制限付きの強者、あるいは束縛無き弱者

ー残り三分ー


銃口から音もなく、漆黒の銃弾が放たれる。

二回、三回と引き金が引かれる度に、影人の周囲から現れる何発もの銃弾が金剛を襲う。


自らに殺到する影の弾丸を前にして、しかし金剛は慌てない。


「ふんっ・・・!『物質操作マテリアル・コントロール』『物質変化マテリアル・トランス』!」


と、金剛が言うと同時、彼の周囲の石や金属が彼の前に壁を作り、更にそれは高貴な輝きを持つ宝石に変化する。


影人の放った影の銃弾は、その壁に弾かれそのまま地面に溶けて行く。

影人はそれを感心したように見つめる。


戦技スキル・・・『転化堤防』ですか。」

「ほう、知っているのか?さして有名な戦技では無いと思ったが。」


金剛は少し驚いたように呟く。


戦技・・・それは能力を用いた戦闘技術のことである。

金剛の使った『転化堤防』は様々な物質を集め、それを『物質変化』で更に硬い物質に変える防御用の戦技である。

『物質変化』は一度発動すれば良いわけでは無く、使用時間中は発動し続ける必要がある。変えるものが元の物質より硬ければ硬いほど、体力の消耗も激しい。


あれだけの物量をまとめてダイヤモンドにするなど、凄まじいまでの体力を使う。

しかし金剛は顔色一つ変えずそれをやってのけた。


「凄い持久力ですね。僕も見習いたいです。」

「少なくとも、あと五分は持つ。そのまま攻めてきたところで私に攻撃を加えることは出来んぞ。」

「・・・そのようですね。僕も少し本気を出しましょうか。」


そう言うと、影人は一歩下がる。


ー残り二分三十秒ー


「『影中旅行シャドートリップ』」


そしてそのまま影人の姿が消える。

それを見た金剛はダイヤモンドの壁を崩すと周囲を見渡す。


その金剛の目に飛び込んで来たのは、巨大な岩の影から現れた影人の姿だった。


「影から影へ転移する能力か。」


という金剛の呟きには答えず、影人は更に別の影へ転移する。


何度も何度も、段々と速く。

そして十秒もたったころには、まるで影人が何人もいるかのように見えるようになっていた。


「これは・・・?」


油断なく周囲を警戒している金剛から発された疑問に答えたのは、スピーカーから流れた緊張感に欠けた声であった。


『おお、これは凄い!影人・・・選手でいいやもう。蜻蛉先生、影人選手のこれは、いわゆる分身の術でしょうか?』

『ある意味ではその通りだな。これは戦技スキルだ。正式名称は『行き過ぎた世界オーバーディメンション』だが・・・まあ、国内ではほとんどの人が分身の術と言うな。凄まじい速度で転移を繰り返すことで残像による分身を作り出す撹乱用の戦技だ。少々難易度は高いがな。』

『なるほど!解説ありがとうございます。』


実況席からの説明が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、影人は攻撃を始める。


高速で転移を続けながら、影人は懐から漆黒の拳銃を取り出す。

服の影から作られたそれは、先ほど作ったものより明らかに小さい。

その上先ほどと違い一面影の場所では無いので、一度に射出される弾丸は一発のみ。

しかし、先ほどと違うのは全方位からの攻撃であるということだ。


「『影ノ弾丸シャドーバレット』!」


漆黒の弾丸があらゆる方向から金剛を襲う。


「くっ・・・!『鉄拳アイアンフィスト』!『物質変化マテリアル・トランス』!」


壁では間に合わないと判断した金剛は、直接弾丸を弾くことにした。ダイヤモンドと化した手で針の穴を通すような正確さで襲い来る弾丸を迎え撃つ。


『おおっと!金剛先生、なんと素手で弾丸を弾いています!』

『あれは『剛体転化』という戦技だな。体の一部を金属に変え、そしてより硬いものに変化させる、という攻守一体の戦技だ。』

『なるほど。しかし戦技以前に、あれだけの弾丸に自力で対応する時点で凄まじいですね。』


実況が話している間にも攻防は続く。一箇所に留まらず転移を繰り返している影人に攻撃する手段を金剛は持っていない。

しかし、影人には三分間という時間制限がある。

つまりそれまでに金剛を倒せば影人の勝利、凌げば金剛の勝利である。


徐々に観客席のボルテージが上がっていく。あらゆる方向から銃弾を撃つ影人。それを動体視力と反射神経にものを言わせ全て打ち落とす金剛。

その場にいた全員が、その戦いが試験であることを忘れていた。


ー残り一分三十秒ー


「・・・正直予想以上です。まさかあの銃弾の嵐に対応してくるなんて思いませんでしたよ。」


これ以上の攻撃は無意味と判断し、転移を止め影人は言う。

そのまま手に持った銃を影に溶かす。


「確かに弾速は、実弾とは比べ物にならないくらい劣っていますが・・・それでも凄まじい反応ですね。」

「楽ではないがな。死角を狙った攻撃を打ち落とすのは少々骨が折れた。」


言葉はとは裏腹に、金剛の表情と顔色に疲れは見えない。対して影人は、今にも倒れそうなほど顔を白くしている。


「あはは・・・ちょっと、時間をかけすぎましたかね・・・」

「ふむ、このまま黙っていても試合は終わりそうだが。しかしそれでは試験にならないのでな。最後に私の攻撃で終わらせるとしよう。」


そう言って金剛はダイヤモンドの両手を元に戻す。


「むん・・・!『物質操作マテリアル・コントロール』!『物質変化マテリアル・トランス』!」


そして金剛は先程と同じ能力を発動する。しかし起こった現象は先程とは違う。大量の岩石が金剛の両腕に集まり、巨大な腕を形成する。その腕は瞬く間にダイヤモンドに変質する。


「戦技・・・『金剛腕』。私が使える中で一番攻撃力の高い戦技だ。・・・あまり長持ちさせることは出来んのでな。早速行かせてもらう!」


そう言って金剛は闇のなかの影人に向かって駆け出す。

それを見た影人は・・・しかし動かない。

金剛の背に冷たい感覚が走る。例えようもない嫌な予感を、しかし金剛は無視した。余計な考えを持っていたらダイヤモンドの腕を保つことは出来ないからだ。

金剛は闇の中に突入する。光はとても弱いが、影人の姿を見失うような事は無い。


金剛は瞬時に影人との距離を詰める。そしてその巨大な腕を大きく振りかぶり、


「ふんっ・・・ぬぅぉぉぉぉぉ!」


気合いと共に振り下ろした。

明らかに影人の全身より巨大な両腕。それを前にして、影人は何もしないで立ち尽くしていた。

足が竦んで動けないのか。金剛は一瞬そう考え・・・影人の表情を見てその考えを即座に改めた。


影人は笑っていた。

諦めでも嘲笑でもなく、ただいつも通り淡く微笑んでいた。


先程とは比べ物にならない悪寒が金剛を襲う。しかし最早腕を止めることは出来ない。

あまりにも長い数瞬の後、遂に金剛の腕が影人を捉えた・・・ように見えたその瞬間。


影人の姿が掻き消えた。


「なっ・・・!?」


予想外の事態に集中が途切れ、巨大な両腕は崩れた。

転移で逃げたのか。いや、能力名を言っている時間は無かった。何よりあの危機的状況で能力を発動する集中力など無いだろうし、転移する余力があるならわざわざ姿を現さないはずだ。

混乱する金剛の疑問に答えたのは、真後ろから聞こえた穏やかな声だった。


「影能力レベルExエクストラ・・・『影人形ドッペル』です。」

『おおっとこれは予想外!影人選手、まさかエクストラアビリティを発現させているとは!』


興奮を隠そうともせず、実況席の琴音が言う。

エクストラアビリティ、それは特殊な条件を満たすことで発現する可能性のある特別な能力のことである。


『今のは・・・『影人形ドッペル』だな。この能力の発現条件ははっきりしていないのだが、統計的には模倣系の能力を多用していると発現しやすいとも言われている。この能力の最大の特徴は、本来黒一色である影に彩色をすることだ。それにより自分の完璧な分身を作ることができる。さらに、作った分身は遠隔操作ができることも大きな特徴だ。恐らく、転移をやめて金剛教諭の前に姿を現したあの段階で『影人形』と入れ替わっていたのだろう。』


と、解説が観客に説明する。


「何でそんなに詳しいんですか解説の先生は・・・」

「くっ、物質マテリアル・・・」

「させません。『影ノ監獄シャドージェイル』」


再び岩石を集めようとした金剛を、影人が漆黒の箱で捕らえる。しかしその箱には大きな穴がいくつも空いている。


「これは・・・?」

「その名の通り影の監獄です。『影用模倣シャドーシフト』と違って捕らえることだけを目的としてますから強度は段違いですよ。」

「なるほどな。しかし穴だらけだ。体力がもう無いのか?これならこの穴を取っ掛かりにして破壊できるぞ。」

「いえ、ちゃんと考えてのことですよ。穴を空けた上で壊されない強度の監獄を作ることは大変なんですよ?」


それを聞いた金剛は、怪訝な表情を浮かべる。


「何故そんな面倒なことをする?」

「実演した方が早いです。さて、金剛先生。僕から一つ、先生に忠告を。」


ー残り三十秒ー


「迂闊に、闇に踏み込んではいけません。戻れなくなってしまいますよ?」


そう言って影人は微笑む。いつも通りに。


「『影用模倣シャドーシフトパイル


影人の周囲に、針と言うには大きすぎるまさしく杭といった尖った影が大量に出現する。その禍々しささえ感じる姿を見て金剛は全てを察した。


「なるほど・・・それが、穴が空いていた訳か・・・!」

「ええ。それでは、幕を引きましょう。」


影人は腕を持ち上げ、広げた手を握った。まるで、視界の中の金剛を握りつぶすかのように。


ー残り十秒ー


影人が拳を握ると同時。影人の周囲に浮かんでいた漆黒の杭が金剛に向かって飛んで行く。


そしてその影の杭達は、監獄の穴を埋めるように刺さり、金剛の全身を貫いた。


「戦技・・・『鋼の処刑者アイアンメイデン』」


会場を静寂が支配する。

影人はしばらくそのままの体制で止まっていたが・・・

突然、糸が切れたかのように倒れこんだ。

それと同時に影の監獄も溶け、中から意識を失った金剛が出てきた。


『む・・・これはいかんな。救護係、急いで二人を連れて行け。』

『ちょっ・・・影人くん!?』


落ち着いた解説の教師の指示と、琴音の叫びを皮切りに、会場に音が戻った。


割れんばかりの拍手と歓声が二人の健闘を讃える。

しかし二人とも既にほとんど意識は無く、その声を受け止める者はいない。


倒れた金剛を救護係が六人掛かりで保険室に連れていく。

そして影人の元には白葉と、いつの間にか駆け寄って来ていた琴音がいた。


「影人くん、しっかりして!」

「・・・玄、銀。影人を連れていくから手伝って。」


琴音の余裕を失った声に反応してか、影人が弱々しく目を開ける。


「はは・・・少し、甘く見過ぎましたかね・・・」

「何言ってるの、とにかく早く保険室に行くわよ!」

「お願い・・・します。・・・お恥ずかしい事ですが、もう動けそうにありません・・・」


そう言うと影人はまた目を閉じる。

次第に遠くなっていく琴音の声を聞きながら、影人の意識は完全に闇に落ちていった。

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