講義する生徒、あるいはされる教師

見知らぬ部屋で影人は目を覚ました。

とても広く、また医療器具も充実している。

大病院を一室に無理やりまとめたような部屋は、恐らく学園の保健室だろうと影人は推測した。


「・・・まさか本当に初日から保健室に担ぎ込まれるとは思わなかったなぁ。」


影人はやるせない気持ちで嘆息する。

と、そこで影人は腰の辺りに重みを感じた。

視線を移すと、美しい金色が目に映る。

そこで、白葉がベッドの横の椅子から影人に寄りかかりながら静かな寝息を立てていた。


「大分長い間気を失ってたみたい、かな」


体を起こし、白葉の頭を撫でながら影人は窓を探す。

しかし、恐らく窓があるであろう方向にはカーテンの閉まったベッドがあり、外が見えない。目に付く範囲に時計もなく、今が何時なのか本格的に分からない。


「とりあえず今は何時なのかな・・・」


影人は時計を探そうかとも考えたが、気持ちよそさそうに寝ている白葉を起こすのも忍びない。

今は見当たらないが、じきに教師も来るだろう。

影人はそう考えながら、白葉の頬を撫でる。それに白葉がくすぐったそうに身じろぎする。それを微笑みながら見た影人は、


「金剛先生、もう気が付かれたんですね。」


おもむろに隣のカーテンの閉まったベッドに語りかけた。


「・・・心臓に悪いから突然話しかけるな。」


隣のベッドのカーテンが開き、そこにジャージ姿の金剛が立っていた。


「あ、ごめんなさい。でも一応起きてることはアピールしたつもりですよ。」

「さっきの独り言はそういうことだったのか・・・」


と、金剛は嘆息する。


「ええ。金剛先生が居ることは気づいてましたから。」


影人は朗らかに笑いながら答えた。


「お前は今起きたばかりのようだが?確かに隣のベッドに誰か居るのがわかるとしてもそれが誰かなんてわかるのか?」

「金剛先生の影の感じは先程覚えましたから。」


その言葉に金剛は怪訝な顔をする。

そしてそれに今度は影人が不思議そうな顔をした。


「あれ?金剛先生、もう僕の能力わかってますよね?」

「ああ。影能力シャドーアビリティだろう? ただ私は数学教諭だ。能力の細かい内容に関しては修めていない。」


影人の確認に金剛が答える。


「ああ、なるほど。ではせっかくなので説明させて頂けますか?」


金剛は無言で頷きベッドに腰掛ける。


「まず基本的な部分ですが、影能力は暗黒能力ダークネスアビリティの上位能力とされています。この理由は、能力の発動条件にあるんです。暗黒能力には発動する能力によって明確に暗さの指定があります。100ルクス以下、50ルクス以下といった感じですね。影能力にも暗さの指定はありますが、それ以前の判断基準として影という概念で括れるか、というのがあるんです。」

「・・・何かしらの物体によって光が遮られ出来た暗がり、ということか?」

「ええ、その通りです。だから多少明るくてもそこが影と言えるならば能力の発動が可能なんです。ただここの判断は結構曖昧ですね。例えば雲で太陽が隠れたとして、それによって暗くなったとしても影という括りにはなりません。何かしらの遮蔽物によってできた明確に影と呼べる場所の中でないと駄目なんです。」

「ふむ・・・では電灯の光から出来た影ではどうなるのだ?」

「日光以外の光における指定は、影が遮蔽物の形を取っているのがわかる暗さ、と言われています。まあこれに関してはほとんど感覚ですね。」


そこで影人は一息ついた。


「これが大体一般的に定義されている影能力の概要です。そして、何故金剛先生の存在に気づいたかについてですが、これも能力の一つ・・・というよりは付随効果、でしょうか。」

「付随効果?明確に能力では無いのか?」

「一応能力としての名前はついてます。『影探知シャドーサイト』というまあその名の通りの能力です。区分としてはレベル2の常時発動型能力パッシブアビリティで、一定範囲の能力発動可能な影を知覚できるんです。」


パッシブアビリティとはその名の通り発動者の意思に関係なく常に効果を発揮し続ける能力である。

基本的に目立った効果はなく、能力発動の補助になるものが多い。


「ふむ、なるほどな。しかしその能力は、その影が何によるものなのかまでわかるというのか?」

「いえ、レベル2の時点では不可能です。ある程度レベルが上昇することにより細かい影の差がわかって来るんです。まあこれには個人差があるようですが。僕はレベル3になった時に判断出来るようになりましたが、レベル5でも出来ない方はいるらしいですね。」

「・・・レベル3になった時、か。随分と軽く言うものだな。」


影人の発言に訝しげな顔をした金剛だったが、影人は曖昧に微笑んだだけだった。


「長くなりましたが、これで説明は終わりです。」

「・・・まあ無理に全部聞こうとは思わんが。とりあえずは色々理解出来たと言えるだろう。」


と、その時、


「ん・・・」


影人に寄りかかりながら寝ていた白葉が目を覚ました。


「あ、おはよう、白葉。良く眠れた?」

「・・・うん。」


少し眠たげに目を擦っていた白葉だったが、すぐに影人の顔を見て口を開く。


「・・・体は?」

「え?ああ、体調のことね。今日はもう運動は出来ないと思うけど、それ以外は大丈夫だよ。」

「・・・そう。・・・よかった。」


そう言うと、白葉は立ち上がる。


「・・・あの人、呼んでくる。」


そしてそう言うと保健室から出ていった。


「あの人?誰だろう・・・」

「闇乃よ、あの少女に感謝するのだな。実に3時間以上もお前に付きっきりだったのだぞ。」

「・・・え、3時間って・・・今何時なんですか。ていうか金剛先生いつから起きてたんですか?」

「現在時刻は午後5時だ。私たちの試験開始時間は1時だったからお前は4時間弱気絶していたことになるな。私が気がついたのは2時頃だったが、その時は既にあの少女はいたな。」


と、そこで金剛は呆れた表情になる。


「しかし・・・何故多大なダメージを受けた私の方が早く気がつき、無傷だったお前の方が長く意識を失っていたのだ?」

「あはは・・・なんと言うか、お恥ずかしい限りです。・・・ってもうそんな時間なんですか!?」


苦笑していた影人は、一瞬おいて唖然とする。


「そんなに早くから白葉はここにいたんですか?それじゃあ白葉のほうの試験は・・・」

「開始20秒で影討のKO勝ちだったそうだ。なんでも大量の人間大のトランプの兵隊に串刺しにされたとか。」


金剛のその言葉に、影人は絶句する。


「なっ・・・まさか白葉、『奇怪な世界の支配者アンダー・ワンダー・ワールド』を使ったの!?」


聞きなれないその言葉に、金剛は怪訝な顔をする。


「なんなんだ、その・・・アンダーなんとかというのは。」

「あ、いやその・・・まあ戦技の一種なのですが・・・」


言葉を探すように影人は視線をさまよわせたが、観念したように嘆息した。


「はあ・・・まあ公衆の面前で使ってしまったと言うなら、今更隠しても仕方ないでしょう。白葉もまだ戻らなそうなので、少し説明させて頂きますね。」

「何故まだ戻らないとわかる?・・・ああ、影が知覚できるのだったな。」

「ええ。今はまだ遠くに居るようです。・・・さて、『奇怪な世界の支配者』を説明する前に、白葉の能力について説明しますね。白葉の能力は『操能力コントロールアビリティ』です。一定範囲の無生物を操る能力です。」

「操る?具体的にどういうことなのだ?」

「金剛先生が鉱物を触れずに動かすのと同じ感じです。ただ、あくまで操るだけですから基本的に物質変化のようなことは出来ません。

ちなみに、操能力者は自分が操るのが得意なものによって区分があります。白葉は人造物、特に人形を操るのに特化した『人形師パペッター』です。これは逆にいえば、白葉は人造物以外を操るのは不得手ということです。もし金剛先生と同時に同じ鉱物を操ろうとしたら、金剛先生が優先されるでしょう。」


と、そこで金剛は手をあげて影人を制止する。


「まて、それだと私の聞いた話と矛盾する。試験の時、影討が投げたトランプが急に巨大化し、人間大になったそうだ。しかし、操るだけならばそんなことできないのではないか?」

「基本的には出来ない、です。」

「・・・お前はいちいち遠まわしに言うのが癖なのか?」


呆れたように金剛は言う。


「いえ、別にそういう訳では無いのですが・・・まあ結論から言ってしまえばエクストラアビリティです。『戯曲配役ロールプレイ』、という能力で、現状発現させているのは白葉だけです。」

「・・・固有能力ユニークアビリティ、か。もはや驚きを感じなくなってきたな。」


憮然とした表情で言う金剛に苦笑を返しながら、影人は説明を続ける。


「この『戯曲配役』は、特定の物体に童話や民話などに出てくるキャラクターの性質を付与する、というものです。例えば笛だと『ハーメルンの笛吹き男』の特性を与えます。催眠効果などですね。そして、今回のトランプの兵隊は・・・」

「不思議の国のアリス、か。」

「その通りです。女王の命令に忠実に従う攻撃的な軍勢、それを生み出すことが出来るのです。それに加え、龍の人形を『人形劇パペットショー』で操り上空からも攻撃する死角なき布陣。

それを指揮する無慈悲で美しい物語の支配者・・・。命令一つで敵を蹂躙する白葉の固有戦技ユニークスキル、それが『奇怪な世界の支配者アンダー・ワンダー・ワールド』です。本来は多数の敵との戦闘を想定した戦技らしいんですけどね。」

「固有戦技・・・か。道理で聞き覚えが無いはずだ。」

「まあ僕の『鋼の処刑者アイアンメイデン』も固有戦技なんですけどね。」

「・・・あんな技を使える者が何人もいてたまるか。」


固有戦技とはその名の通り、使える人間が1人だけの戦技のことである。『奇怪な世界の支配者』は単純に『戯曲配役』を使えるのが白葉だけであるからであり、『鋼の処刑者』はその殺傷力の高さから練習が難しく、さらに穴の空いた影の監獄を創る難易度が非常に高いからである。


「しかし、固有戦技ということは影討が名前を付けたのか?いやに長い名前だが。」

「いえ、『奇怪な世界の支配者』は初めてこの戦技を受けた人が付けた名前です。まあ、色々あったんですよ。

ちなみに『鋼の処刑者』は僕が付けた名前です。『影の執行場ブラック・ボックス』と迷ったんですけど、同じ英名の戦技が既にあったので断念したんですよ。」


と、何かを懐かしむように影人は語った。


「さてと、これで説明は終わりです。あ、ちょうど白葉もここに着きそうですね。」

「そうか。では私は職員室に戻るとしよう。もう体調に問題はない。もともと私はお前が起きるまで養護教諭の代わりに部屋番をしていただけだったのでな。」

「そうだったんですか。それは長々と引き留めて申し訳ありませんでした。」

「構わん、私も色々知れたしな。無理して1人で動こうとしたりするなよ。ではな。」


そう言うと金剛は保健室を出ていった。

その姿を見送った影人は、そのまま扉を見て待っていた。


知っている影が2つ近付いて来ていたからだ。

しかも、一つはかなりの速さで。


そして、金剛が出ていった約1分後、勢いよく扉が開かれた。

そこにいたのは、


「影人くん、大丈夫!?」


長い黒髪を後ろでまとめた長身の少女、琴音だった。

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