第二章②


 それから何日かたった後の昼休み、ろうを一人で歩いていたミリアは、エドワードに呼び止められた。アルフォンスとジョセフも一緒だ。

「本日茶会を開こうと思うが、どうだ?」

「申し訳ないですけど──」

 これ以上エドワードに関わるものかと思っていたミリアは、そくに断ろうとした。

 王太子殿でんからのおさそいではあるが、エドワードはいはしない。これまでもミリアは気乗りがしない時は断っていた。

「いいのか? 季節限定の新作ケーキを手に入れたぞ?」

「まさか……!」

 息を飲んだミリアに告げられたのは、通常時でも朝から並ばないと買えない、ちょう人気店の名前だった。しかもそこの限定品である。

 ああ、そんな。

 ミリアは甘い物に目がない。

 めっに王都に出ないミリアは、ケーキの新作が出た、シュークリームのレシピが変わった、パティシエがせきしたらしい、他国産の果物を使ったフェアをしている、といった令嬢たちの会話を聞くたびに、行きたい気持ちをまんしていた。

 別に行けばいいのだが、誘う相手がいないし、家から護衛を呼ぶのも大げさすぎる。

 これまでまれにエドワードのお茶会の誘いを受けてきたのは、実はデザートが目的だったりしていた。要はづけされていたのだ。

 とはいえ、いくら甘い物好きでも、ここでゆうわくに負けるほど馬鹿ではない。

 断腸の思いで断ろうとしたところで、エドワードの後ろにいる側近二人に目を止めた。

 そうだ!

「やっぱり行きます!」

「そうか。では放課後に」

 しょうだくしたミリアに、エドワードがまぶしいほどの笑顔を見せた。


 お茶会の会場は、学園のしき内にある庭園の一つ、水の庭園だった。その名の通り、四基あるふんすいが美しい庭である。

 エドワードは庭園を丸ごと貸し切り、中央のテーブルに準備をさせていた。

 季節は春。若葉の青々しい香りと、花々の甘い香り、そして水のせいりょうな香りがした。

 四人がこしを下ろすのを合図に、使用人がのないきびきびとした、かつゆうでもある動きでティーセットを用意していく。

 目の前に音もなく置かれた皿の上には、小さなイチゴが複数乗ったショートケーキ。

 ミリアは期待に目をかがやかせ、カップに口をつけるよりも先にフォークに手をばした。

 美味おいしい。超美味しい!

 甘いクリームにイチゴの酸味が合わさって、ぜつみょうなハーモニーをかなでていた。スポンジは甘くてふわふわでしっとりしていて、文句のつけようがない。

 幸せだ。

 顔が自然とほころんでいく。

 うでまくりをする勢いで二口目に取りかかろうとした時、ふと視線を感じて顔を上げると、アルフォンスから冷たい視線が向けられていた。ミリアの食べ方が気に入らないのだ。

 ミリアは最低限のマナーはわきまえているが、それではアルフォンスにとっては不足らしく、何かにつけて不満そうな顔を見せていた。先日の図書館でのことに限らず、令嬢らしくない、というお言葉は何度もちょうだいしている。

 だが、この場で一番上の立場のエドワードは文句を言ってこない。それどころか、エドワードは今も──残念なことに──笑顔でミリアを見ている。

 どうせこの人たちとは生きる世界が違うんだから、とミリアは開き直っていた。

 アルフォンスの視線を受け流しつつケーキをたんのうしていると、エドワードの使用人の一人がやってきた。

 彼がエドワードに耳打ちをすると、エドワードはうんざりとした顔で立ち上がる。

「少し席を外す」

 使用人を従えたエドワードが見えなくなると、ミリアは顔をめた。

 よしっ。

 エドワードは、お茶会でこうしてたまに短い時間いなくなる。何度か参加する必要があるかと思っていたが、運よく初回でチャンスがめぐってきた。

「アルフォンス様とジョセフ様は、最近のエドワード様の行動を、どう思いますか?」

 エドワードがいなくなったのを確認して、ミリアはさっそく切り出した。

 これを聞くためにエドワードの誘いを受けたのだ。二人が自分の味方なのか確かめたかった。三人だけになれるのはこの場しかない。

「あー……やっぱミリアも気づいてる?」

 しょうしたジョセフが両手を頭の後ろに持っていき、の背にもたれた。即座にアルフォンスがぎょうの悪さをとがめたが、ジョセフは無視した。

 ミリアはあいまいに笑った。冬季きゅう前は全く気づいていなかったが、今はエドワードの好感度がマックスであることを知っている。

「ミリアには災難だけどさ、もう少し付き合ってやってよ。エドのはつこいなんだ。さすがにこんやく者にとまでは言い出さないだろうからさ」

「……言い出すんですよ、このままじゃ」

 ミリアは二人には聞こえない音量でぼそりとつぶやいた。全てを打ち明けてこの二人に協力してもらえたら、どれほど心強いことか。

「ま、俺はミリアがおうになってもいいと思うけどね」

「何を馬鹿なことを」

 にやりと笑ったジョセフの言葉を、アルフォンスがいっしゅうする。

「最近の殿下の行動は一時の気の迷いです。ミリアじょうも変な気を起こさないように」

 言い聞かせるような口調だった。

「わかっています」

「王太子妃はローズ嬢をおいて他にいません」

「もちろんです」

 ミリアは強く首を縦に振った。

「殿下へはこちらからも強く言っておきます」

「よろしくお願いします」

「まあまあ、そんなに深刻にならなくても、そのうち収まるって」

 のほほんとジョセフが言ったところでエドワードが戻ってきて、密談はしゅうりょうした。

 わずかな時間だったが、二人の考えを聞くことができた。

 アルフォンスは今のエドワードの態度をよく思っていない。

 一方、ジョセフはそれほど問題に感じていないようだ。それどころか逆におもしろがっているようですらある。下手に協力を持ちかけると混ぜっ返されるおそれがある。

 ミリアの味方になってくれるとしたら、アルフォンスの方だ。

 側近二人の考えをさぐるというお茶会の目的は達成した。

 ケーキを口に運ぶところをエドワードにとろけるような顔で見られているのを感じ、これからの誘いは全て断ろう、とミリアは心に決めた。

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