第一章④


 父親とこの半年間のことを話していると、馬車の速度がじょじょに落ちていき、やがて止まった。何かあったのだろうか。

 馬車の前方を守っていた護衛が窓に寄ってくる。

だん様、カリアードはくしゃく家の馬車です」

「そうか。離れなさい」

「かしこまりました」

 かいどうで貴族の馬車とすれ違う時は、目下の者がわきに止めて待つのがれいだ。

 その際、護衛を馬車から遠ざける。近くに置いていては相手をけいかいしていることになり、無礼にあたるからだ。

 よりによって王太子の側近であるアルフォンスの家の馬車だった。どうせ上級の使用人がお使いにでも使っているのだろうが、何となくいやな気持ちになる。

 さっさとすれ違ってくれ、と願った。

 しかし、ミリアの乗っている馬車はなかなか動こうとしない。

 代わりに、とびらがノックされた。

 フィンが内側から扉を開けると、向こうの護衛と思われる男が立っていた。

「お急ぎのところ失礼いたします。主人が、スタインきょうとお話ししたいと申しております」

「宰相補佐が? 何用だろうか」

 おどろくミリアを置いて、フィンはさっさと馬車を降りてしまった。

 まさか伯爵本人が乗っているとは。しかも、こんな移動の途中でフィンと話がしたいだなんて、よほどの用事なのだろうか。

 ほどなくして、再度ノックの音がした。

 ミリアが返事をすると、扉は外から開けられた。

「失礼します」

 現れた姿を見て、ミリアは悲鳴を上げそうになった。

 銀色の髪と緑色の目を持つ整った顔立ち──。

「アルフォンス様!?」

 どうしてこんな所にいるの!?

 実家がフォーレンのミリアとは違い、カリアード家は王都にほんていがある。なのに冬休み開始早々に王都を離れているとは。

 アルフォンスは馬車に乗り込み、フィンの席に座った。

「父に追い出されました」

 だからこの馬車で話が終わるのを待つということらしい。さすがに勝手に他人の馬車に上がり込みはしないだろうから、フィンが申し出たのだろう。

 まさかきゅうちゅうに学園の外で王太子の側近と会うなんて。

 あまりに驚きすぎて心臓がどきどきしている。ひざの上に置いた手に力がこもった。

 アルフォンスはこんのベストとジャケットに、のうこんのマントをまとっていた。そのかたにはくくった髪がさらりと落ちていて、紺色に銀色がえていた。

 家業で目が肥えているミリアにはわかる。も、しゅうも、仕立ても一級品。学園で身につけているものとはうんでいだ。

 このせんしょく、全然ムラがない。目もしっかり詰まっていて均等。どこの職人が手がけた生地なんだろう。ああ、さわればわかるかもしれないのに。

 仕立てはカリアード伯爵家ようたしの店なんだろうけど、これ刺繡入りすぎじゃない? お針子さんたちは絶対大変だったよね。でも生地と同じ色だから全然うるさくない。デフォルメされたもんがさり気なくしょうに取り込まれているのもてき

 ふと視線を上げると、げんな視線が返ってきた。

 じろじろと見すぎてしまった。令嬢に相応ふさわしくないこうだ。というか人として失礼だ。

「失礼しました」

 ミリアは姿勢を正した。

「アルフォンス様、ごきげんよう」

「こんばんは、ミリア嬢」

 せいいっぱいの笑顔でしたミリアのあいさつに、アルフォンスは無表情で応えた。

「アルフォンス様はどうして、ここに?」

「リリエント・ミールを送ってきました」

 わざわざ領地まで送るなんて。

 リリエントはアルフォンスの婚約者だ。だんの様子からは婚約者を大事にするような男には見えないのだが、れ聞こえてくるうわさの通り、意外と大切にしているらしい。

 カリアード伯爵様が一緒だったってことは、途中で二人のこんれいの相談でもしたのかな。父さんとの話がけっこんしき関連だったらいいのに。伯爵家のちゃくなんこうしゃく家の娘の挙式なら、すっごいお金が動くよね。

 父親のほくほく顔を想像し、きんちょうが少しゆるんだ。

「お帰りが早いですね」

「父の仕事がありますから」

 ちらりとさぐるような目で見られた。ミール侯爵のていたくと王都のきょを知っているのか、とでも言わんばかりだった。

 馬鹿にしているのか。ミリアは商人の娘だ。各領と主要な都市の位置と距離、その特産品くらい頭に入っている。いっぱん教養としても家庭教師に習ったし、学園の筆記試験で上位に入っていることは、アルフォンスだって知っているはずなのに。

「一ぱくですか?」

「日帰りです」

「それは大変でしたね。アルフォンス様だけでもたいざいしたらよかったのでは?」

「私も、色々とやることがありますから」

 アルフォンスが不機嫌そうに眉を寄せた。ミリアとは違うのだ、と言いたげだった。

 私だって遊んでたわけじゃないのに。

 養護施設に行くのは仕事のいっかんだ。どうせ暇なのだろうという態度に、なんだか腹が立った。

 ミリアはむっとしてだまり、窓の外へと視線を移した。

 ちんもくが流れる。

 会話のないせまい空間はひどくごこが悪かった。

 早く帰りたい……。

 ミリアはただ時が過ぎるのを待った。

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