが、どことなく機嫌が悪そうだ。まるで、戦いを好む人間の感情が理解できないと言っているかのように。


何となく焔の思いを察した影人は、これ以上焔に話しかけることを止めた。

と、そのタイミングを見計らったかのように、影人の服の裾を引っ張る者がいた。白葉である。


その白葉は無表情のまま運動場を指差し、


「・・・大丈夫?」


と影人に問う。

何が、とは聞かずに影人は答える。


「まあ大丈夫だよ思うよ。いやもちろんこのままだったら、暑いし影もないから辛いけど、琴音さんのことだからきっと何かしら企んでるから。」

「・・・そう。・・・無理は、しないでね。」

「うん。なるべく早く終わらせるよ。」


そう微笑みながら白葉の頭を撫でる。


「白葉こそ頑張ってね。」

「・・・問題ない。」


と、その時運動場のスピーカーから聞きなれた声が聞こえた。


『皆さん、大変長らくお待たせしました。時間となりましたので、これより試験を始めます。』


その聞き心地の良い声は琴音のものである。

試験を始めるのに『皆さんお待たせしました』はおかしいだろう、と思いつつも影人はもう突っ込むことはしない。


『実況は私、生徒会長の霧裂琴音が勤めさせて頂きます。解説は、高等部の科学担当の蚊帳外(かやぞと)陽炎(かげろう)先生です。蚊帳外先生、今日はよろしくお願いします。』

『ああ、よろしく頼む。』


まるでスポーツ中継のようなやり取りに影人は頭痛を覚える。


『さて、では時間をありませんので早速始めて行きましょう。』


琴音がそう言うと同時に、運動場が青い光で満たされる。

それは段々と強くなり、遂には直視出来ないような強い光となる。堪らず影人は目を閉じる。

そして、直後にその光が弾けた。影人が目を開けると、先ほどの光は淡く小さくなり、運動場を漂っていた。


『はい、これでダメージ変換用の精神結界が起動しましたね。それでは、選手・・・じゃなかった、受験生徒と教諭は入場して下さい。』


その言葉に従い、影人は淡い光が漂う空間に足を踏み入れた。

境界線を超える瞬間に僅かな違和感を感じるが、それもすぐ霧散する。

相変わらず何も無い空間だが、空気が明らかに違った。


「これが精神結界ですか・・・なかなか面白いものですね。」

「そうだろう?最先端の技術を結集して作り上げた、この国の誇るべき発明だ。」


影人の独り言に答えたのは、逞しい体を持つ中年の男性だった。これだけの巨体が歩いてきたというのに、奇妙なほど気配がない。そもそも何処から現れたのか。

不可解な点が多い中、影人は微塵も動揺せずに話す。


「僕もそう思いますよ。肉体のダメージを無くすだけではなく、それを精神ダメージに転換するなんて、普通じゃ無理ですからね。」

「ほう、君は驚かないんだな。私は素人なりに気配を消していたつもりだったのだが。」

「ああ、いえ、気配はそれなりに消えていましたよ。一般の方なら目の前にいても認識できないと思います。ただ変に気配が薄かっただけに違和感がありまして・・・。余計に気になってしまったんです。」


その言葉に男性は感心したように頷く。


「ふむ、君はなかなかに面白い生徒のようだ。名はなんという?」

「いや、試験相手の名前くらい知ってて下さいよ・・・まあいいですけど。

僕は高等部一年に編入する闇乃影人と申します。あなたは金剛先生でよろしいですか?」

「いかにも。高等部数学教諭の金剛 豪(つよし)だ。」

「では本日はよろしくお願いします。」


影人は品の良い礼をする。それに続いて男性・・・金剛が無骨に礼をする。

顔を上げた金剛は、影人の顔をみて少し怪訝そうな顔をする。


「闇乃よ。なにやら顔色が優れない様だが大丈夫か?」

「ここは元気よく大丈夫だ問題ない、と答えたいところですが・・・正直あまり大丈夫じゃないです。長時間直射日光に当たるのは辛いので・・・早く始めたいですね。」

「ふむ、わかった。では試験を始めるとしよう。」


そう言うと金剛は右手を挙げる。それを確認した一人の男性教諭が、運動場に降りてくる。


「準備がよろしいようなので、開始します。審判は私、佐藤が勤めさせて頂きます。細かいルールは事前に確認済みだと思いますので、説明は省きます。」


教諭はそう言うと、地面に手をつく。


「それではまず、公平を期すためにフィールド生成を行います。『正々堂々フィフティ・フィフティ』!」


教諭が高らか叫んだ瞬間、運動場に変化が起こる。

何も無かった運動場の右半分・・・金剛側に、様々な種類と大きさの石や金属が現れた。

そして左半分、影人側は闇が広がり夜のように暗くなった。


「これは・・・?」

「佐藤先生の能力だ。お互いが同じ条件で戦闘が出来るように世界を書き換えることができる。」

「凄まじいですねそれ。」

「まあいくつか制約があるらしいがな。」


そこまで語り、金剛は唐突に身構える。


「さて、ではこれより試験開始だ。生徒である闇乃からかかって来るといい。タイミングは任せる。」

「・・・分かりました。では少し待って下さい。」


そう言って、影人は懐から何かを取り出す。

それは丸くなった蛇をモチーフに作られており、そしてその蛇は己の尻尾を咥えて・・・否、喰らっている。


それはウロボロスを象った時計だった。


「残り三分・・・ですか。」


その時計を見て影人は呟く。

その言葉に、金剛が一瞬驚いたように目を見開く。


「三分?どういう意味だ?」

「言葉通り、僕の残り時間、という意味です。それ以上は僕の体が、と言うか体力が持たないんですよ。」


そう言いながら影人は時計を懐にしまう。


「では、お待たせしました。それでは、始めるとしましょう。」

「・・・三分で試験が成立すると思っているのか?」


と、金剛が問う。それは怒っているのでははく純粋な疑問だった。

そしてその疑問に影人は穏やかに笑いながら答える。


「ええ。だって三分以内に決着をつければ良いだけですから。」


そう言いながら影人は虚空に手を伸ばす。


「お言葉に甘えて、僕から行かせて貰います。『影用模倣シャドーシフト拳銃ピストル


影から創り出した拳銃を、影人は金剛に向ける。


「行きます。『影ノ弾丸シャドーバレット』」


そしてそのまま、引き金を引いた。

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