八 流儀と訃報
-暗転中の舞台。沖田の声がする。
沖田声「ほう。うまく潜りこむことができたか」
-明転する舞台。掃除をしながら、沖田が富岡の報告を聞いている。
富 岡「はい。何かうまくいき過ぎにも思いますが…」
沖 田「敢えて泳がすつもりかもしれん。あの糸泉という女は、わしらを潰すためな
ら手段を選ばんからな」
富 岡「ええ。気を付けます」
沖 田「それに、あのアルコール本田という男。随分とお前さんにこだわっておる
な。仲間になったことをいい事に、寝首を掻こうとするやもしれんぞ」
富 岡「そっちも大丈夫ですよ。一応、対策は立ててます」
沖 田「ならいいが。…しかし、本当に良かったのか?」
富 岡「何がですか?」
沖 田「見せかけとはいえ、お主は今や殺し屋横丁の裏切り者じゃ。こっちの流儀は
分かっておるはずじゃろ?」
富 岡「…確かに、すんなり決められた訳じゃありません。でも、この仕事でもしも
の事があれば、今度こそ殺し屋横丁は終わりです」
沖 田「おそらくそうじゃろうな」
富 岡「俺にとっては、それだけはどうしても防がなきゃならないんです。そのため
なら、使える手は何だって使いますよ」
富 岡「こんな汚れ役すらもか。何だってまだ若いお前さんが、そこまで肩入れする
んじゃ?」
富 岡「え?掃除郎さん。俺の昔のことは話したはずでしょう?」
沖 田「すまんがこの年になると、覚えておきたいことも覚えてられないんじゃよ」
富 岡「俺はガキの頃、殺し屋横丁に助けられたんですよ。俺の親父が、横丁の人間
を騙った奴に殺しを頼んだせいで、俺は親父共々護り屋に命を狙われました」
沖 田「奴らの名が出始めた頃だったかのう」
富 岡「ええ。それで俺は親父を助けたい一心で、本物の殺し屋横丁を見つけ出しま
した」
沖 田「商店街のど真ん中で、『殺し屋いませんか!』と、怒鳴りちらしとったな」
富 岡「傍から見れば、頭のおかしなガキでしたよ。でも、そんな俺の話を真剣に聞
いてくれた人がいました」
沖 田「あのまま店の前で騒がれても迷惑だっただけじゃよ」
富 岡「それだけじゃありません。俺の頼みを金も取らずに引き受けてくれて、護り
屋たちを倒してくれたじゃないですか」
沖 田「殺し屋横丁の名に傷がつくところじゃったからな。あくまで、面子を保つた
めにやったまでのことじゃ。今のお前さんなら分かると思うがのう」
富 岡「分かりますよ。それでも、俺は、助けられたから!」
沖 田「若いのう。その人の好さが、いつか命取りになるぞ」
富 岡「…俺は多分、最期までこうですよ。…そういえば掃除郎さん」
沖 田「何じゃ?改まって」
富 岡「少し前から聞きたいと思ってたんですけど、掃除郎さんは引退を考えたこと
はないんですか?」
沖 田「引退か…。わしはそれができないんじゃよ」
富 岡「え、どういう事ですか?」
沖 田「訳があってな。いつか、お前さんには話してやろう」
――そこに、金形巡査が現れる。
金 形「あれ。おふた方。こんなところで何を?」
沖 田「おや、金形くんじゃないか」
金 形「巡査ですよ。お店は今日はお休みですか?」
富 岡「そんなとこかな」
沖 田「どうせ客も来んしのぅ。しかし、最近よく会うのう。忙しいのかい?」
金 形「はい。実は最近、この辺で殺人事件が起きてまして。被害者は確か、お二人
の知り合いでしたよね」
沖 田「…」
富 岡「…」
金 形「心中お察しします」
富 岡「惜しい人を亡くしたよ」
沖 田「そうじゃな。娘さんもおったというのに…」
金 形「はい?娘さん?被害者の女性は独身のはずですが…」
富 岡「え?女性?」
沖 田「待て金形君。それは一体誰じゃ?」
金 形「巡査ですよ。被害者は
よね」
富 岡「
沖 田「いつじゃ?」
金 形「警察の調べでは死亡したのは昨夜だそうです。刀のような大きな刃物で斬り
つけられたようでして。…あの。おふた方は、さっきは一体誰の事を…」
沖 田「金形くん。悪いが、わしらが協力できることではなさそうじゃ。お仕事頑張
ってくれ」
-口止め料を握らせる沖田。
金 形「そうですか。ではまた。お二人もあまり出歩かない方がいいですよ。それ
と、巡査と呼んでください」
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