第一章②


んだ……」

 ミリアはカウンターの上で頭をかかえた。

 救いがあるとすれば、おくれであるエンディング後ではないこと、他の二人のフラグにはノータッチであること、そして前世に未練がないことか。

 もう転生してしまった後なのだから、これからもこの世界で生きていくしかない。

 それならば、前世のように、目立たず、でしゃばらず、出るくいにならず、引っ込んだ杭にもならず、その他大勢にまいぼつするような人生を歩みたい。

 ミリアのピンクブロンドとピンクの目は少々めずらしいが、決して美人というわけではない。客観的に見て平民なら上の下、貴族令嬢としては中の下くらいだろうか。

 しょせん一代限りの男爵の娘である。父親限りで爵位はなくなるし、家業と財産は弟が継ぐのだ。娘と結婚するほどのうまみはない。

 当然令嬢教育など受けているはずもなく、貴族としての振る舞いは最低限身につけた程度。パーティやお茶会をしゅさいするノウハウも、がおの仮面をりつけて社交界を泳ぎ渡る手練もない。

 自分でも悲しくなるが、ミリアには貴族の女性としてのりょくが全くなかった。

 平民としての魅力も……あるのかはさだかではない。何せ前世は独身だったのだ。

 こんな人間なのだから、今でこそもくを集めているが、どうにかして王太子の好感度を下げ、卒業さえしてしまえば、へいぼんな生活にもどれるはずだ。

「王子サマは、真実の愛を〜とでも言うんだろうけど」

 ため息混じりにつぶやく。

 実際、王太子は最後の婚約破棄イベントでそう言う。

 運命の人。たましいの片割れ。赤い糸。

 そんなものは存在しない。そうでなくとも好きになるし、幸せになれるだろう。

 十六歳の娘がさとるには悲しい現実ではあるが、それが真実だ。まあ、政略結婚が当たり前の貴族のご令嬢方の方が、その辺ずっとわかっているのかもしれない。

 何よりも重要なのは、真実の愛なんてものがあろうとなかろうと、ミリアは王太子のことをこれっぽっちもおもっていないことだった。

 フラグを回収しまくっておいて申し訳ないが、王太子は現状、ただのかんちがい男なのだ。一方通行のかたおもいを真実の愛とか言われても困る。

「だいたい、イケメンって苦手なんだよね……」

 落差が目立つから隣に並びたくない。じっと見つめられると、ときめくよりも先に、しょうくずれていないかとか、毛穴が開いていないかとかが気になってしまう。

 あえてけるほどではないが、あえて近づきたいとも思わない。どうせ好きになればれんあいフィルターが働いて、多少残念顔でも気にならなくなるのだ。

 ミリアにとって、イケメンというステータスは大した意味を持っていなかった。

 加えて、財力にも興味はない。今だってちょっとびんぼうしゃく家くらいの生活はできている。使用人もいるし、パーティに出るためのドレスもちゃんと用意できる。前世よりもよほどぜいたくに暮らしていた。

 権力なんてもっとどうでもいい。身に余る力を手に入れたところでめんどうなだけだ。本気で権力をしがっている日本人などどれほどいたのだろうか。

 それよりは、やさしいとか、価値観が合うとか、生活力がある方がよっぽど重要だ。

 考えれば考えるほど、そうほうのメリットはかいだった。

 いや、エドワードはミリアのことが好きなのだから、エドワードだけは幸せになれるのかもしれない。


 はぁ、と小さくため息をついた時、カランとドアベルが鳴った。

 入ってきたのは客ではなく、十二歳の弟、エルリックだった。ミリアと同じピンクブロンドのかみとピンク色の目を持つ少年だ。後ろに見習いと思われる子どもを連れていた。

「姉さん、店番代わるよ。父さんが呼んでる」

「父さんが?」

 理由には見当がついた。

「姉さん」

 エルリックが近づいてきて、ミリアの両手を取った。

「昨日は全然話せなかったけど、学園での生活はどうだった? 困っていることはない? 一年早く生まれていたら僕もいっしょに通えたのに……。帰ってきたばっかりで疲れてるのに、父さんはひどいよね。無理はしないでね。僕、心配だよ」

「大丈夫。昨日ぐっすりねむれたから」

「僕が代わってあげたい」

 エルリックはぎゅっとまゆを寄せ、うわづかいに見上げてくる。

 なんていい子なのだろうか。こんなにまっすぐ育ってくれてお姉ちゃんはうれしい。

 感激したミリアはエルリックをきしめた。

 これから大きくなってごつくなってはんこう期にクソババアと言われたって、ちゃんとわいがってあげよう、と決心する。

「ありがとう。お姉ちゃん、がんるよ」

「無理しないで」

 そっと背中にエルリックの手が回り、きゅっと力がこもった。

 髪の色はミリアと同じだが、ふわふわとしたくせ毛のミリアと違い、エルリックはさらさらストレートだ。

 そのかんしょくをすりすりと頰でたんのうしてから、エルリックから離れた。

「行ってくるよ」

「気をつけてね」

 手を振り合って店から出る。

「帰ってきたばっかりなのに、人使いあらくない?」

 店からはなれるなりいいお姉ちゃんの仮面をてて、ぶつくさ文句を言いながら、ミリアは父親のいる商会本部に向かった。

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