刹那の闘士、あるいは無限の依代 1
影人達が校舎から出るときには、すでに剣が校門の前で待っていた。
黒塗りの大型車を道路に止めた剣は影人達に向かって恭しく礼をする。
「皆様、お待ちしておりました。さ、お乗りください。」
「剣さん、急に呼んですみません。大丈夫でしたか?」
「ええ、問題ありませんぞ。私のほうの用事は午前で済みましたし、今は白が屋敷を守っておりますゆえ。」
剣は車のドアを開けて、入るように促す。
「では参りましょう。人通りが少ない時間とはいえ、この車は往来の邪魔でしょうからな。」
「それもそうですね。では剣さんの紹介は車の中でしましょうか。とりあえずみなさんも乗って下さい。」
そういうと影人は車に乗る。そしてその影人に続き、白葉が銀を連れ立って車に入る。
二人が乗ったのを確認した琴音は、ものものしい雰囲気を醸し出す黒塗りの大型車にたじろいでいた燈慈と緋刀美に先に入るように促す。
「ほら、二人とも早く乗ってね。私は先に降りるから最後に乗るから。」
「お、おう・・・。いや、当主さんはマジで当主だったんだな。疑ってた訳じゃねえが急に実感が湧いたぜ。」
そう苦笑しながら言い、燈慈と緋刀美は車に乗る。2人に続いて琴音が乗車し、剣が運転席に座った。
車の中は一般的な前後座席では無く、電車の様に椅子が真ん中を向くような形になっている。
全員が乗った事を確認した影人は2人に向けて剣を紹介する
「こちらは闇乃家の執事長をしている剣さんです。」
「ほっほっほ、まあ使用人は私しかおりませんがな。」
その言葉に燈慈が怪訝そうな顔を浮かべるが、すぐに諦めたような表情で首を振る。
「・・・いや、もう細かいことについての言及はよすとするか。で、当主さんの家っつーか屋敷はどこにあんだ?」
「闇乃邸はここから車で約10分弱ほどで着く場所にありますぞ。ただ、まずは琴音様を霧裂邸へと送り届けますので、申し訳ありませんが屋敷に着くのは少々遅くなるかと。」
燈慈の問いに、運転席に座った剣が答える。
「なるほどな・・・んじゃ、時間もあるみてえだし情報交換と行くか。もっとも、俺たちの持ってた情報はあらかた開示しちまったわけだが。」
「・・・まあこの場にいる人には隠す必要もありませんしね。わかりました、僕の話せる限りのジェネシスについての情報をお話ししましょう。剣さん、車を出してください。」
「かしこまりました。」
影人たちを乗せた黒塗りの大型車は、静かに動き出す。
「ここから霧裂邸までの距離で話せることはあまり多くないですし、まずは全員いる間に疑問点を解消しましょう。何か質問はありますか?」
「そうだな・・・。あ、じゃあ一ついいか?」
軽く手を挙げて燈慈が言う。
「当主さんは俺たちに掛けられた『枷』をどうにかすることはできるか?」
「どうにか、と言うのは例の精神干渉の能力を解除する、ということですか?」
「ああ、そうだ。当主さんはあの組織について詳しいみたいだからな。」
燈慈の頷きを受け、影人は少し考える。
「そうですね・・・。結論から言うと現状では不可能です。ですが条件さえ揃えば解除する方法はあります。」
影人の言葉に緋刀美が何とも言えない顔をする。
「なんでキミはいちいちわかりにくい話し方をするの?もったいぶってないでもっと具体的に話してよ。」
「い、いえ、別に勿体ぶってはいないのですが・・・。とりあえず順を追って説明しましょう。」
そう言うと影人は、自らの腕にある刻印を見せる。
「さっき見せた時に気付いたかも知れませんが、お二人と僕の刻印は似ていますが別物です。
ジェネシスでは、被検体に研究ごとの別々の印をつけるんです。お二人の林檎は、『楽園計画(プロジェクト・エデン)』と呼ばれる実験の被験者に刻まれる刻印です。
楽園計画について簡単に説明すると、不老不死の存在を創り出すことを当初の目的とした計画です。」
「へえ・・・俺らが受けてた実験の目的なんて初めて知ったぜ。・・・でも俺たちに不老不死っぽい要素はないと思うぜ?」
「ええ、そうでしょうね。というのも、楽園計画は途中で目的が変わったんです。楽園計画というのは、もとは聖書になぞらえてつけられた名前だったのですが、あまりにも結果が出ないことと計画の始動から長い時間がたったことによりその目的が変わったのです。
すなわち、『不老不死を創る』ことから『いま生きている人間にとっての楽園を創る』ことに。」
その言葉に燈慈は腑に落ちない、という顔をする。
「あいつらがそんな高尚な考えで実験してたってのか?少なくとも俺たちにとってあそこは楽園とは程遠かったぜ?」
その言葉に、影人は神妙に頷く。
「ジェネシスは目的だけは立派なんですよ。ただその手段がどうしようもないほどに歪んでいるんです。現在の楽園計画の方針は、『命令に逆らわず、人々が行うべき仕事を全て肩代わりする存在を創る』ことです。言ってしまえば奴隷を一から作ることで、いま生きている人々はただ好きに生きればいい、という考えですね。」
「・・・あー、確かにそれ間違いなく俺たちが受けてた実験だな。なんか一気に納得したぜ。」
影人の言葉に燈慈はうんざりしたような声で答え、緋刀美は無言で身震いする。
「それはまた・・・ずいぶんと酷い話ね。つまり、あなたたちにかけられた精神干渉系の能力は、その命令に逆らわないという条件のためかしら?」
「いや、この枷はあくまで保険だと思うぜ。俺たちが物心つく頃からあそこにいたってことは、本来は教育・・・つーかそれこそ洗脳で命令に逆らわないようにすんだろうな。・・・ったく、マジであの人には感謝してもしきれないぜ。」
あの人、というのは燈慈と緋刀美の教育を行った人物のことだろう。
燈慈の言葉に影人が頷く。
「そうですね。その方がいなければ、いまこうやってお二人と話をすることなどできなかったでしょうから。・・・さて、お二人の受けていた実験についてはこれくらいでいいでしょう。次に僕の受けていた実験について簡単に説明しましょう。」
そう言うと影人は自らに刻まれた刻印を指さす。
「自らを喰らう蛇の刻印。これは『無限龍計画(プロジェクト・ウロボロス)』という計画の被検体に刻まれるものです。無限龍計画の目的は、補給や休息を必要とせず半永久的に戦闘が可能な存在を創りだすことです。」
「へえ・・・そういえば私も影人くんのそういう話は初めて聞くけれど・・・なんというか、その目的は今の影人くんと対極にある気がするわね。」
「まあ、確かにそうですね。昔より多少良くはなりましたが、今の僕が満足に動けるのは一日30分程度ですし、能力戦闘に至っては5分程度でしょう。」
その影人の言葉に燈慈は耳を疑う。
「お、おい当主さんよ。今信じられない話が聞こえたんだが・・・。30分くらいしか動けないってどういうことだ?」
「言葉通り・・・としか言いようがありませんね。僕は全身の筋肉が極端に弱く、本来は動くことすらままなりません。ですから・・・」
そういうと影人は右手を少し持ち上げる。すると服の袖から黒い布のようなものが出てきた。
「こうやって影を使って体の動きを補助してるんです。これは影能力レベル1で、基本能力の『
これのお陰で僕は自分で動くことができるのですが・・・四六時中能力を発動することになるので体力消費がかなり激しいんです。僕はそもそもの体力が多くありませんし。」
影人は苦笑いをしながら言う。
「戦闘時は影の補助を受けることで、より激しく動くこともできるのですが・・・先ほど言ったとおり、5分前後が限界ですね。だから基本的に剣さんに車で送ってもらったり、短距離ならば玄に乗って移動をしてます。」
「へえ・・・苦労してんだな、当主さんも。」
「あはは・・・まあ剣さんや玄たち、それに白葉が助けてくれてるのでそんなに苦労はしてませんよ。」
影人はそう言って笑うと、隣の白葉の頭を優しくなでる。車の中でうとうとしていた白葉は、そのお世辞にも逞しいとは言えない青白い手に触れられくすぐったそうに身じろぎする。
「っと、少し話がそれましたね。本題に戻りましょう。僕はその無限龍計画の非検体の1つだった訳ですが、そこでが受けたのは・・・そうですね、人工的に二重能力者(デュアル)をつくる実験、とでも言うんでしょうか。すみません、詳しいことまで全部説明しているととても長くなってしまうのでとりあえずはこの理解でお願いします。」
と、その影人の言葉に緋刀美が疑問を発する。
「えと、ごめんボクその、でゅある?ってものがなにか知らないんだけど・・・」
「あ、ごめんなさい。少し配慮が足りませんでしたね。簡単に二重能力者について説明すると、ごく稀に生まれる全く異なる二種の能力を持つ人のことです。どんな条件で誕生するかも全く不明で、遺伝などに関係なく完全なランダムと言っていいほど不規則に生まれる存在なんです。」
その言葉に燈慈は苦い顔をする。
「あの腐れ研究所はそんな訳わかんねえ物にも手を出してたのかよ。・・・んでしかもアレだろ?この話の流れだとどうせ・・・」
「ええ、お察しの通りです。創成機関はある特殊な方法を用いて僕・・・検体『ZERO』という人工的な二重能力者を作ることに成功しました。」
その影人の言葉に、琴音が疑問を呈する。
「その特殊な方法ってどんなものなの?二重能力者なんてそうそう簡単に作れるとは思えないのだけれど・・・」
「ええ、その通りです。事実その研究で数多くの被検体が実験を受けていましたが、その全てが二重能力の片鱗すら表すことができませんでした。ですがジェネシスは研究の過程である『存在』に気づきました。」
影人はそこでいったん言葉を止めると少し考える。
「そうですね・・・それは、言うなれば『精神生命体』です。自らの体を持たず、他者の体に宿り永き時を生き続けるモノ。名を名乗ることもしなかったその存在。それが記されている数少ない古文書などでは、その存在をこう呼ばれていました。『原初の神』・・・ゼロ、と。」
「ゼロ・・・?それってお前の検体名と同じ・・・。」
「ええ。僕の検体名、そして刻印番号は最初の実験成功例だからじゃありません。原初の神の名を識別名として与えられたんです。」
影人の言葉に、燈慈たちはいまいち理解できないという顔を浮かべる。
「少しわかりにくい話ですよね。では後は単純な事実だけを説明しましょうか。」
「ああ、そうしてくれると助かる。」
影人は、燈慈のそのどこかうんざりしたような口調に一度苦笑いを浮かべた後に、表情を少し引き締め口を開いた。
「僕の体には、もう一つの人格が宿っているんですよ。その精神生命体、ゼロの人格が。」
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