ハードでハートフルな殺し屋物語

 記憶を失くした青年である翔は、深夜に行くあてもなく彷徨っていたところでミナという少女に声をかけられる。最初はミナを邪険に扱っていた翔も、その天使のような愛らしい容貌と優しさに触れるうちに次第に心を開いていく。だが、ある日ミナが暴漢に襲われる事件が発生し、翔は彼女を救うために暴漢に立ち向かう。しかし丸腰の翔では暴漢に太刀打ちできず、絶体絶命と思われたその時、どこかから聞こえた銃声が暴漢を貫く。闇の中から現れたのは、金色の瞳を持つ謎の男だった。
 錯乱の中で意識を失った翔。彼が次に目を覚ましたのはとある事務所で、そこにはミナと金色の瞳の青年がいた。立花と名乗るその青年は自分を殺し屋だと称し、昨日の現場に居合わせたのも仕事の一環だと言う。そんな立花に翔はある依頼をする。それは、自分の家族を殺した人間を殺害してほしいというものだった。

 殺し屋の秘密を知った翔を見張るという体で始まる3人の共同生活。そこには死の匂いが充満する一方で、不思議と家族のような温かみがある。食卓を囲んで料理を箸でつつき、軽口を飛ばして笑い合う。殺伐とした世界観とアットホームな空気が同居しているのが本作の大きな特徴である。

 善悪の境界が曖昧になった世界で起きる数々の事件は救いようのないほど不条理で、読んでいて何度も心を抉られそうになる。だけど、それでも彼らは運命に屈さず、少しでもマシな未来を見つけるために足掻き続ける。その姿は読者に勇気を与え、どこかに救いはあるかもしれないという希望を抱かせる。登場人物は一人一人信念を持って行動していて、迫真の台詞や描写が彼らの生き様をこれでもかというほど伝えてくる。
 この地獄のような世界の中で、果たして彼らは花を咲かせることができるのか。

 80万字超えの超大作。だけど字数で臆するなかれ。冒頭を読むだけで間違いなく惹き込まれる、心を震わせる物語がここにあります。

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