九 罪悪と期限
沖 田「…」
富 岡「…」
沖 田「…富岡」
富 岡「はい」
沖 田 「少し話をしてもいいかの?」
富 岡「え。何のですか?」
沖 田「聞きたかったんじゃろ。わしが殺し屋を辞めない理由を」
富 岡「聞かせてくれるんですか?」
沖 田「気が変わっての。今話しておきたいんじゃ。だが、理由なんてものとても単
純な事じゃ」
富 岡「何なんですか?」
沖 田「罪悪感じゃ」
富 岡「罪悪感?」
沖 田「お前さんは、感じたことはないか?わしはいつも感じておる。…殺し屋とい
う職業は、相手が誰であれ、依頼された以上は殺さねばならん。誰であっても
じゃ。わしもあの時までは、そのことについては深く考えたことはなかった」
富 岡「あの時まで?…何があったんですか?」
沖 田「仕事をこなしただけじゃ。いつものように依頼されて、いつものように標的
を殺した。その標的が、引退した殺し屋横丁の元住人で、わしを一人前に育て
てくれた師匠だったとも気づかずにな」
富 岡「自分の師匠を…」
沖 田「気づいた時には、全てが手遅れじゃった。頭の中が真っ白になったわしは、
師匠の亡骸の前で、ただ立ち尽くしておった。そしてその現場を、師匠の娘さ
んに見られてしまったんじゃ」
富 岡「娘さんがいたんですか」
沖 田「師匠の引退は、その子が産まれたからじゃった。父親になったことを祝い、
涙ながらにあらゆる感謝の言葉をかけながら見送ったかつての師匠を、わしは
何も考えずに殺したのじゃ。しかも、目撃者をその場に放置したまま、慌てて
その場を逃げた。そこからじゃよ。人を殺す度に、わしの中に重く冷たいもの
が膨らみだしたのは…」
富 岡「それが、罪悪感ですか。でもそれなら、尚の事辞めようと思うんじゃ?」
沖 田「怖いんじゃよ」
富 岡「怖い?」
沖 田「のう富岡。神話などで、天使が悪魔に堕ちる話はよくあると思うが、なぜ逆
に、天使になろうとする悪魔はいないと思う?」
富 岡「…わかりません」
沖 田「わしが考えるに、悪魔が天使になるという事は、悪魔として重ねてきたそれ
までの罪に、真っ向から向き合わねばならぬのじゃ。それはきっと辛くて、苦
しくて、耐えきれるようなものではないと、悪魔は分かってしまっておる。わ
しも一緒じゃ。わしが歩んできた殺し屋としての過去は、普通のじじいが一日
とて耐えられるようなものではない。わしは、殺し屋でいなければ、生きる力
も持てなくなっていたんじゃ。そんなわしが引退するとしたら、それは誰かに
殺された時じゃろう…」
富 岡「掃除郎さん…」
沖 田「ふっ、すまんの。長話に付き合わせて。だが、話せてよかった」
-そこに、鈴木が現れる。
鈴 木「そんな事をしてる暇があるのですか?!」
富 岡「鈴木さん。迂闊に出てきちゃダメだよ。あんたの忠告通り、相手も護り屋を
雇ってたんだから」
沖 田「何かあったのかい?」
鈴 木「何にもないから来たんですよ!まだ田中は始末できないんですか?」
富 岡「護り屋が出てきたんだから、そんな簡単にはいきませんよ、だから今、あの
手この手で色々動いてるんですから」
鈴 木「分かってはいますが、それでも急いでもらわなければ困るんです」
沖 田「困る?鈴木さん、やはり何かしらの事情が変わったんじゃないのかい?」
鈴 木「…実は、東京本部社長の任命式が二日後に急遽行われることになったので
す。それまでに田中を何とかしなければ…」
沖 田「やけに急な話じゃのう」
鈴 木「無茶を承知でお願いしたいんです。成功報酬を上げても構いません」
富 岡「どうしますか?掃除郎さん」
沖 田「背水の陣の殺し屋横丁じゃ。腹をくくるかの。ただ、成功報酬は2億のまま
でいい。標的を始末した暁には、きっちりいただくぞ」
鈴 木「契約は守りますよ」
富 岡「やってやりましょうよ。掃除郎さん」
-懐から書状を取り出す沖田。
沖 田「よし、富岡。予定より早いが、これを護り屋に届けるんじゃ」
富 岡「分かりました」
沖 田「鈴木さん。明日はひどく荒れるじゃろう。社長に選ばれるその日まで、身を
隠しておってくれ」
鈴 木「分かりました」
沖 田「やり遂げるぞ」
富 岡「はい!」
-それぞれ別の方向へと
-暗転する舞台。
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