不穏な気配、あるいはとるに足らない日常

琴音は体を起こした影人の姿を認めると、安堵したように息をはいた。


「影人くん、もう大丈夫なの?かなり危ない感じの倒れ方だったから驚いたわよ?」

「はい、もう平気です。お騒がせしました。心配させてしまったみたいですね」


苦笑しながら影人は答えた。


「でも、気が付いたみたいで良かったわ。もう、自分の体のことはよくわかってるんだから気を付けないとだめよ。」


と、ベッド脇の椅子に腰かけながら琴音は言う。


「ええ、身に染みましたよ。・・・でも、琴音さんにも少し責任はありますよ。」


少し恨みがましい目で影人は言う。


「金剛先生、レベルはともかく戦闘技術は一般の方の次元ではありませんでした。だから大変だったんですよ。」

「あら、影人くんはずいぶん簡単に勝ったように見えたわよ?」


と、どこか白々しく琴音は問う。

それに対し、嘆息しながら影人は答える。


「やりすぎ無いようにすることが、ですよ。レベル4以上の能力は使わないようにしていたので大変でした。それに、金剛先生は強かったですし。」


その言葉に、琴音は小さく声を上げながら笑った。


「ふふっ、本当に影人くんは私を楽しませてくれるのね。・・・でも、確かに影人くんの身体に負担をかけてしまったわね、ごめんなさい。」

「いえ、別に僕も怒ってはいませんよ。安心してください、この程度で琴音さんを嫌いになったりしませんから。」


そう悪戯っぽく影人は笑い、琴音は頬を少し赤く染めた。


と、その時扉が開き、白葉と二匹の狼・・・銀と玄が部屋に入ってきた。


「ああ、お帰り・・・っていうのも少し変かな。白葉が言ってたのは琴音さんのことだったんだね。」

「・・・うん。・・・その人は説明する前に走って行っちゃったけど。」


白葉のどこか非難めいた言葉に琴音は苦笑する。


「ごめんなさい、わざわざ伝えてくれたのに置いて行っちゃって。一刻も早く影人くんの無事を確認したくて。」

「・・・それなら、仕方ない。」


白葉の雰囲気が和らいだのを感じて、琴音は今度は苦笑ではなく笑顔を浮かべる。


「影人くん、白葉ちゃんにすごく愛されてるわね。」

「ええ、とても嬉しいことに。白葉は僕を実の兄のように慕ってくれていますよ。」


その言葉に白葉はどことなく不満そうな空気を出す。それを敏感に察知した琴音は意地の悪い笑みをうかべると影人に問う。


「兄のように、ねえ。それじゃあ影人くんにとって白葉ちゃんは妹なの?」


その問いに影人はいつも通りの微笑みを浮かべながらこたえる。


「質問の意図が分かりかねますが・・・最初にも言ったとおりです。僕は白葉を本当の妹のように・・・思っていますよ。」


ように、の部分を少し強調したその答えに琴音は嘆息する。


「影人くんって本当に・・・悪い男ね。」


影人はいつも通りの本心を読ませない笑みを浮かべるだけで答えない。


「さてと・・・いつまでもここに居るわけにもいきませんし、そろそろ帰りましょうか。」


影人はそういうと起き上がり、ベッドから降りた。


「玄、銀、おいで。」


影人が呼ぶとすぐ、開け放たれていた扉から二匹の狼が入ってきた。影人は一度大きく伸びをすると、玄の背に腰掛ける。


「それじゃ白葉、帰ろうか。」


白葉は無言でうなずき、影人に寄り添う。


「琴音さんはどうしますか?せっかくですし途中まで一緒に帰りませんか?」


影人のその提案に、琴音は苦笑しながら首を横に振る。


「ありがたい申し出ではあるけれど、まだ生徒会の仕事が残っているの。また今度ね。」

「そうですか・・・。まあこれから機会はたくさんありますし。積もる話は少しづつ、ですね。」

「ふふっ、楽しみにしてるわね。」

「こちらこそ、です。それでは失礼します。」


影人がそう言うと、玄は歩き始めた。


「あ、一つ言い忘れてたわ。」


と、琴音が影人達を呼び止める。


「明日学校に来たらまず生徒会室に来てもらえる?明日クラス発表があるんだけど、二人は編入生で初めてだから教室まで案内しようと思うの。」

「助かります、琴音さん。」

「このくらい気にしないで。じゃあ2人とも気をつけて帰ってね。クロちゃんとギンちゃんもまたね。」


そう言って琴音は微笑みながら手を振った。


「では失礼しますね。また明日。」

「・・・さようなら」


影人と白葉は会釈を返すと、保険室から出ていった。




「ふう・・・今日は色々あって疲れたね。白葉は平気?」


玄の背に揺られながら影人は白葉に問う。

いつも通りの笑みを浮かべてはいるが、先程まで倒れていたこともあってかその顔色は悪い。


「・・・少し、疲れた。・・・でも、影人は自分の心配をしたほうがいい。」


どこか呆れたような雰囲気を滲ませながら白葉は答える。


「あはは・・・それもそうだね。もう今日はほとんど動けないよ。」

「・・・剣さん、呼ぶ?」


小首をかしげながら白葉は提案する。


「うーん、どうしようかな。もう流石に用事も終わっただろうし、それも手ではあるけど・・・」


と、その言葉を聞いた玄が小さく吠える。

その玄の背中を影人は撫でる。


「でも、今日はずっと玄と銀に手伝ってもらってたし、せっかくだから最後までお願いするよ。ここまで来て最後だけ車っていうのも二匹に申し訳ないよ。」


影人の言葉に、二匹の狼は嬉しそうに尻尾を振る。


「・・・それもそう、かも。」

「せっかく気を利かしてくれたのにごめんね。」


白葉は気にしなくていいと言うように首を振る。


二人はそれから他愛もない話をしながら校門に向かう。

もうほとんど太陽も沈み、辺りは薄暗くなっていた。


「もう少ししたら『影中旅行』が使えるくらいの暗さになりそうだね。今日はもう体力無いから無理だけど。」

「・・・あと、どれくらい動ける?」

「通常行動で2分、能力戦闘5秒ってところかな。もう何もできないね。」


そう言って影人は肩をすくめる。

そこで昇降口につき、二人は靴に履き替える。


「ま、もう動かなければならない事なんて起こらないだろうしね。」


影人はそう言いながら玄の背から降り、玄関に手をかけ開けようとする。

しかし。


「あれ・・・?扉が開かない。鍵が掛かってる・・・って訳でも無さそうだけど。」


何度か押したり引いたりを繰り返した影人だったが、その行動はすぐ中断せざるをえなかった。



地面を震わせる爆発音が轟いたからである。


直後に停電が起こり、辺りは暗くなる。


「この停電、今の爆発の影響・・・じゃない。隔離領域シェルターが展開されたっぽいね。扉が開かないのもそれが理由かな。」


と、特に慌てた様子もなく影人は呟く。


「・・・隔離領域?」


小首を傾げ白葉が問う。こちらも特に慌てた様子はない。


「その名の通り一定範囲を外界から隔離する空間だよ。生物非生物問わずこの空間から出ることはできないし、入ってくることもできない。だから電気が来なくなったんだね。

まあでもこの規模の学校なら緊急用の発電機もあるだろうし、高位の雷能力者もいると思うからすぐ復旧すると思うよ。」


その言葉通り、すぐに明かりがついた。


「さてと・・・白葉、どうしようか。隔離領域は強力な能力なだけに維持が大変なんだよ。それもこの規模となればね。事態はすぐ解決すると思うよ。」

「・・・影人はもう動けない。・・・トラブルには関わらないほうがいい。」

「僕も同意見、ではあるんだけど・・・どうやらそうも言ってられないみたいだね。」

「・・・?」


影人のその言葉に小首をかしげる白葉。しかし直後、彼女は自分たちに近付いてくる人間の気配に気付いた。


「・・・その曲がり角の先に、二人。」

「だね。さっきの停電の時に校内を調べてみたけど、不自然な動きをしている影が7人分・・・そして隔離領域の中心で止まっている影が1人分、その一人の近くに二人分の影があったんだ。一人は間違いなく隔離領域を展開してる能力者。その近くの二人はその人の護衛で、あとの7人はどこかに向かってる、もしくは何かを探してる、ってとこかな。」


そう言いながら影人は玄の背から降りる。直後に体をぐらつかせた影人を素早く白葉が支える。


「っとと・・・ありがとう、白葉。」

「・・・動いちゃだめ。」

「大丈夫、僕は何もしないよ。何も出来ないしね。だからここは・・・」


影人は先程まで自分を運んでいた黒い狼を撫でる。


「玄に任せるよ。玄、お願いね」


黒い狼は影人の言葉に答えるように低く唸った。


その直後、曲がり角の先から銃器で武装し、顔をマスクで隠した2人組が現れた。


2人組は影人達に気付くと一瞬驚いたような反応をみせる。しかしすぐに気を取り直し銃口を影人と白葉に向ける。


「いきなり銃口を向けるとは穏やかじゃないですね。」

「黙れ。これが偽物だと思っているなら大きな間違いだぞ。」


マスクの奥から変声機を使っているような不自然な声で言葉が発された。


「僕達はただの生徒ですよ。あなた達が誰かは知りませんが用などないでしょう。」

「よく喋るガキだな。貴様らにも用はある。一般生徒には人質になってもらう。」

「人質、ですか。この学園は戦闘特化の能力者のための場所ですよ。そんな簡単に学生が捕まるとでも?」


向けられた銃口に恐れる様子もなく影人は問う。


「なんの対策もしてない訳が無いだろう。貴様とお喋りしてる時間はないんだ。大人しく捕まれば危害は加えん。」

「お断りします。」


いつもの微笑みを浮かべながら影人は即答する。


「チッ、これだから中途半端に戦えるガキは・・・。今更謝っても遅い、手荒に行くぞ!」


そう言って二人組は懐の中から小さいスピーカーのようなものを取り出すと、スイッチを入れた。


耳障りな不協和音が大音量で流れ出す。


「なるほど、精神集中を乱す音ですか。能力のジャミングとしては極一般的なものですね。」


少し顔をしかめながら影人は言う。その隣では白葉が両手で耳を塞いでいる。


二人組は引き金に手をかける。


と、その時。影人と白葉を守るように玄が立ちはだかった。


「・・・穏便には行きそうも無いですね。玄、封印を解除するよ。殺さない程度によろしくね。」


そう言って影人は玄の首輪に軽く触れる。

すると、シャラン、という儚い音と共に首輪が消えた。


直後に影人は飛び退く。着地の時にふらついた彼を今度は銀が支える。白葉もまた影人と同時に後ろに飛び退いていた。


突然の影人達の行動に驚いたのか、二人組は狙いもつけず引き金を引く。

放たれた銃弾は玄に向かって進み・・・


そしてその毛皮で跳ね返された。


「なっ・・・!?」


驚きをあらわにする二人組。それもそうだろう。火薬を減らしているとはいえ実弾なのだ。動物の毛皮に跳ね返せるようなものではない。


動きを止めた二人の前で、玄の様子が変化していく。周囲の空間が揺らめき、離れた場所にも熱気が伝わってくる。

ほどなくして熱気は炎へと変わる。


「久しぶりだけど流石の熱量だね。」


額に汗を浮かべながら、影人は言う。


「じゃあさっさと終わらせようか。僕が耐え切れそうにないし。」


その影人の声に答えて玄は吠える。


「よし・・・【指令コマンドγガンマ:『劫塵火ヘルファイア』】」


その言葉と狼の遠吠えが聞こえた直後。


二人組の視界は、赤で埋め尽くされた。

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