刹那の闘士、あるいは無限の依代 2
影人の言葉に燈慈は今度こそ完全に絶句する。
それは驚いているというより、最早完全に理解が追い付かず、なんと言って良いのかわからないが故の沈黙であった。
そんな燈慈を尻目に、琴音が影人に問う。
「影人くん、そこまで話してよかったの?私にはそのことなかなか教えてくれなかったのに、今日あったばかりのこの二人のことを随分信用してるのね。」
その、どこか拗ねたような口調の琴音の言葉に、影人は苦笑しながら応じる。
「いえ、別に信用云々の話じゃないですよ。ゼロのことを特別隠す気自体はあまりありません。ただジェネシスの存在を知る人を極力増やしたくなかったんです。・・・というより、琴音さんは驚かないんですね。」
「それはそうよ。だって影人くんのもう一つの人格については前から知っていたもの。もっとも、その時の記憶は影人くんにはないでしょうけどね。」
「ああ・・・。その感じだと例の一件の時にゼロは発現していたんですね。どうにもあの時の記憶は曖昧なんですよね。」
と、そこで慌てたように燈慈が声を上げる。
「お、おいちょっと待ってくれ。つまりあれか?当主さんはいわゆる二重人格って奴なのか?」
「まあ広義ではそうなるのでしょうか。とはいえ今のゼロはもう一つの人格というには少しばかり希薄な存在なんですよ。」
「・・・すまん、理解できん。」
そう言って呻く燈慈に影人は苦笑を向ける。
「そうですね・・・そもそもゼロというのは寄生精神、とでもいうべき物なんですよ。本来ゼロの宿主となった者はよほど強靭な自我、自意識がないと体を乗っ取られてしまうんです。ですが僕がゼロを植え付けられたのは自我すら完成していない赤子の頃。そもそも今までゼロの宿主になっていたのはある程度成熟した人間だったので、そもそもの前提として僕はゼロを宿すことはできないはずでした。」
「・・・植え付けられた、ね。つまりここであの腐れ集団が出てくるわけか。」
「ええ。いかなる方法を用いてか、ジェネシスはゼロの思念を確保。その精神を極限まで弱めてから被検体に無理やり植え付けたのです。・・・このあたりの原理については闇乃でもまだ把握しきっていませんが、ジェネシスの構成員を拷も・・・いえ、尋問して得た情報なのである程度の信憑性はあります。」
影人の答えに燈慈は何とも言えない顔をする。
「いま拷問って言いかけなかったか?・・・ま、まあそれはいい。というよりこれ以上詳しいことを聞いても仕方ねえっちゃ仕方ねえからな。
・・・んで、そろそろ結論に入ってもいい頃合いなんじゃねえか?正直なとこ詳しい原理だの、当主さんの事情だのは俺の理解できる範疇を超えてるし、理解する必要があるとも思えない。
説明してもらってる身で恐縮ではあるが、結局俺たちの枷を外すために必要な条件ってのは何なんなのか教えてもらっていいか?」
燈慈のその言葉に影人は頷く。
「そうですね、もうそこに行っていい段階でしょう。条件を簡単に言うと『ゼロの自我を覚醒させる』ことです。」
「自我を・・・覚醒?」
「はい。先ほども言った通り、ゼロは僕の体に宿る以前にその精神を極限まで弱められています。それ故に僕は自我を保てているわけですが、ゼロが宿っていることの恩恵を受けてもいないのです。」
「恩恵?さっきの話だとそのゼロってのにそんなものがあるとも思えないんだが。」
「いえ、実は一つとても大きな恩恵があるんです。僕が受けていた実験を思い出してみてください。」
「あーっと、確か二重能力者とやらを作る実験・・・」
そこまで言ってハッと言葉を切った燈慈に影人は頷きを返す。
「ゼロに寄生されながらも自我を保った者は、自らが元々持っていた能力とは別にゼロの能力を限定的に行使出来るようになる。つまり実質的にデュアルになるのです。」
「ゼロの、能力・・・。それは具体的にどんな物なんだ?」
「この世の、ありとあらゆる事象に干渉する力。それがゼロが元々持っている能力です。」
「・・・事象に干渉ってのがいまいちわかんねえ。具体例とかはあんのか?」
「そうですね・・・最も基本的な例は、『対象を無条件に破壊する』ことでしょうね。対象となる物が正しい状態存在するという事象に干渉し、破壊されているという状態に書き換える。これがゼロの能力の最たる例です。」
影人のその説明に燈慈と緋刀美は絶句する。
「なんだよそれ・・・規格外ってもんじゃねえな。」
「ええ、同感です。何より、それもゼロの力の一端でしかないことが恐ろしいところです。」
「ったく、『神』とはよく言ったもんだぜ。・・・んで?その力を限定的に使えるってのはどういうことだ?」
燈慈のその問いに、影人は少し考えながら答える。
「そうですね・・・。まず、限定的といっても使える能力自体はゼロと変わりません。ただ、能力の発動に条件が課されるんです。ゼロは対象の存在を視認した時点で干渉することが可能になります。」
「・・・つまり見られたらアウトってことか?」
「ええ。ですがゼロの宿主となった者が能力を行使する場合『対象との距離がゼロ』、つまり触れている必要があるんです。最初に挙げた能力の場合『対象を無条件に破壊する』能力から、『触れたものを破壊する』能力になるわけですね。
ちなみにその宿主が行使する能力自体は公的記録にも残っていて、国際能力機構によって名前が付けられています。『零距離能力(ゼロアビリティ)』、と」
その言葉に燈慈は苦笑する。
「そりゃまた・・・なんというか、できすぎだな。」
「同感です。・・・さて、本題の『枷』についてですが、先ほどの話の『破壊』の力で解除が可能だと思います。」
「そうなのか?でもさっきの話だと触れているものじゃないと破壊できないんだろ?当然だが俺たちの『枷』は見えないし触れないんだぜ?」
「ええ、そうですね。しかし『零距離能力』にはある一つの大きな特徴があるんです。それは発動者の概念の影響を強く受ける、という物です。例えば・・・そうですね、目の前にある壁を破壊するとしたときに、コンクリートの壁の場合は全体的に破壊が可能です。しかしレンガの壁に対してそのまま能力を発動した場合触れているブロックしか破壊できません。」
「・・・触れているレンガとそれをつなげる物は別の対象になるってことか?」
「その通りです。ですがここで発動者がレンガの壁を『一つの壁』という概念で括って能力を発動した場合、その括った範囲の壁はすべて破壊されます。ゼロの能力の本質はあくまでも事象に干渉することですから、その概念が余りにも突飛なものでない限りその概念ごと書き換えることができるんです。」
影人の言葉に難しい顔をしたまま燈慈は考え込む。そして確認するように影人を見ながら問う
「今回の場合『枷』を含めて『俺たち』として、その部分だけ破壊する、ってことか?」
「ご名答です。少しばかり回りくどいですが、この方法が一番確実と言えるでしょう。」
「・・・でも当主さんはその恩恵を受けてねえんだよな。」
「ええ。だからジェネシスによってゼロが弱体化させられている『現状では不可能』なのです。」
と、そこで琴音が影人に疑問を呈する。
「でも、影人くん昔一度そのゼロが出てきたことがあったわよね?それはどうしてなのかしら?」
「本当のところはわかりませんが、恐らくジェネシスは母体・・・この場合は僕に危険が及んだ際は、ゼロに施してある封印とでもいうべきものが外れるようにしたのでしょう。」
「封印、ね。つまりゼロは弱体化させられているというより、力を制限させられている・・・そう、言うなれば『枷』をつけられているってことなのね。」
琴音の意見に影人は頷く。
「そうですね、僕もそんな風に理解しています。そして条件である『ゼロの覚醒』を達するためには、その枷を外す必要があるのです。それも完全にではなく、僕が自我を保てるギリギリのラインを見極めて。」
「・・・そんなことができるのか?」
「正直なところわかりませんが、ジェネシスが兵器として実践投入しようとしていたことを考えるとゼロの封印を調節できるようにしていないとは考えにくいですね。」
影人はそこまで言うと話のまとめに入る。
「長くなりましたが、結局のところ『枷』を外すのに必要な条件は一つ。ゼロを支配下に置く方法を見つけることです。」
「なるほどな・・・。なんつーか、俺達にはどうしようもねえ感じだな。」
「まあそれは仕方ないことですよ。昔から僕もその方法を探してはいますが成果は上がっていませんから、あまり期待しないほうがいいかもしれません。」
「つってもなあ・・・放置するには少しばかり危険な代物だろ?どうにかなんねえか?」
苦い顔をする燈慈に、影人は少し考えながら答える。
「その枷は純粋な催眠と精神干渉の二重構造によるもので、通常の方法で解除しようとするとどちらかが発動するようになっています。だからゼロの力で丸ごと破壊する方法しか思いつかないのですが・・・。」
そこまで言うと、影人は苦い顔を浮かべる。
「・・・ゼロを覚醒させるに当たって一つ、現実的とは言い難い手段があります。」
その影人の様子に怪訝な表情を浮かべながら燈慈は先を促す。
「じゃあ話半分くらいに聞くからよ、とりあえず言ってみてくれよ。」
「・・・ジェネシスから僕の実験についての情報をどうにかして得る。おそらく、これが現実的ではないものの最も実現可能である方法でしょう。」
「ああ、確かにな・・・それがゼロを支配下に置く方法を見つけるには一番確実っちゃ確実だな。まあ・・・現実的じゃねえが。」
先ほど聞いた不干渉の契約を思い出しながら燈慈は苦笑する。
「わかった、とりあえず俺たちの枷については当主さんが自力で何らかの方法を見つけるのを期待することにする。」
「お役に立てなくて申し訳ありません。その時まで万一にも枷が発動しないように、お二人はこれ以降ジェネシスの話をするのは避けてください。」
「ああ、わかった。」
そういって燈慈は頷く。その兄の様子を見て、慌てて緋刀美も頷いた。
「正直、ボクは途中から全然話についていけなかったけど・・・お兄ちゃんが決めたことにボクは従うよ」
「もともと敵だった俺たちに、色々話してくれてありがとな。まあ俺たちの枷については余り重たく考えないでくれ。当主さんの負担にはなりたくないからな。」
その言葉に微笑みながら影人は頷く。
と、そこで車が速度を落とし始める。
「琴音様、間もなく霧裂邸に到着いたします。お忘れ物はありませんかな?」
「ふふっ、ありがとう剣さん。わざわざ送ってもらってごめんなさいね。」
そういいながら琴音は身支度する。
間もなく車は広い邸宅の前で停車した。
「じゃあね影人くんに白葉ちゃん・・・は、もう寝てるわね。それじゃあ、また明日会いましょう。」
「ええ。今日は色々お疲れ様でした。」
「燈慈くんに緋刀美ちゃんもまたね。・・・もしかしたら影人くんを通じてコンタクトを取るかもしれないから一応気に留めておいてね。」
「燈慈くんって・・・ま、いいか。んじゃ、またな。ほれ、ヒトミも挨拶。」
「え、ボクも!?・・・はあ、ま、またね。」
各人への挨拶を済ませた琴音は、車を降りた後に一度手を振って邸宅に帰って行った
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