第一章⑤


 いい商談がまとまった、とじょうげんで戻ってきたフィンと共にフォーレンに帰ってきたミリアは、服のままベッドにたおれ込んだ。どっと疲れた。

 せめて服はえなければ、とのろのろと起き上がる。

 とんの中にすべり込んだミリアは、今後のことを考えた。

 どうにかしてエドワード様の好感度を下げなくちゃ。

 方法は色々と思いつきはするが、不敬にならず、自分のめいを傷つけず、実家にもめいわくをかけないとなると、案外難しかった。


 その後、特に大きな事件もなく、家業をほどほどに手伝い、家族との親交を温め、時々見習い前の子どもたちの先生をやったりしながら、ミリアの最後の冬期休暇は終わった。

 結局良案はかばず、とりあえず王太子には近づかないことに決めた。

 距離を置きたがっている態度をとっていれば、きっとわかってくれるだろう。


       ◆◇◆


 再開した学園で、ミリアはこれまでの二年半同様、ひとりぼっちで過ごしていた。

 周囲の貴族たちには平民上がりの男爵令嬢と付き合う旨みはなく、ミリアの方も貴族とのつながりは面倒なだけだと思っていたので、自然とこうなった。

 今も昼食をとりに一人でカフェテリアに来ている。

 晴れの日には窓から日光が入ってきて気持ちがいい。大きなガラスを贅沢に使っているところが、さすが貴族の子女が通う学園だ。これだけでいくらかかったんだろう、と最初に思ってしまったのは商人の娘のさがだった。

 学園にはよりごうな内装の個室もあり、特に家格の高い令息や令嬢はそちらを利用するけいこうにある。

 ミリアもエドワードにさそわれて個室を利用したことがあったが、かたくるしくて料理をゆっくりと味わうことができなかった。カフェテリアの方が気楽だ。

 ミリアはトレイをカウンターで受け取り、まどぎわの六人がけテーブルの角に座った。

 アラカルトにするとつい好物ばかり食べてしまうので、ミリアはわりランチセットを選ぶようにしていた。王都内で作られたしんせんなサラダが食べられるのが気に入っている。

 この世界では栄養学はまだ発達しておらず、こうりょされていない。しかしセットメニューというものは、ある程度バランスよく組まれているものだ。肉料理と肉料理と肉料理を組み合わせることはあり得ない。ミリアにとってはそれで十分だった。

 昼休みは食後のお茶の時間もふくまれていて結構長い。二日前まで実家でいっぱい働かされていたミリアは、ゆっくりと味わって食べられるのが嬉しかった。

 膝の上で手を合わせ、小さく「いただきます」と呟いてから食べ始めた。

 学園専属の料理人は今日もいい仕事をしている。

 程よく酸味のあるドレッシングがかかったシャキシャキとした野菜を堪能する。

 美味おいしいご飯が食べられて、ミリアは大変ご機嫌だった。

 そこに声がかかる。

「同席してもいいだろうか」

 顔を上げればエドワードだった。

 いいとは言っていないのに、エドワードは勝手に向かいの席に座った。その隣にはアルフォンス、ミリアの隣にはジョセフが座る。断られるなどとは思ってもいないのだろう。

 すかさず寄ってきたきゅうに、三人はミリアと同じものをたのんだ。

 ミリアは食事の手を止めなかった。王太子の前だろうが知ったこっちゃない。食事にり込んできたのは向こうなのだ。

 エドワードはテーブルにひじをつき、組んだ手の上にあごを置いて楽しそうにミリアを見ていた。

「ミリア嬢はいつもそうに食べるな」

 金色の髪が陽光に照らされてきらきらと光っている。同じく金色のまつげはエクステでもしているのではないかと思うほどに長く、頰にかげを落としていた。形のよい眉はやや下がっていて、優しい印象を受ける。イケメンに興味がないミリアですら見入ってしまうくらいれいだった。

 その顔には、ほほみよりも深い心底嬉しそうな笑みが浮かんでいて、それが自分に向けられているという事実には、ぐっとくるものがあった。自分に好意を持っているのだとわかっているのだから、なおさらだ。

 だが、それとこいに落ちるかは別である。

 エドワードは、第二王子であることと母親が側室であることを悪く言われてきたのもあって、身分を絶対視していない。立場をかさに着てえらぶることもしない。でなければ男爵令嬢であるミリアに話しかけることもなかっただろう。

 王太子に相応しくあるよう努力をしているのも知っている。学力もけんじゅつも申し分ない。

 せいしゃとしてはやや素直すぎるきらいはあるが、冷静ちんちゃくなアルフォンスがそばにいればくやっていくと思う。

 友人としてなら──王太子様に対しておそおおいんだけど──割と好きなんだよね。

 しかし、ミリアがいくら友人だと思っていても、周囲はそう思ってはくれない。

 今日だけで何本視線が刺さったのだろう。体に穴が開きそうだ。

 居心地が悪くて沈黙を保っていられず、何か話そうと話題を探す。

 すると、先にエドワードが口を開いた。

「これからはカフェテリアで食べることにした」

「これからずっと? 卒業までですか?」

 エドワードはたまにカフェテリアで見かけることもあったが、たいていは個室を使っていたはずだ。男三人で食べることが多く、ローズたちと一緒のこともあるようだった。

「卒業する前にみなとの親交を深めようと思ってな。特にこうはいたちとはほとんど関わりがなかったから」

 乙女ゲームのヒロインとしては「それはいい考えですね。私もエドワード様が来て下さると嬉しいです!」と言うべきだし、友人としてお昼をご一緒するのはやぶさかではない。

 が、それではだ。

「そうですか」

 ミリアは興味がなさそうに言った。

 エドワードの表情がくもったが、ちょうど三人の料理が運ばれてきて、その話は終わった。

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