七霊の代行者、あるいは限りなき理外の龍

改めて自己紹介を終えた影人に、燈慈が首を傾げながら質問をする。


「・・・なあ、その七霊家ってのは何なんだ?このおっさんの反応を見るになんか有名なもんなのは想像できるんだが、俺たちは外の常識には疎くてよ。」


その疑問に答えたのは、影人ではなく先ほどまで愉快そうに笑っていた琴音だった。


「七霊家っていうのは『炎藤えんどう』、『氷室ひむろ』、『土屋つちや』、『架雷からい』、『風麻ふうま』、『光牙こうが』、『闇乃』の7家からなるこの国の中心となる集団のことよ。過去の能力大戦において旧日本国の主戦力として戦った7人の能力者が創ったもので、今の新倭国(しんわこく)でも強力な権力を持っているの。」

「いわゆる貴族に近いものです。もっとも、今は国家の運営を統括しているだけなので実際の政治家は七霊家の人間ではない人も多いですね。」


琴音の説明を影人が補足する。

説明を聞き、燈慈が感心したように頷いた。


「へえ、なんか良くわかんねえけど凄いってことはわかったぜ。で、アンタ・・・影人はその闇乃家ってのの今の当主、つまり1番偉い奴ってわけか。」

「まあ一応家の代表ではありますね。」


大したことでは無いかのように影人の口から出た言葉に、修善は未だに理解が追いつかないように落ち着きない口調で問う。


「お、おい、闇乃。君は今年で高校1年生なのだろう?七霊家の当主としてはいささか若すぎるのではないか?

いや、そもそも君は本当に闇乃家の者なのか?確かにこの学園の近くに闇乃家の屋敷があることは事実だが・・・」

「お気持ちはわかりますが落ち着いて下さい。僕の身元については理事長さんに聞いて頂ければ良いですよ。僕が間違いなく闇乃家の当主であると証明してくれるはずです。」


影人の言葉に琴音も同調して頷く。


「影人くんの身元は私が保証しますよ。」

「・・・それは生徒会長として、か?」

「いいえ、霧裂の者として、です。」

「そうか・・・君がそこまで言うのならば間違いは無いのだろう」


そういうと修善は口を閉じ、考え込み始めた。

燈慈はそんな修善を少しだけ見てから琴音に問う。


「なあ、今のやりとりの意味がわかんねえだが・・・。アンタもその『七霊家』ってのの関係者なのか?」

「ええ、その通りよ。七霊家は確かにこの国の中心だけど、七つの家の人間だけで国を治めることは難しいわ。だからそれぞれの家に連なるいくつかの家があって、国家の統治を支えているの。私の実家、『霧裂』もその一つで、闇乃家に仕えている形になるわね。」

「あ~・・・つまり、どういうことだ?」


その説明では理解しきれなかったのか、燈慈が頬をかきながらバツが悪そうに要約を求める。

その燈慈の言葉に、琴音は悪戯っぽく笑う。


「ふふっ、要するに影人くんは私のあるじってことよ。つまり旦那様ってことね。」


琴音はそういうと影人の右腕を抱き寄せ、自らの身体に密着させ。

それに対し影人は特に焦る様子も無く嘆息する。


「何が『つまり』、ですか。何の説明にもなっていませんよ。」

「私の中ではそういうことなのよ。いいじゃない、婚約者なんだし。」

「いや、だから元・・・はあ、まあ今はもういいです。」


燈慈はそんな二人を少し呆れ気味に見ていたが、突然表情を変え琴音を凝視する。

その燈慈の様子に緋刀美が首を傾げる。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや・・・あ、思い出した。アンタ確か、俺の腕を切った奴だろ。」

「え?・・・あー!ホントだ!!それに後ろの子はボクを気絶させた子だよ!」


燈慈の言葉を聞いた緋刀美が琴音と白葉を指さして叫ぶ。

その二人の様子に琴音は苦笑する。


「あら?気付いてなかったのね。」

「いや、気を失う直前の記憶が曖昧でな。・・・しかし、治療したとは言っていたが、まさか切り落とされた腕が元通りになるとはな。」

「ふふっ、すごいでしょう?修善先生の『修復リペア』の効果は、対象から失われた物を生成し修復する、というものなの。」

「すげえなそれ。じゃあ外傷だったらなんでも治せんのか?」


燈慈のその言葉に修善は首を横に振る。


「そんなわけないだろう。今回だって別に腕を生成したわけではなく、切れた腕と体をつなぐ皮膚や神経を生成しただけで後は手作業のようなものだ。俺のレベルの『修復』で生成できるのは合計で指一本ぐらいまでのサイズだ。」

「・・・え、いやそれかなりすごくねえか?アンタほとんど手作業で腕を繋げたってのか?」

「外科手術のようなものだ。・・・まあ肉体的にも精神的にも尋常じゃない程に疲れるからあまりやりたくはないがな」


そういって修善は恨めし気に琴音を見るが、露骨に目を逸らされた。


「・・・はっ、このまま流すところだった!なんでお兄ちゃんの腕を切ったキミが当然のようにここにいるのさ!」

「私も関係者だから、かしらね。そもそもあなたたちを捕らえたのは私たちなんだから別におかしいことはないんじゃないかしら?」

「そういうことじゃないよ!さっきまで戦ってた相手となんで普通にしゃべっているのさ!」


その緋刀美の言葉に燈慈が苦笑する。


「まあ俺は戦いにすらならなかったけどな。」

「お、お兄ちゃん・・・」

「ヒトミ、お前の気持ちもわかるけどよ。今回の件は俺たちが完全に悪いんだ。あんまり噛みつくんじゃねえよ。」

「でも・・・。うぅ~、わかったよ・・・」


うなだれる緋刀美の頭を笑顔でくしゃくしゃと撫でる燈慈。それを見て琴音が口を開く。


「それにしても、二人とも本当に仲がいいのね。」

「・・・いや、アンタらも大概だと思うぜ。ったく、両手に花で羨ましい限りだぜ、当主さんよ。」


燈慈の視線の先には、右腕を琴音、左腕を白葉に抱えられている影人がいた。

その視線を受けて影人が嘆息する。


「やめてくださいよ・・・。琴音さんそろそろ離れてください。若い女性がこういうことをするのはよくないですよ。」

「うちのおじいちゃんみたいなこと言うわね、影人くん・・・」


そういいながら琴音はしぶしぶ腕を離す。白葉はそんな琴音を一瞬見やるが、腕を離す様子はない。

琴音はもの言いたげに影人を見るが、いつもの微笑みで流された。


「ところでよ、アンタどうやって俺切ったんだ?さっきは皇喰使ってなかっただろ?」


部屋の雰囲気が変になりかけたのを察したのか、燈慈が琴音に話を振る。


「たしかアンタ、あの時竹刀しか持ってなかったよな?でも確かに俺の腕は切られたわけだし、ついでに最初、遠くから斬撃が飛んできた気がするんだが・・・」

「ふふっ、簡単な話よ。それが私の能力だから、よ。『刃能力ブレードアビリティ』、一定範囲内の無生物を刃物に変えて操れる能力よ。・・・まあ実際に触れているもの以外を操るのはあまり得意じゃないんだけどね。」

「ああ、なるほどな。その能力で竹刀を刃物にしたわけだな。・・・ん?でもそしたらあの斬撃は何だったんだ?実際に何かが飛んできたわけじゃなかったような気がしたが・・・」

「あれは空気中に存在する塵とかを集めて飛ばしたのよ。空気そのものを刃物にすることもできるけど、とても制御できないもの。」


その言葉に修善が嘆息する。


「制御に自信がないならもう少し能力の使用を自制してほしいものだな。ただでさえ君の能力は殺傷性が高いんだ。君は存在自体が銃刀法違反だと認識してほしいな。」

「そんな大昔の法律持ち出さないでくださいよ。そもそもこの学園にいる人みんな似たようなものじゃないですか。」

「俺が言いたいのは君の考え方のことだ。学園の理念を思い返すといい。」


その修善の言葉に影人が追従する。


「そういえば琴音さん、あの時完全に首を落としたと思ったとか言ってませんでしたか?」

「おいおい・・・恐ろしいな。」


燈慈が肩をすくめる。


「・・・俺の『修復』でも死んだ人間は治せないんだが?せいぜいきれいな死体ができるだけだな。」

「・・・殺されても文句言えねえ立場とはいえ、ぞっとしねえな。」


そんな二人に琴音は不敵に笑いながら答える。


「影人くんを傷つけるものに与える慈悲なんてないわよ。」

「・・・おい当主さんよ、アンタの嫁さんヤベえぞ。」


燈慈のその言葉に影人は無言で嘆息した。

と、そこでそれまで黙っていた陽炎が口を開く。


「そろそろ話を戻してもいいか?闇乃、今回の件について具体的にどう対処するつもりだ?そもそも創世機関は国家と結託している、という話だったが。それはつまり七霊家とつながっている、ということではないか?」

「・・・七霊家の中での機密事項に関わるので、これから話すことは基本的に他言無用にお願いします。とりあえず理事長さんと学長先生に話す分にはかまいませんが・・・。」


そう言って影人は全員に向き直る。


「ジェネシスの存在は七霊家の中でも問題視されています。行われている研究もさることながら、最大の問題は『どこかの七霊家と関りがあることは確かだが、どこと関わっているのかがわからない』、ということです。」

「・・・どういうことだ?」

「言葉の通りです。例えば警察などの権力を動かして検挙しようとしても、どこかからの圧力で捜査が中断される。

そしてその圧力、というのがどこから来たものかがわからない。直接七霊家が動こうとすると事前に情報が洩れているのか、強固な隔離領域が展開され突入できず、そしてすぐに他の大きな事件が起きて七霊家が動かざるを得なくなる。

そういったように、確実にどこかの七霊家が関わっているのはわかっているのですが、それがどこなのかがわからないんです。」


影人の言葉に修善が疑問を呈する。


「そうは言っても、そこまで大っぴらに活動しているのならば隠し通すことなど不可能なんじゃないか?」

「確かに本格的に背後関係を洗えばわかるでしょうね。でもそれをするわけにはいかないんです。」

「・・・何故だ?」

「この国は七霊家が中心となって動いています。そして七霊家は互いに連携を取りながら国家を運営しているのです。

・・・もしもジェネシスを本格的に調べたことで七霊家の間に亀裂が走り連携が取れなくなったら、国家が立ち行かなくなり諸外国の外交的干渉を受ける危険があります。

そんな危険を冒すよりは、実害の少ないジェネシスは放置する、というのが今の七霊家のスタンスです。」

「なるほどな・・・。」


その影人の言葉に、修善は得心したように頷いた。


「それで闇乃、一体どうやって創世機関に働きかけるつもりだ?」

「僕がこの学園にいることを七霊家全体に伝えます。ジェネシスは基本的に七霊家と関わることを避けるので、それで十分でしょう。」

「・・・なるほど、七霊家全体に知らせることで必然的に創世機関にも伝わる、ということか。しかし本当にそれだけで大丈夫なのか?君が学園にいない時間を狙ってくることはないのか?」

「その心配はありませんよ。ジェネシスが積極的に僕に関わることはありません。」


陽炎は疑問を呈する。


「なぜそう言い切れる?」

「そういう契約だから、です。」


影人の言葉に陽炎は怪訝な顔をする。


「契約・・・だと?どういうことだ?」

「・・・実際に見てもらったほうが早いですね。」


そういうと影人は服の袖をまくり上げ、右肩を見せる。蜻蛉たちの目に映ったそこには、


「それは・・・」


自らの尾を噛み環状になっている蛇の中に、数字が書いてある入れ墨のようなものがあった。刻まれている数字は『0』。

それは燈慈と緋刀美の首にあるものと酷似していた。


「おいおい、アンタまさか・・・」

「ええ、僕もお二人と同じようにジェネシスで実験を受けていたんです。

もっとも、僕は物心つく前には母さんに助けられて既に闇乃家にいたので、実際に実験を受けた記憶はないんですけどね。

ついでに言うとこの刺青も昔からこの大きさだった訳ではなく、成長に合わせて一緒に大きくなってきたんですよ。

赤子だったとはいえジェネシスも僕を放置する訳がなく、何度も闇乃家への襲撃があったのですが・・・そのたびに父さんと母さんが返り討ちにしたそうです。」

「すげえなアンタの両親。」


燈慈の言葉にすこし照れ臭そうに影人は笑う。


「ええ、二人とも本当に強いんですよ。・・・まあそういった感じで二人に返り討ちにあい続けたジェネシスは、ある時僕の両親に取引を持ち掛けてきたらしいです。要約すると、もう僕に手を出さない代わりに、もうジェネシスに関わるな、といった感じですね。」

「・・・闇乃の両親はその取引を受けたということか?」

「ええ。もともと闇乃家にはジェネシスと関わる意志はありませんでしたし、襲撃に対処するのも面倒だったようですしね。」


影人の言葉を聞き、蜻蛉が口を開く。


「・・・今の話を聞いて疑問に思ったのだが、今の闇乃家の当主は君だということだが、君の両親はどうしたのだ?」

「ああ、それも当然の疑問ですね。えっと、実は僕の父さん・・・先代当主は五年ほど前にふらりとどこかに行ったっきり失踪してまして・・・時々世界各国のおみやげが送られてくるので無事なのは確かなんですが・・・。」

「七霊家の当主がそんなことで良いのか?」

「いや、もちろん良くないですよ。失踪して半年くらいしてから、他の七霊家から新しい当主を立てろ、と言われましてね。

はじめは僕の母さんが当主候補だったんですけど・・・その、母さんは少し七霊家の当主とするには問題がありまして・・・まあ言ってしまえば消去法で僕になりました。」

「・・・なるほどな。」


影人の答えに納得したのか、陽炎は一度頷くと黙り込んだ。

会話が終わったのを見計らって修善が口を開く。


「よし・・・まあ今日はこれくらいにしておこう。今回の件については、とりあえず闇乃に任せる、ということでいいだろう。学長先生には俺から言っておこう。蚊帳外先生、君も来てくれ。」

「・・・まあ良いだろう。」

「何故上から目線なんだ・・・」


修善は嘆息するが、陽炎はやはり気にも留めない。

影人はその様子に苦笑しながら話す。


「今回の件がどうなったかは、また後日お知らせしますね。・・・では、今日はこれで解散としましょう。燈慈さんと緋刀美さんは、今日はとりあえず僕の家に来てください。そこならジェネシスに襲われる心配もありませんしね。」

「・・・ま、お言葉に甘えさせてもらうか。いいな、ヒトミ?」

「お兄ちゃんがそれでいいなら・・・」

「では、決まりですね。・・・そうだ、琴音さん。もう暗いですし家まで送りますよ。流石に時間も遅いですし、剣さんを呼びますから。」


影人の言葉に琴音は笑顔で答える。


「あら、いいの?じゃあお願いしちゃおうかしら。」

「遠慮しないでいいですよ。・・・玄、銀、ごめんね?もう暗いし、人が多いから・・・」


影人の言葉に二匹の霊獣は気にするなと言うように身をすり寄せる。


「ありがとね。じゃあ白葉、帰ろうか。」

「・・・うん。」


白葉は頷くと立ち上がる。その時も影人の腕も離すことはない。

琴音はその二人の様子を少し黙ってみていたが、突然白葉の手を握る。

白葉は驚いてか、体の動きを止める。しかしその手を振り払うようなことはしなかった。


「ふふっ、やっぱり白葉ちゃんは可愛いわね。さ、影人くん、帰りましょう」


影人はその様子に微笑みながら頷いた。


「・・・ええ、そうですね。では修善先生、陽炎先生。失礼します。」

「ああ、また明日会おう。俺は基本的にここにいるから用事があったら来るといい。」

「わかりました。ではお二人とも、行きましょう。」


そういって影人達は保健室から出ていった。

影人に促され、燈慈と緋刀美も立ち上がる。


「よしっ、んじゃ行くか。先生、治療あんがとな。」

「また何か不都合があればいつでも来るといい。」


燈慈は修善の言葉に手を挙げて答えると、緋刀美と共に影人の後を追う。

二人は保健室の外で待っていた影人たちの元へ行くと修善たちに軽く会釈をしてその場を去っていった。

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