第二章⑧


 翌朝、また薔薇が届いた。今度はオレンジ色だった。

 そして、二日連続の雨だった。

 寮の前にはかさをさしたエドワードが待っていて、傘をさした令嬢たちに囲まれていた。

 エドワードはミリアを自分の傘に入れようとしたが、れたくないと強く主張して難をのがれた。

 濡らしはしないと言われても、ミリアをかばってエドワードが濡れるのはもっと困る。王太子様にでも引かれたら一大事だ。

 移動中にまた食事に誘われた。断ってもどうせ来るんだろうと思い、承諾した。

 これで午前中は静かになるというもくもあったのだが、結局エドワードはきゅうけいごとに何だかんだとミリアの所へやってきた。よっぽど暇なのだろう。そうに違いない。

 昼にカフェテリアへ移動している途中、アルフォンスが個室を提案してきた。

「人目を気にしているのでしたら、個室にしたらいかがですか?」

「そうだな。それがいい。そうしよう」

 自分は全く気にしていないくせに、エドワードがもっともらしく同意する。

「アルフォンス様とジョセフ様も一緒ですか?」

「もちろん」

「私、カフェテリアのわりランチセットが食べたいんですけど」

「用意させよう」

「それなら個室でもいいです」

 ミリアはしぶしぶりょうしょうした。


 意外にも、個室での昼食は快適だった。

 日替わりランチならいつも通りに気楽に食べられる。三人とも同じセットにしてくれたのできゅうも必要なく、引っ込んでもらえた。水ぐらい自分で注ぐ。

 誰の目もない環境のなんとらしいことよ。

 カフェテリアでのぼっち飯も庭園でのぼっち飯もごこがいいが、個室も悪くない。

 ぱくりと川魚のフリッターを口に入れる。今日もご飯が美味しくて幸せだ。

「エドワード様、昨日の放課後と今朝のお花、ありがとうございました」

「気に入ってくれたのだな」

 気に入りはした。部屋がはなやかなのはいい。薔薇の香りもここよかった。

「ですが、もうやめてもらえませんか?」

「なぜだ?」

「贈られても困ります。お返しもできません」

「返礼など気にするな。喜んでくれるならそれでいい」

 気にするなと言われても、下心が丸見えだ。エドワードは本気でミリアを落としにかかっている。図書館の事件がきっかけになったのだと思われた。

 こんなシナリオ、ゲームにはなかった。びょうしゃされていなかっただけかもしれないが、もしかしたら、ミリアがエドワードのことを好きではないからなのかもしれなかった。いわゆるシナリオ補正というやつだ。

「ローズ様に悪いです」

「ローズのことは気にしなくていい」

「そんなわけにはいきません。エドワード様の婚約者ですよ?」

「本当にローズのことは気にしなくていい。私がミリア嬢に贈りたいのだ。これからも受け取ってはくれないか?」

 エドワードが泣きそうな顔をした。

「そういうわけにはいきません」

「そうか……」

 応じてくれてほっとしたのもつかの間、エドワードはナイフとフォークを置いてミリアのそばまで来ると、床にかたひざをついた。

「エドワード様!?」

「殿下!」

 ミリアの悲鳴に続き、アルフォンスも声を上げた。

 エドワードがふところから小さな箱を取り出す。表面はこんのベルベット。いかにもな箱だ。

「花がだというのなら、代わりにこれを受け取って欲しい」

 ぱかりと開いたその中には、イヤリングが一対入っていた。

 パーティでつけるような大げさなものではなく、小さなピンク色の石が一つついているだけの非常にシンプルなイヤリングだった。

「殿下……」

 アルフォンスがあきれていた。絶対に受け取るなとミリアに視線をす。

 その心配は無用だ。アクセサリーなどもらえるわけがない。花よりもたちが悪い。

 何よりミリアは知っていた。

 わいらしい小さなその石は、ピンクダイヤモンドである。つうのダイヤよりずっと希少で高価な宝石いしだ。

 こんな高いもの、受け取れるわけないじゃない。

「頂けません」

「気軽に使ってくれたらいい」

 気軽になんて使えるか。ぽろりと落としでもしたらどうする。

「無理です」

「ただ受け取ってくれるだけでもいいのだ」

「困ります」

「ミリア嬢」

 駄目だ。らちがあかない。

 私の気持ちをはっきり伝えるべきなの?

 でも、告白もされていないのに、何て言えばいいんだろう。ゲームになかったから、どう反応するのが正しいのかわからない。逆効果になるかもしれないし……。

「……わかりました。代わりにというなら、お花を受け取ります。でも薔薇はやめて下さい。出窓に置けるくらいの可愛い小さなものが好みです」

「わかった」

 両方受け取ってもらうつもりだったに違いないエドワードは、残念そうな顔でぱたんと箱を閉じ、席へと戻った。

 何もなかったような顔をして食事を再開するエドワードに、アルフォンスが厳しい目を向けていた。後で小言を言うのだろう。しっかりと言い聞かせてやって欲しい。


 エドワードから贈られる花が、希望通り小さなブーケに変わった。朝はミリアが寮を出る前に使用人が飾りに来て、夕方はミリアが寮へ帰ってくる時にはもう飾ってある。

 茶会に来ないから、とエドワードの毎朝のおむかえが日課になった。

 庭園で一緒に昼食をとるのを断ったら、雨の日は個室で昼食を食べることになった。

 休み時間に講義室にいないようにしていたら、となりに座るようになった。

「どんどん状況が悪くなってく……」

 ミリアが逃げようとすると、エドワードはますますきょめてくる。

 身動きがとれないまま、焦りだけがつのっていった。




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