第二章⑦


 やっとの思いで講義室にたどり着き、ミリアはすみの席へとさっさと向かった。エドワードの定位置、中央前方の席とは十分に離れている安全地帯だ。

 だが、エドワードはミリアを席まで追いかけてきた。

「昼には雨が降る。だからカフェテリアで共に食事をとろう」

 確かに今日の天気は悪かった。先ほどの空の様子は、今にも降り出しそうなほどだった。昼までとうていもちそうもない。

 エドワードは、以前宣言した通り、食事の場所をカフェテリアに移していた。

 一方のミリアは、あの「エドワードこうに口づけ事件」以降、晴れの日は庭園で食べ、雨の日は昼食の時間をずらしてエドワードを避けていた。

 今日もそうするつもりだったのに、まさかエドワードに正面切って誘われてしまうとは。

 しかしそれはミリアにとっては幸いである。ごういんに席に座られるより断りやすい。

「ごえんりょします」

 ミリアは一言で断った。

 むぅ、とエドワードが口をとがらせた。

 王太子様、人前でその顔は王族としてどうかと思いますよ。


 昼休み、なぜかミリアの向かいの席にはエドワードが座っていた。その横に並ぶようにしてアルフォンスとジョセフも着席している。

 三人はミリアについてきたのだ。

 しかもエドワードはミリアと共にカウンターに並び、自らトレイを運んだどころか、ミリアのトレイまで持つ始末だった。

「エドワード殿下、わたくしは先ほど、殿下のお誘いをお断りしたのですけれど?」

 わざと他のご令嬢をして丁寧に言う。

「そうだったか?」

 エドワードは笑顔ですっとぼけた。

「殿下、はっきりと申し上げます。こういったことは困ります。わたくしのことはお気になさらず、どうぞ他の方々との親交を深めて下さいませ」

「料理が冷めてしまう。食べようか」

 聞けよ。

 エドワードの見事なスルーに、本音が顔に出た。さすがに声には出さなかったが、半眼になった所を見られたのか、ジョセフがぷっとき出した。

 どうにかして下さいよ、とアルフォンスを見るが、無言で首を振られただけだった。止めはしたということなのだろう。

 エドワードは気品あふれる仕草で優雅に食事を始めた。アルフォンスとジョセフも続く。

 ミリアは、個室に引っ張り込まれなかっただけいいよね、とか、二人きりじゃないだけましだよね、とポジティブ思考に切り替えて、食事を楽しむことにした。

 周囲の反応はシャットアウト。食事に集中する。

 エドワードが振ってくる話に適当に受け答えしつつ、ミリアは存分にランチを味わった。

 全員が食べ終えたあたりで、エドワードがかいちゅうけいを見て席を立った。

「……そろそろ行く」

「え?」

 早くない? 食べた後もだらだらとすわるつもりだと思ってたのに。

 思わず驚きの声を上げてしまったミリアに、エドワードが嬉しそうな顔をした。

「なんだ? いて欲しいのか?」

「そんなことは全くありません」

「そうか。ではまた午後に」

 ミリアが心のままにはっきりと否定すると、苦笑いをしたエドワードが軽く手を上げて立ち去った。


 午後は休み時間のたびにエドワードが近づいてきた。

 そのまま放課後も付き合わされるものだと思っていたのだが、お茶会の誘いはなかった。

 拍子抜けして図書館で本を読んでいると、おくれてアルフォンスがやってきた。

「殿下の対応でお疲れとは思いますが……」

「エドワード様には困らされていますが、アルフォンス様のお手伝いは大丈夫ですよ」

「疲れたらおっしゃって下さい」

「わかりました」

 申し訳なさそうにしているアルフォンスから書類を受け取った。

 普段は無表情で塩対応なのに、仕事の時だけは色々と気遣ってくれる。手伝ってもらっているという負い目なのだろうか。

 その他にも、ミリアの指摘に感心する顔や、知らないことを少し悔しがっている様子、仕事を終えた時にほっと息をつくところなどを見せる。

 いつもと違うアルフォンスが見られるこの時間を、ミリアは割と気に入っていた。

 ミリアが仕事をきっちりとやりげ、夜に自室に帰ってみると、部屋には新しい薔薇の花とメッセージカードが届いていた。朝とは違う花瓶に生けられたピンク色の薔薇は、もちろんエドワードからだった。

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