迅速なる襲撃者、あるいは躊躇無き防衛者
玄の放った炎により、二人組は意識を失っていた。
とはいえ、命に別状はない。体にあるのも軽いやけどだけだ。
「流石だね、玄。学校の物も燃えてないし、二人もちゃんと生きてるみたいだし。」
そう言いながら影人は玄を撫でる。既にその首には首輪がはまっている。
「さてと・・・とりあえずこの人達から話を聞こうか。あまり首を突っ込みたくないけど、まあ今更かな。」
影人は倒れている二人に近付くと、二人組のマスクをとる。
マスクの下にはひげ面の男の顔があった。
「よし、完全に気絶してるね。じゃあ白葉、お願いできる?」
「・・・わかった。」
影人の言葉に頷いた白葉は、ポーチから小さな横笛を取り出し、小さくつぶやく。
「・・・『
白葉は笛を吹き始めた。
その穏やかな旋律を聞いた二人組は目を開く。しかしその目は虚ろで意識は戻っていない。
一種の催眠状態に陥っていた。
白葉の持つ世界唯一のEXアビリティ『戯曲配役』。その効果は無生物に役割と能力を与えること。
そして今回の
笛の音色を通して対象を操る能力である。
「よし・・・僕の声が聞こえますね。これからいくつかの質問をするので正直に答えてください。」
男の一人が緩慢な動作で頷いた。
「ではまず、あなた達はどこ、もしくは誰の指示でここに来たのですか?」
「俺たちは・・・月里製薬の研究室からの依頼を受けて・・・この学園の研究データを盗みに来た・・・。」
影人は怪訝な顔をする。
「月里製薬・・・?確か、全国に展開する薬品会社だったはずですが・・・。そんなところがなぜ?」
「そこまでは俺たちも聞いていない・・・。俺たちはただ生徒会室にあるといわれた研究データを盗みに来ただけだ・・・。」
「・・・ではなぜこんな大々的に侵入したのです?周囲にばれないように行動するのが普通ではないですか?」
虚ろな目をしたまま男は話す。
「知らない・・・俺たちも疑問に思ったが・・・理由は聞いてない・・・。」
ともすれば白をきっているともとれる男の言葉だが、影人は男の言葉に嘘はないことはわかっていた。脳を揺さぶる旋律の前では
「ふむ・・・外部の人間に依頼をしていたり、情報を伝えていなかったりしているところを見ると、月里製薬は万に一つも自分たちの関与を知られたくなかったようですね。しかし学園への侵入を秘密裏に行うことはしなかった・・・」
影人は目を閉じて考え込む。
「秘密裏にする必要が無かった、というよりは・・・意図して騒ぎを大きくした?・・・つまり、この騒動は・・・陽動、かな」
影人は目を開くと男に再度質問する。
「あなたたちはここにどういったメンバーで侵入したのですか?」
「隔離領域を展開できる人間がひとり・・・そいつの防衛に二人・・・研究データの奪取に・・・五人。」
男の答えに影人は嘆息する。
「はあ・・・なるほど、そういうことですか。白葉、もういいよ。ありがとう。」
影人の言葉で白葉は笛から口を離す。
旋律が止まると同時に男の目は再び閉じ、完全に意識を失った。
「・・・人数があわない。・・・どういうこと?」
笛をしまった白葉は影人に問う。先ほど影人が知覚した不自然な人間の影は10人分。
しかし男の話によると学園に侵入したのは八人。
「この人たちの役目は陽動だよ。本当の目的に気付かれないためのカモフラージュ。多分月里製薬からの依頼っていうのも嘘なんじゃないかな。」
影人は話しながら玄の背に腰掛ける。
「わざわざ自分たちの身元が割れるような情報を捨て駒に教えるわけがないしね。・・・さて、もうここまで来たら関わりたくないなんて言っていられないね。」
「・・・どうするの?」
「うーん、そうだね・・・。」
意識を失っている二人組を置き去りにして影人を乗せた玄は歩きだす。白葉と銀はそのあとに続く。
「あの二人組が他のメンバーとの連絡手段をなにも持ってなかったとは考えにくいから、連絡が途絶えた事に気付いた残りの三人が状況を確認しに来ると思う。
残りの不自然な影のうち三つは一緒に動いてるから、それが陽動の人たちで、それぞれ一人で動いてる二つの影が本命ってところかな。今のところどれもここの近くにはいないから・・・とりあえず割と近くにいる琴音さんと合流・・・」
言葉を止める影人。その不自然さに白葉は無言で小首を傾げる。
「・・・?」
「一人で動いていた影が合流して、明らかに僕たちから遠ざかるように動き始めた。理由はわからないけど・・・。でも、そう遠くないうちに隔離領域が消える。そうしたら間違いなく逃げられる、ね。」
「・・・追うの?」
影人は頷き、玄に馬乗りになる。
「急ぐよ。銀、白葉を乗せてあげて。」
銀は一度短く吠えると。白葉の前で屈む。
白葉はその背に乗ると、銀の体にしがみついた。
「よし・・・玄、最高速でいくよ!」
玄はその声に一度大きく吠えて答えると、目にも止まらぬ速さで走り出した。
その後ろを銀が続く。玄よりも一回り小さい体躯ながらその速さは玄に全く劣らない。
凄まじい速度だが、二匹に乗っている二人に負担はほとんどない。玄と銀は衝撃をほぼ完全に吸収し、巧みな体重移動で影人達の体の軸をぶらすことの無いように走っているのだ。
「玄、回り込むよ。」
その言葉を聞いた玄は影人の指示を待つこともせず、いくつもの角をまがる。玄自身が標的の気配を感じ、位置を特定したのだ。前もって学園の中を確認していた玄は、黒き風と見まごう程の速度で走る。そしてその漆黒に白銀が追従する。
程なくして、狼とその主人は獲物の姿を視界に捉えた。
そこにいたのは顔をフルフェイスのヘルメットで隠した二人組だった。
高速で近付いてくる狼に対し二人組は、既に臨戦態勢に入っていた。
二人組は同時に床を蹴ると、一瞬で影人達の目の前まで接近する。
想像以上のその速度に、玄と銀は虚を突かれる。
二人組はその隙を見逃さず、二匹に強烈な蹴りを叩き込む。十分に勢いの乗った一撃は、高速で直進していた二匹を壁に弾き飛ばした。
「うわっ、あぶな!・・・っとと。」
白葉と影人は自分たちが壁に叩きつけられる直前に何とか床に降りる。しかし高速で移動していたが故の慣性には逆らえず影人は体勢を崩す。そしてその隙を二人組は見逃さない。
玄と銀を蹴り飛ばした時の勢いそのままに、二人組は影人と白葉に肉迫する。
白葉は即座に体勢を戻し対応する。高速で繰り出される侵入者の攻撃を右へ左へと捌きながら反撃を加えていく。予想外の反応に侵入者は一瞬驚いたような反応を見せるが、慌てることもなくさらに攻撃を加える。
それに対しても、白葉は危なげもなく対処をしていた。
しかし影人は体に力が入らず、体勢を戻すことができず対応ができない。
「くっ・・・」
影人の身に侵入者の攻撃が迫る。その手からはおよそ人間のものとは思えない鋭い爪が生えていた。影人は身をよじり回避を試みるが間に合わない。
そしてついに侵入者の鋭い爪が影人を切り裂こうというその刹那。
突如侵入者が後方へ飛びのいた。
そしてその直後、影人の目前の床と天井に鋭い斬撃の跡が刻まれた。
侵入者が警戒の視線を廊下の先に向ける。
その視線の先には新たな人物が現れていた。
「あら・・・?今のを躱すなんてやるじゃない。完璧に首を落としたと思ったのだけど。」
そこには右手に竹刀を持った
「ありがとうございます、琴音さん。助かりました。」
「ふふっ、気にしないで影人くん。婚約者として当然のことをしたまでよ。」
琴音は表情を柔らかい笑みに変えると、影人にそう言った。その言葉に影人は苦笑いで答える。
と、その時。
「・・・いい加減に、邪魔。」
「ガッ・・・!?」
白葉が侵入者の攻撃を躱した隙にのどに強烈な突きを放った。そして怯んだ相手に一気にラッシュを決める。小さい体から凄まじい威力の連撃が繰り出される。
「す、すごいわね・・・。白葉ちゃんってあんなに肉体派だったの?」
「肉体派というより技巧派でしょうか。筋肉はそんなにないですけど、一撃一撃に体重が乗ってますからね。」
と、琴音が白葉のほうに視線を向けると同時に、先ほど琴音の攻撃をよけた侵入者が一気に距離を詰めに来た。侵入者は琴音の首筋を切り裂かんとその鋭い爪を一閃させる。
直後、赤い血の華が咲く。
「全く・・・そんな薄汚れたなまくらで、私の刃に敵うわけがないじゃない。」
不敵に笑う琴音。その後ろでは片腕を切り落とされた侵入者が傷口を押さえうずくまっていた。
「うわぁ、琴音さん容赦ないですね。」
「別にいいじゃない。腕一本くらい流くん辺りにお願いすればすぐくっつくわよ。」
「『逆巻ク時流』は人も治せるんですか。」
「ええ。あ、でも記憶が消えちゃうのよね。それは後が面倒臭そうねぇ・・・。」
「この学校なら普通に治癒能力者の人くらいいるんじゃないですか?」
「うーん、確かに保健室の先生は『
「琴音さん完全に危険人物じゃないですか・・・。っと、白葉の方の決着がつきそうですよ。」
影人の視線の先では、白葉が体術で侵入者を圧倒していた。そして白葉のラッシュに対し防御を強いられている侵入者の背後に音もなく赤い龍が現れ、その後頭部に鋭い一撃を加えた。
ゴスッ!!
明らかに綿ではない物が詰まっている鈍い音と共に、侵入者は崩れ落ちた。
「高速での格闘戦をしながら能力の無言発動・・・。影人くんと一緒にいる時点で普通の可愛い女の子じゃないとは思ってたけど、やっぱり白葉ちゃん只者じゃないわね。」
「あはは・・・まあ近いうちに説明しますよ。さて・・・さっきの人は失血で意識を失ってますね。早くしないと危ないですし、早く保健室に連れていきましょう。玄、銀、大丈夫?」
影人の言葉で、壁に吹き飛ばされてから廊下の前後を押さえていた二匹が近寄ってくる。
派手に叩きつけられた二匹の毛皮は少し埃で汚れていたが、銃弾をも跳ね返したその堅牢な鎧には傷一つついていなかった。
「時逆さんはどこにいるかわかりませんしね。琴音さん、案内お願いします。」
「はあ・・・まあ仕方ないわね。」
と、その時琴音の携帯が鳴る。
「あ、電話がつながったということは、隔離領域が解除されたみたいですね。」
「そうみたいね。ちょっと電話に出るから待ってて。」
そういって琴音は少し離れると電話をとり、話を始める。その間に影人は白葉の手を借りて二人を玄と銀の背に乗せる。
琴音は電話の相手といくつか言葉を交わすと影人達の近くへ戻ってくる。
「春香からの連絡だったわ。学校に侵入していた人間は全員拘束したそうよ。」
「そうですか。では後は彼らを連れていくだけですね。」
そういうと影人は壁際に腰を下ろす。
「では、琴音さん。玄と銀を保健室まで案内してあげてもらえませんか?僕はここで待ってますから。」
「え?影人くんも一緒に・・・ああ、玄ちゃんと銀ちゃんに乗っていけないものね。歩いていくのは厳しいかしら?」
「ええ、お恥ずかしながら。先程の攻撃を躱すために動いたのがよくなかったようで、正直もう立っているのも辛いです。」
そういって影人は力なく苦笑する。その顔は青白く、お世辞にも体調が万全には見えない。
「とりあえずここでしばらく休むことにします。・・・玄、銀、保健室にその人たちを置いてきたら戻ってきてもらえる?二度手間になっちゃうけど僕を乗せて保健室まで運んでほしいんだ。」
影人がそういうと二匹の狼は短く吠え、了承の意を示す。
「ありがとう。あ、あと白葉も琴音さんと一緒に保健室に行ってね。」
「・・・私は、影人と一緒にいる。」
影人の言葉に、無表情ながら不服そうに白葉は答える。
「さっきの戦闘で少しケガしてるでしょ?攻撃を受け流したとしても多少のダメージはあるし、さっきの爪に少しでも切られてたら早いうちの対処が必要だよ。保健室にいって確認と治療をしてきて。」
「・・・影人を一人にはできない。」
「僕は大丈夫だよ。周囲には僕たち以外の影はないし、何か起こることはないよ。それよりも白葉のほうが心配だよ。彼らが爪に毒か何かを仕込んでいないという保証はないんだ。」
諭すような、それでいて有無を言わせぬ影人の口調に白葉は黙り込む。そして数秒迷うような素振りを見せた後。
「・・・わかった。」
いつもの無表情で白葉は頷いた。それに対し影人は満足そうに微笑む。
「白葉、心配してくれてありがとね。・・・では琴音さん、お願いします。」
「ええ、わかったわ。なるべく急いで案内するわね。」
そういうと琴音は玄と銀を連れ立って歩きだす。そしてその後ろを白葉がついていく。
その姿が見えなくなるまで影人は見送ると、体重を壁に預けると目を閉じる。
周囲に人の気配はなく、影人の近くに他人の影はない。
自らの探知する影にのみ意識を傾け、ある程度リラックスした状態で影人は体を休める。
そうしながら影人は琴音たちが戻ってくるのを待っていた。
一日の疲れから影人の気がいつになく緩んでいたその時。
「あれほどのことがあったというのに落ち着いているものだな」
「―――ッ!!??」
影人の前から突如声が聞こえた。
完全に予想外の事態に影人は動揺する。とっさに立ち上がり距離を取ろうとするが、体に力が入らず倒れそうなほどふらつく。
「大丈夫か?すまない、驚かせてしまったようだな。心配せずとも何もしない。」
倒れかかった影人を前に立っていた人物が支える。
「ふむ、まだ『介入』が成立していなかったようだな。」
「い、いったい何を言って・・・あなたはいったい・・・?」
影人はある程度落ち着きを取り戻すが、目前の人物の不可解な発言に混乱を深める。
「とりあえず落ち着くといい。説明はそれからでも遅くはない。」
その言葉に、影人は一度大きく深呼吸をする
そして体勢を戻して改めて目前の人物を見た。
その人物は雪と見まごうほどの真っ白な肌と、長い黒髪。どこか不健康そうな印象を持った女性だった。年齢はおよそ20歳前後で、身長は影人よりも高く、およそ175cm。体は女性らしい魅力を感じさせるメリハリのあるスタイル。その辺のモデルが裸足で逃げ出すような美女だが、特に武術を修めている様子はない。
特に気配が薄くもなく、普通に存在を認知することも出来、影も知覚できる。
「・・・まあ、とりあえずは落ち着きました。しかし結局あなたはいったい誰なのですか?」
女性は影人に不審げな目線を向けられ苦笑する。
「そんなに警戒しないでくれ。私はただ君に挨拶に来ただけだ。」
「挨拶・・・ですか?」
女性は微笑を浮かべながら頷き、口を開いた。
「私の名は
笑みを浮かべながら女性・・・蜻蛉はそういうと、影人に右手を差し出す。
「これから1年、楽しくやろうじゃないか。」
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