二人の初登校、あるいは彼らの邂逅

桜の花が咲き誇る春の道。

そんな穏やかな風景のなか・・・

影人は脱力しながら玄に寄りかかっていた。


「そ、想像以上に気温が高い・・・。あ、そこ右に曲がって。」


もとより健康的とは言い難い白い肌は、白と言うより青白い色になっている。

そんな少年が狼に乗りながら、さらに話しかけるという極めて異質な光景に、道行く人は彼を確実に二度見していた。


「・・・大丈夫?」


そんな影人に、白葉は無表情ながらも労る声をかける。


「あはは・・・大丈夫かどうかって聞かれたら全く大丈夫じゃないけど・・・。まぁいつものことだから。あ、そこ左。」


力なく笑いながら答える影人は、もはや汗すら出ていない。

割と本格的に危険な状態だと判断した白葉は、抱えた龍のぬいぐるみを地面に降ろし、


「・・・『人形劇パペットショー』」


と呟いた。


すると、突如ぬいぐるみが動き出す。

布製の翼で力強く羽ばたき、影人の頭上で日光を遮る。さらに、翼で風をおこして顔を扇いだ。


「あ、ありがとう白葉。正直もう限界だったよ・・・」

「・・・別に気にしなくていい。・・・危なかったら早く言って欲しい。」


相変わらずの無表情ながら、その声にはどことなく怒りが混じっている気がして影人は苦笑いをする。


そこにはとても穏やかな時間が流れていた。


すぐそこの曲がり角では、食パンを咥えた少女と青年がぶつかっていたり、朝早くから不良に絡まれている気弱そうな少年を颯爽と助ける炎使いの少女など、異質な姿があるが誰一人として気にしない。


当然と言えば当然だろう。ここでは誰しもが主人公であり、そして誰も主人公たりえない。


異能の力は『異』ではないただのありふれた『技能』であり、強弱こそあれ優劣はない。

ここはアニメや漫画のように、戦いですべてが解決するような単純な世界ではない。炎や氷で人を傷つければ法律で罰せられるし、いかに強力な力があろうと勉強ができなければ就職もできない。


とはいえ、戦闘に特化した能力を持つものはその力を使いたがるし、実際に能力を用いた犯罪は行われている。


そのような『戦闘』に関する能力事件の対策として国が創ったのが、戦闘に特化した能力を持つ少年少女のための学校である。

ただし、その中でも命強学園は少し異色で、国家ではなく個人が運営している私立の学校だ。


さて、影人たちが家を出てからもう30分近く経った。


「うーん、確かもうそろそろだと思うんだけど・・・」


そう言って周囲を見渡す影人の視界には、学生らしい人が増えてきた。


ここまでくると、もう影人に奇異の視線を向ける者もいない。少し変わった能力だと思うくらいだ。


「えっと・・・うん、ここの角を左に曲がって。」


その言葉に従い、玄は道を進む。

その角を曲がった先には・・・


今まで見えなかったのが不自然なほどに巨大な学校があった。


「・・・ここ?」

「うん。この大きな学校が、僕らが今日から通う場所。私立命強学園だよ。」


周囲に歩いている多くの学生は、空を飛んで来たり空間に突如出現したりと、登校方法は様々だ。

流石に狼に乗っているのは影人しかいなかったが。


「へぇ・・・転移ワープ飛翔フライの使い手・・・いや、転送ポート跳躍ホップかな?いずれにしても凄い練度だなぁ。」


彼は周囲の人々を見て感嘆の声を上げる。


「・・・早く行こう?・・・顔色、わるい。」

「あ、忘れてた。・・・思い出したらどんどん気持ち悪くなってきた。早く冷房の効いた室内に行こうか。」


そう言うと彼は玄の背を軽く叩く。

それに対して玄は低く吠え、学園に向かって歩き出した。


しかし、影人達が進み始めた直後に彼らに声を掛ける者が居た。


「お、そこの狼に乗ってる人と金髪の嬢ちゃん。そうそう、顔色わるいあんたと無表情な君だよ。もしかしてあんたらが、闇乃影人と、影討白葉か?」


影人達に声を掛けたのは、一人の長身の青年だった。その青年は人懐っこさを感じさせる表情で、二人に近づいていく。


「ええ、そうですけど・・・どちら様ですか?」


怪訝な表情で影人が問う。

すると青年は少しきょとんとした顔になった後、


「あ、悪い、自己紹介が遅れたな。俺は時逆流ときさかながれ。歳は16で、高等部の2年生だ。編入生が居るってんで生徒会から案内を頼まれててな。」


と答えた。


「時逆?あなたは時逆家の人なんですか?」

「・・・その名に反応するって事は間違いないみたいだな。その通り、俺は時逆家の者だ。俺があんた達の案内を頼まれたのもそれが理由ってわけだ。」

「ちょっと待って下さい。あなたは生徒会に頼まれたと言ってませんでしたか?僕が『あの』闇乃家の人間である事はかなり上部の人・・・それこそ理事長さん位しか知らないはずです。」

「あ~、それはまぁちょっとした理由があるんだが・・・まあ実際に会ってもらうのが手っ取り早いな。付いてきてくれ。」


そう言うと、青年・・・流は学園に向かって歩き出す。


「え・・・どこに行くんですか?」

「どこって・・・決まってるだろ。」


そう言うと、彼はいたずらっ子の様にニヤリと笑った。


「私立命強学園の生徒会室だよ。」

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