強き兄、あるいは脆き妹

琴音と別れた後、影人達を乗せた車は闇乃邸へと向かう。

その車内で、二人の少女は穏やかな寝息を立てていた。


「ったく、ヒトミまで寝ちまうとはな。・・・ま、あいつも疲れてんのは当たり前か。」

「ええ、僕の家まではもう少しかかりますし、そっとしておいてあげましょう。もちろん、燈慈さんも休んでいただいて大丈夫ですよ。」

「あー、まあそうしたいのも山々ではあんだが・・・。今のうちに当主さんとも話し合っておきたくてな、今後のこととか。」


燈慈の言葉に影人は了承の意を込めて頷く。


「そうですね。・・・っと、そのまえに、今更ですけど僕のことは呼び捨てで構いませんよ。恐らく僕のほうが年下でしょうし。」

「あ、そうか?んじゃお言葉に甘えさせてもらうぜ。それなら当主さ、じゃなくて影人も俺のこと呼び捨てで・・・いや、あんたはそんなキャラじゃなさそうだな。まあ好きに呼んでくれや」

「ははっ、僕はそんなキャラじゃない、ですか。いや、確かにその通りかもしれませんね。・・・では、親しみを込めて燈慈くんと呼ばせていただきましょうか。」


影人がそういう燈慈は少し苦い顔になる。


「燈慈くん、ね・・・ったく、夫婦揃って俺に似合わねえ呼び方するんだな。」

「夫婦って・・・あ、もし嫌なら遠慮なさらないで仰ってください。」

「いや、正直嬉しいくらいだ。なんて言うんだろうな・・・そう、さっきの影人の言葉を借りるなら、親しみを感じるから、な」


そういって燈慈は照れ臭そうに笑った。


「さて、とりあえずは明日以降のことを簡単に話し合っておくか。まずは俺とヒトミについてだが・・・当然だが今後の処遇は影人の決定に従う。ある意味丸投げで心苦しいけどな。」

「そうですね・・・実はお二人の今後についてはある程度決めています。今後は闇乃家の使用人見習いとして剣さんの下についてもらおうと思います。剣さん、二人の指導などをお願いしてもよろしいですか?」


そういって影人は運転席に視線を移す。


「承知いたしました、影人様。お二人は私が責任をもって立派な使用人に育て上げましょう。」

「ええ、お願いします。燈慈くんもよろしいですね?」


影人の言葉に燈慈は頷く。


「もちろんだ。つっても俺たちを鍛え上げんのは大変だぜ?家事の経験とか皆無だし、特にヒトミとか超不器用だしな。」

「ほっほっほ、それはやりがいがありそうな仕事ですな。二人とも厳しくいきますゆえ、覚悟なされよ」

「おお、怖え怖え・・・」


そういいながら燈慈は愉快そうに笑う。


「・・・にしても、どうして影人は俺たちの面倒を見ることにしたんだ?リスクこそあれ、メリットなんざなんもねえだろ?」


デメリット、ではなくリスクと言った燈慈に影人は苦笑を浮かべながら答える。


「まあ確かにお二人を通じてジェネシスに様々な情報が流れるリスクはあります。ジェネシスのことですから、お二人の意思に関係なく勝手に状況を伝える何かが仕込まれている可能性も十分考えられます。」

「その可能性がわかってんならどうしてだ?」

「そうですね・・・主な理由は三つ。第一に、現在のジェネシスとの接点になりうるからですね。何分不干渉の契約の後からろくに情報が入ってこないもので。第二に、一度手の内を明かした相手をジェネシスに返すわけにはいかないからです。・・・ま、勝手に僕が色々話したんですけどね。そして最後の理由は・・・優秀な人手が欲しかったからですよ。」


そういって影人は冗談めかして笑う。釣られるように燈慈も愉快そうに笑った。


「期待してますよ、燈慈くん。」

「ははっ、そんじゃ期待を裏切らないように頑張んねえとな。」

「ええ、お願いします。それで今後の話の続きですが・・・」


二人して小さく笑った後、影人は少し表情を引き締める。

燈慈もまじめな顔になると無言で先を促す。


「闇乃邸にいる間は大丈夫だと思いますが、当然これからお二人がジェネシスに狙われる可能性はあります。実用段階に至った『楽園エデン』の子を殺すとは思えませんが、恐らくお二人が洗脳されていないことは向こうも気付いているはずです。もし次捕まれば・・・」

「ま、多分もう『俺たち』はいなくなるだろうな。生半可な洗脳じゃねえだろ。」

「恐らく自我そのものを破壊されるでしょうね。・・・もっとも、燈慈くんに関しては余り心配していません。より注意すべきは緋刀美さんでしょう。」


影人の言葉に燈慈は神妙に頷く。


「だな。戦闘力はともかく、搦め手に対してあいつは耐性が無さすぎる。もちろん俺も大差ないだろうが・・・ヒトミは俺より思い込みが激しいところがあるからな。」

「それもそうですが・・・彼女からは燈慈くんへの依存を感じます。この短い期間である程度の確信を得る程度には。もちろん、それが仕方のないことだとはわかっているのですが・・・」


どこか申し訳なさそうにそう言う影人に燈慈は苦笑する。


「ああ、確かにな・・・。あそこではお互いしか頼る相手がいなかったからな。依存ってことなら俺も大差ねえだろ?」

「いえ、二人には大きな違いがあります。さっき、ジェネシスの情報を話してもらおうとした時のことを思い出してください。」

「・・・ヒトミが俺の代わりに死のうとしたときか?」


燈慈の答えに影人は頷く。


「あの時燈慈さんは『緋刀美さんを守るため』に命を投げ打とうとしました。その後の緋刀美さんの行動も燈慈くんを守るために見えますが・・・」

「違うってのか?」

「これは緋刀美さんを見たうえでの推測ですが・・・あの時の緋刀美さんは『燈慈くんのいない世界』が嫌であのような行動に出たと考えられます。」

「だから何だ?同じことだろ。」

「いいえ。燈慈くんはあの時緋刀美さんのために動きましたが、彼女は自分のために動きました。もちろん、生きるために自分を優先することは決して悪いことではありません。しかし彼女が自分のために求めたのは『死』。・・・このことから彼女がどれだけあなたに依存していたのか推し量れます。」

「・・・それが、なんか問題があるのかよ。」


燈慈の言葉に苛立ちが混じる。


「燈慈くんもわかっているでしょう?もしも燈慈くんを盾に取られたとき、緋刀美さんはたやすく僕らを売る。それだけのリスク・・・いえ、危うさが彼女にはあります。」

「もういい、影人・・・。もう、やめろ。」


燈慈は怒りの混じる震えた声で影人を睨む。


「・・・申し訳ありません。ですが闇乃邸に着いてからでは、次にいつ二人で話せるかわからないので・・・。ああ、もちろん僕はこれらの事情は理解したうえでお二人をお迎えすることを決めています。」

「・・・つまり、影人は何が言いたいんだよ?」

「燈慈くんは緋刀美さんを守るのと同じくらい真剣に自分を守ってください。当然、安易な自己犠牲などもってのほかです。・・・まあもっとも、お二人に手を出させるつもりなど毛頭ありませんけどね。」


影人はそう言うとふっ、と表情を緩める。


「思いがけず長くなってしまいましたね。もうすぐ闇乃邸につきますよ。」


燈慈は影人の表情を見て、これ以上話を続けるのをやめる。一度大きくため息をつくと、隣で眠る緋刀美を起こす。


「おいヒトミ。そろそろ着くらしいから起きろ。」

「んっ・・・」


燈慈に肩を揺さぶられた緋刀美は、薄く瞼を開くとゆっくりと肩に掛けられた燈慈の手を掴んだ。

そして寝ぼけ眼のまま口を開く。


「お兄ちゃん・・・お願い・・・ボクを、一人にしないで・・・」

「ッツ・・・」


寝言のように発された言葉に燈慈は息をのむ。

影人はその様子を見て微笑んだ。


「ちゃんと妹を・・・家族を守って下さいね、『お兄ちゃん』」

「・・・ああ、わかってる」


そう答える燈慈の声は、ほんの僅かに震えていた。

燈慈は目元を拭うと、両手で手を握り返す。


「何としてでも・・・守り抜いて見せるさ」



―――――――――――――――――――――――



闇乃邸に到着した影人達は、屋敷の大広間に集まっていた。

三匹の狼を従えるように座る影人は、同じ様にソファに座る燈慈と緋刀美に話し始める。


「さて、とりあえずは闇乃家へようこそ。これからここがお二人の勤め先、そして家になります。色々確認しておきたいこともありますが・・・今日はお二人共疲れているでしょうし、まあおいおいでいいでしょう。燈慈くん、緋刀美さん、よろしいですか?」

「ああ、助かる。」

「では今日の所はもう休みましょう。剣さんがお風呂を用意してくれているので、お好きなタイミングで入って下さい。着替えについても剣さんに用意して貰いますので。・・・ああ、場所については銀に案内してもらいますのでついて行って下さい」

「悪いな、何から何まで。・・・じゃあさっそく入らせてもらうぜ。実はさっきから腕に血がこびりついてて気持ち悪くてな。」


そういって燈慈は立ち上がる。


「んじゃ、行くぞヒトミ。」

「うん!それにしても湯舟に入れるなんて久しぶりだね、お兄ちゃん」


と、二人で行こうとした燈慈たちを影人は呼び止める。


「あ、待って下さい。申し訳ないのですが、ここのお風呂は広いのですが男湯と女湯は別れてないんですよ」

「ん?ああ、わかってるぜ。屋敷って言っても個人の家だしな。」


何でもないかの様に言う燈慈に、影人は怪訝な顔をする。


「わ、わかってましたか。えっと、では何故お二人は一緒にお風呂に向かっているのですか?」

「どうしてって・・・一緒にお風呂に入るからだよ?ね、お兄ちゃん。」


当然のように言う緋刀美に影人は絶句する。


「・・・いや、ちょっと待って下さい。それは何というか・・・倫理的にどうなんですか?いくら兄妹だからってその年で一緒にお風呂っていうのは・・・」

「え?なんか問題あるか?」

「え、いや、その・・・問題と言えば問題なんですけど・・・あの、水着とか持ってたりは・・・」

「ははっ、何言ってんだよ影人。風呂ってのは裸で入るもんだろ?」


そういって愉快そうに笑う燈慈と、きょとんとした表情の緋刀美。

二人の様子に影人は少しの時間頭痛をこらえるように額に手を当てて考え込む。


「・・・わかりました、今日のところはお二人で一緒に入っていただいて構いません。ですが・・・」


そういいながら影人は近くの影から手を転移させ何かを取り出す。

それはシンプルな男性用の水着と、露出の少ないワンピースタイプの水着だった。


「この水着を着てください。それと、明日から剣さんから色々常識、というか倫理というものを学んでください。」


有無を言わせぬ影人の口調に気圧されたように燈慈は頷いた。


「あ、ああ。・・・なあ、妹と一緒に風呂に入ることはそんなにまずいことなのか?」

「いえ、別にその行為自体を咎めるわけではありません。ただ、今後一般社会に溶け込むことを考えたとき、余りに一般的観点から逸脱した価値観を持っているのはあまりよくないですから。」

「ふーん、そういうもんか。」

「まあ、今日のところはこれ以上は言いません。引き留めてすみませんでした。・・・じゃあ銀、案内してあげて。」


影人がそういうと、白銀の毛並みの狼は立ち上がり短く吠えた。そしてそのまま扉に向かうと、二人をせかすようにもう一度吠える。燈慈たちはいまいち納得してないような顔ではあったが、特に何も言わず部屋を出ていった。


「剣さん・・・これは思いの外苦労するかも知れませんよ・・・」


2人が出ていった扉を見ながら、影人は一人そう呟いた。

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