彼女の朝、あるいは新生活の始まり
心地よい朝日が街を照らす朝7時。この時間から少女の一日は始まる。
彼女の名は
白葉がいるのは、小学校の教室ほどの大きさの部屋だった。
その部屋には大量の人形が置かれており、場の非現実感を高めるのに一役買っている。
人一人が使うには不必要に広い部屋にあるベッドは、部屋同様に不必要に大きいキングサイズだ。
しかも御伽噺のお姫様が使うような天蓋つきのベッドである。
そんな王族のようなベッドに入っている少女は、そのイメージを裏切らない容姿をしていた。
人形のように整った容姿。
病的というよりは神秘的な白い肌。
そしてその白に良く映える、腰まで伸びる金色の髪と瞳。
一言で言うのなら、昔話のお姫様のような少女。それが影討白葉という少女だった。
基本的に白葉は自分では起きない。普段は決まった時間に影人が起こしに来る。
しかし、今日は少し違った。
「ウー・・・ウォン!」
そう一声鳴きながらベッドを揺らすのは美しい白銀の毛皮を持つ一匹の狼、銀だった。
その声と振動により、白葉の意識は完全に覚醒した。
「ん・・・おはよう、銀・・・。・・・影人は?」
白葉は体を起こし、傍らの狼を撫でながら語りかける。
その問いかけに、銀はドアの方を向きながら吠えることで答えた。
「・・・そう、分かった。・・・先に大広間に行ってて。」
白葉はそういうと朝の支度に取り掛かる。
銀は一声吠えると、ドアから外に出て行った。
黒いネグリジェからカジュアルな白を基調としたワンピースに。
腰まで伸びた金髪をツインテールに結ぶ。
それだけ済ますと白葉は部屋から出ようとし・・・
何かを思い出したかのように立ち止まる。そうして部屋に大量にある人形の中から、赤い龍をモチーフとした愛らしい人形を手に取った。
白葉はそれを撫で小さく微笑み、大広間に向かった。
~闇乃家大広間~
白葉が大広間の扉を開けると、途端に香ばしい香りが漂ってきた。
開いた扉の先には、先ほど白葉の部屋から出て行った銀と、その銀より一回り小さな白い狼と、大きい黒い狼がいた。
大広間のテーブルには、部屋に漂う香りの元である豪華な朝食が並んでいる。
そしてその食卓に着いていたのは、病的に白い肌ながら不思議な魅力を持つ少年だった。
少年・・・影人は白葉に気付くと微笑みながら話しかける。
「あ、おはよう白葉。よく眠れた?」
「・・・まあまあ。」
白葉はそう言うと自らも食卓に着く。
「ふふ・・・今日から学校だからね。しっかりと寝ておくに越したことはないよ。」
「・・・影人はその格好で学校に行くの?」
「え?何か変かな。確か命強学園には制服はなかったと思うけど・・・」
そう言いながら影人は自分の服装を見る。
今影人は、黒いジーンズに灰色のTシャツ、そして黒いパーカーという黒ずくめの服装だ。
白い肌を持つ影人には少々アンバランスではあるが、不思議と似合っている。
「・・・別に変じゃない。・・・それなりに似合ってると思う。」
「うん、ありがとう白葉。そう言う白葉もかわいい服着てるね。良く似合ってるよ。」
影人がそう言って笑うと、白葉はその頬をほんのり朱に染めた。
「おはようございます、白葉様。」
白葉が食卓に着いてしばらくすると、厨房から初老の男性が顔を出す。
闇乃家に使える使用人である剣だ。
「・・・私に『様』はつけなくていい。」
白葉は剣を見ると無表情のまま告げる。剣は愉快そうに笑うと、自らも食卓に着く。
「ほっほっほ・・・まあそう言いなさるな。私は使用人ゆえ、上下関係をしっかりするよう育てられておるのです。」
「剣さんは使用人というよりは傭兵な気がしますけどね。」
軽口を叩きながら笑いあう二人を、白葉は無表情で・・・しかしどこか羨ましそうな顔で見る。
「さて・・・せっかくの朝食が冷めたらもったいないですからね。いただきましょうか。」
影人がそう言い、軽く手を合わせてから食べ始めると白葉と剣も手を付け始める。
大きな屋敷の食堂で三人だけの食事という、ともすれば不自然な光景。
しかし、そこに流れる穏やかな空気は『家族』の物に他ならなかった。
食事を終えた影人は、一息つきながら剣に話しかける。
「ふう・・・ご馳走様でした。剣さんは料理が上手ですね。」
「そう言っていただけると、使用人冥利に尽きます。では片付けておきますので、影人様と白葉様は学校の準備をなさってください。」
剣はそう言うと食器を片付け始める。
それを見た白葉は学校の準備を始めるために自室に戻った。
同じように自室に戻ろうとした影人は、思い出したように大広間の戸棚から何かを取り出す。
「危ない危ない、忘れるところだったよ。玄、白、銀、おいで。」
影人がそういうと、三匹の狼は待ってましたとばかりに影人に駆け寄る。
影人はそんな三匹を撫でながら手に持っていた何か・・・三色の宝石を床に置く。
「とりあえずこれで一週間分ぐらいかな。また必要になったらあげるからその時は教えてね。」
影人がそう言うと、3匹はそれぞれ、自分の体と同じ色の宝石を飲み込んだ。
それを見た影人は小さく微笑むと、今度こそ自室に戻った。
―30分後 闇乃家玄関―
「じゃあ剣さん、行ってきます。」
「・・・行って来る。」
玄関には完璧に準備を整えた二人の姿があった。
服装は先ほどと同じだが、影人の手には黒いショルダーバッグが、白葉の手には白いポーチが握られていた。さらに白葉の腕にはあの赤い龍の人形が抱えられている。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、二人とも。」
「ええ。・・・あ、剣さんは何時くらいに出かけます?」
「そうですね・・・。あと1時間後くらいでしょうか。」
「剣さんが出かけてからの警備はどうします?」
「それは白か銀に・・・あ、今日は二匹とも居ないのでしたか。」
そう言って剣は影人の後ろを見る。その視線の先には黒と銀の狼が居る。
「まあ、素の防衛装置で良いような気もしますけど・・・それだと下手したら人死にが出ますしね。ここは僕が何とかしましょう。」
「・・・私も手伝う。」
「申し訳ありません、よろしくお願いします。」
「いえ、白と銀に指令を出したのは僕ですから。」
影人はそう言うと、玄関の隅・・・周りを壁で囲まれた不自然に暗い場所に立つ。
そこで床に手をつき目を閉じると・・・短く呟く。
「『
―刹那。その暗がりに、音もなく漆黒の甲冑に身を包んだ首の無い巨大な騎士が現れる。
それは首無し騎士の名にふさわしい物であったが・・・
「流石ですな、影人様。しかし・・・確かデュラハンは片手に自分の頭を持っているのではありませんでしたかな?」
剣の言うとおり、その騎士の手には一本の剣しか握られていない。
「あはは・・・別に深い意味はありませんよ。単純にこの方が体力の節約になるからです。」
と、影人は剣の問いかけに笑って答えた。
「さてと・・・まあ『人形』としては悪くない出来かな。」
そういうと、影人は白葉を見る。
「じゃあ、後はよろしくね。」
「・・・分かった。」
白葉は相変わらずの無表情でそう言うと、首無し騎士に手を掲げる。
「・・・『
と、白葉が呟いた瞬間。今まで微動だにしていなかった騎士が突如動き始め、白葉に膝を折った。
「おお・・・お見事です白葉様。」
「・・・とりあえず今日はこれで大丈夫。・・・あなたは今日この家を警備しなさい。」
そう白葉が命令すると、首無し騎士は(当然ながら)無言で立ち上がり、屋敷内を巡回し始めた。
「よし、これで大丈夫だね。じゃあ剣さん、行ってきます。・・・おいで、玄。」
影人の声に反応した黒い狼が、彼の前で身をかがめる。
影人はその背に馬乗りではなく横向きに優雅に腰掛けた。
「玄、別に急いで行く必要は無いからね。あ、白葉は銀に乗せてもらう?」
「・・・いい。・・・初日から変に目立ちたくないから。」
「あ、あはは・・・まあ、確かに目立ちはするかもね。じゃあ玄、白葉の速さにあわせてお願いね。」
その影人の言葉に玄は低く吼えて答えると、影人の重さなど無いように立ち上がる。
それを見た白葉は無言で玄関から出て行った。
影人は苦笑いをしながらもう一度剣に挨拶をして、白葉の背を追いかけた。
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