乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい

乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい/ビーズログ文庫

序章 乙女ゲームの世界に転生しました

 きらきらと光を放つシャンデリア。細かなちょうこくほどこされた柱。ぴかぴかにみがかれた大理石のゆか。色とりどりのあざやかなドレス。複雑にげたかみ。首元には宝石のきらめくくびかざり。ゆうにエスコートするのは、い色のフロックコートたち。

 最初はあまりのごうさにめまいがしたダンスパーティも、回を重ねればそれなりに慣れる。入学パーティから数えればもう六回目だ。

 周りよりもいくぶん地味なドレスを着て、ミリア・スタインは、パーティ開始を前に、すでにかべの花となっていた。

 同じ学年の生徒は近くにいるが、話しかけることも話しかけられることもない。残りの半年もきっとこのままだろう。

 独りの方が気楽だからいいけど。

 早く実家に帰りたいとミリアが思っていると、一組の男女が中央に移動したのが見えた。

 金色の髪をしている男性の方は、ローレンツ王国の第二王子にして王太子のエドワード・ローレンツ。

 明るい緑色の目をこんやく者に向けている。濃い緑色のフロックコートには細かな金色のしゅうが入っていて、王族のげんを示していた。目元のほくろがみょうに色っぽい。

 その手を取るのは婚約者のローズ・ハロルド。

 財務大臣であるハロルドこうしゃくれいじょうで、名前の通りのような美しさを持つきんぱつへきがんの少女だ。顔立ちはじゃっかんきついが、エドワードのひとみの色に合わせたあわい緑色のふわふわとしたドレスを着ていると、そのふんやわらかくなる。

 そうめいで気品あふれる彼女は、王太子の婚約者として、そして未来の国母として申し分なかった。

 曲調が変わり、パーティ開始の合図となる二人のダンスが始まる。

 両者はたがいに見つめ合い、お手本のようなれいなステップをんだ。その美しさに、会場のあちらこちらでため息がれた。

「本当にお似合いね」

 ミリアは二人に目をうばわれながらぽつりとつぶやいた。あのエドワードのとなりに立てるのは、ローズをおいて他にはいないだろう。

 一曲目が終わると、二人はそのまま二曲目も続けておどった。

 そこに、婚約者のいる生徒たちやその場でダンスを申し込まれたペアが加わる。

 ミリアはだれからもさそわれることもなく、壁の前にたたずんでいた。なおも視線は王太子ペアへと向いている。

 ターンのちゅうで、エドワードがちらりとミリアを見て、目が合った。

 ミリアは驚いて目をそらす。

 曲が終わると、踊り終わったペアたちはあいさつをしてはなれ、次のパートナーを探しに行く。

 しかしエドワードは、その挨拶もそこそこに、ミリアの方へと体を向けた。

 王太子に向かって優雅に礼をするローズと、体ごと明後日あさっての方向に向いている王太子。

 そのちぐはぐさに、かんを覚えた。

 ──私、この場面、知ってる。

 そう思ったたんおくがあふれてきた。

 おとゲーム。こうりゃく。王太子。仕事。家族。

 視界にはエドワードが歩いてくるのが映っているのに、のうにはめまぐるしく記憶がめぐっていく。そうとうとはこういうものなのかもしれない。

「ミリアじょう、どうかしたのか?」

「いえ……なんでもありません」

 心配そうにまゆを寄せるエドワードに、たどたどしく答える。

 そこへ、さいしょう補佐であるカリアードはくしゃくの子息、アルフォンス・カリアードと、この団団長であるユーフェン伯爵の子息、ジョセフ・ユーフェンが加わった。

「顔色が悪いですよ」

 アルフォンスは無表情で冷たく言った。つやめく銀色の長い髪を後ろでくくっている。切れ長の目は深い緑色で、中性的な顔立ちなのにやさしさの欠片かけらもなく、おこっているようにさえ見えた。

「救護室へ行くか?」

 一方、くろかみたんぱつのジョセフは感情を表に出していた。いつもの軽々しい態度はどこへやら、心底心配そうな顔をしている。きたえられた肉体で、今にもミリアをき上げ運びそうな勢いだ。

「いえ、アルフォンス様、ジョセフ様、本当にだいじょうですから」

 しどろもどろになっていることを自覚しながらも、ミリアは記憶のほんりゅうをなんとかやり過ごそうと努力した。

「今日こそミリア嬢にダンスの誘いを受けてもらうつもりだったのだが。その様子では誘うわけにもいかないか」

 エドワードが首をりながら残念そうに言った。

「申し訳ありません、エドワード様」

 言いながら、ミリアは周りに視線を走らせる。

 学園の頂点に君臨し、ひいては次期国王となるお方とその側近二人に囲まれ、ミリアは注目を浴びていた。それも冷たい視線だ。ビシバシと体中にさってくる。

 どうしてこの中で平気でいられたのだろう。

 今までの自分のどんかんさが信じられない、とミリアは軽く目をつぶった。

 このままではいけない。この三人、特にエドワードとはこれ以上関わってはいけない。

 なぜなら、ここは乙女ゲームの世界で、ミリアはそのヒロインだから。

 しかも、王太子の攻略ルートばくしん中。

 王太子ルートでは、半年後の卒業パーティで悪役令嬢であるローズが婚約わたされ、ヒロインが婚約者となる。

 王太子の婚約者? 王太子? 王妃?

 そんなめんどうかたきはいらない。

 このままゲーム通りに事が進んでしまえば、待っているのはごくの王妃教育。権力争いに巻き込まれるかもしれないし、国王となった夫が悪政をけば、最悪革命もあり得る。

 ミリアはりょううでで自分を抱きしめ、ぶるりとふるえた。


「本当に大丈夫か?」

「……エドワード様、やはり少し気分がすぐれないので、これで失礼します」

 具合が悪いとは思えないばやさで、ミリアはその場を後にした。

 絶対にエドワードとローズの婚約破棄をするとちかいながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る