この恋は、まぼろしじゃない。

 土地の安寧のため、人間が神様の贄になる。日本の昔話では時々あるお話ですが、贄に選ばれた人間と神様はどのように関係を結ぶのか? そこに焦点を当てたのがこちらの作品です。

 主人公の女性、明里はどこにでもいる平凡な村娘。彼女は恋人であった男性、千冬と死別して哀しみに暮れていました。そんな折、千冬と全く同じ姿形をした男性が明里の前に現れます。彼の名は『幻神』。村に宿る水の神様である彼は、明里を自分の贄とすることを決め、彼女の望む姿となって天界から下りてきたのでした。
 村の安寧のため、村の人間から幻神の贄、つまり伴侶になることを求められる明里ですが、千冬を想い続ける彼女はなかなか幻神を受け入れようとはしません。しかし、明里が贄にならなければ村はいずれ厄災に見舞われる。村を滅ぼしたくはないけれど、千冬のことも忘れたくはない。果たして明里の選択は……というのが物語の大枠です。

 この作品の素晴らしい点は、何よりも巧みな心理描写です。明里の喪失の哀しみ、自分本来を見てもらえない幻神の苦しみ、そうした心境が胸を打つ文体で描かれ、自然と登場人物に感情移入することができます。誰もが懸命に生きているだけなのに、どうしてか互いを傷つけてしまう。そんな交錯する心理模様が切なく、序盤はしっとりとした哀しみに包まれています。

 だけど哀しみは長くは続かず、中盤から少しずつ物語は明るくなっていきます。痛みを乗り越え、少しずつ歩み寄りを見せる明里と幻神。二人の関係が変化する中で、恋愛小説らしいあまーい描写も出てきます。中にはのろけとしか思えない描写も……。ドキドキ、じれじれ、胸キュンもたくさん味わえます。

 人間と神様という立場の違いもあり、最後まで二人の関係がどうなるかはわかりません。神様が相手の恋は「まぼろし」に終わってしまうのか、それとも。結末はぜひご自身の目でご覧になってみてください。神話好き、和風ファンタジー好き、恋愛好き、その他幅広い方にお勧めの一作です!

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