第一章 状況は最悪です

第一章①

 冬休み初日の夜に実家に帰ってきたミリアは、翌日、家業の店の一つで店番をしていた。使える物はねこの手も使え、とばかりに朝一で割り当てられたのだ。

 つかれているだろうから、と一番ひまな店にしてもらえただけありがたいと思うしかない。

 奥まった所にあるこの店は新人教育用のてんで、客はめっに来ない。たいてい表通りの専門店に行くからだ。すいきょうな客がたまにぽつりぽつりとおとずれるだけだった。

「なんでこんなことになったんだろう」

 客がいないのをいいことに、ミリアはカウンターにほおづえをついて物思いにふけっていた。

 日本人。三十一歳。女性。

 そこそこのぎょうに勤め、ひらではないくらいには経験を積み、はんぼう期は終電で帰り、そうでなければ定時で帰れる日もあり、帰宅後はドラマやアニメを見てぐだぐだし、週末は家事とまんや小説を読んで過ごし、時々友人と飲んだり映画を観に行ったり。

 若干引きこもり気味ではありつつも、ごくごくつうの生活を送っていたように思う。

 それが何の因果か、おとゲームの世界にヒロインとして転生してしまった。

 死んだ時のおくはない。

 そのため、生まれ変わったのだという実感はないのだが、今世の幼いころの記憶はしっかりとある。ならば途中からこの体を乗っ取ってしまった、ということもないだろう。

 それに、明らかに前世の自分ががれていると思う所があった。

 独りの方が気楽だとか、引きこもっている方が好きだとか、料理が苦手だとか、読書が好きだとか、身分制度へのていこうだとか、けっこんに夢を持っていないだとか。

 そして何よりも、前世でプレイした乙女ゲームの記憶のえいきょうにょじつに現れていた。

 前世のミリアは乙女ゲームに親しんでいたわけではない。

 悪役令嬢もののライトノベルは数多く読んでいたが、乙女ゲームを実際にプレイしたのは、この世界がたいの『白を君へ』が最初で最後だ。

 悪役れいじょう小説の舞台となる乙女ゲームとは、実際どういうものなのだろう、と興味を持ったところ、くわしい友人が貸してくれたのである。

 彼女は自分のコレクションの中から、初心者向けの、難易度の低いものを選んでくれた。

 かくれキャラを除けば攻略対象が三人しかおらず、お手軽だと言う。

 さらに「ヒロインも攻略対象も死なないから安心して」と言われた。中にはストーカー化した攻略対象に滅多しにされるバッドエンドが存在する作品もあるらしい。

 乙女ゲーム『白薔薇を君へ』はよくある貴族の学園ものだ。

 ヒロインはなりきん商人のむすめで、きっすいの平民だったが、父親が国へのこうけんを認められてだんしゃくの一代しゃくを得たことから、貴族の令嬢として学園に入学することになる。

 攻略対象は、王太子、さいしょう補佐のむすこの団団長の息子の三人。

 王太子ルートは王道中の王道だ。

 ヒロインの貴族らしからぬなおで快活ないに興味を持った王太子は、お茶会などを通してヒロインと交流を深めていくうちに、第二王子である自分が、病弱な第一王子に代わり王太子になってしまったことになやんでいる、と打ち明ける。そのトラウマをヒロインが解消し、王太子はヒロインのことを好きになる。ヒロインはしっした悪役令嬢に階段からとされてしまうが、せき的に無傷で済む。王太子はそれを理由に、卒業パーティで悪役令嬢とのこんやくを宣言し、ヒロインにプロポーズする。

 この王太子ルートがちょう簡単だと言われたので、まずは王太子攻略を目標にプレイした。

 ……のだが、自力で攻略することがどうしてもできず、結局攻略サイトにたよった。どうせなら、と三人の攻略対象全員の好感度を上げ、卒業パーティで三人に告白された後に結ばれる相手を選べる、逆ハーレムルートをクリアした。

 その後は隠しキャラも攻略できるようになるのだが、逆ハールート攻略で満足したため、「乙女ゲームは向いていなかった」というコメントと共に、さっさと友人にへんきゃくした。

 その記憶は──自覚していないながらも──ミリアに受け継がれていたのだろう。

 学園で過ごした二年半、王太子ルートの全てのイベントを、攻略情報通りのかんぺきな対応でこなしてしまった。ゲームの中であれば好感度マックス状態だ。

 というか、残りの半年のイベントは、階段から突き落とされるのと、卒業パーティくらいしかない。多少ミスってエドワードの好感度を下げても、婚約破棄ハッピーエンドはるがない所まできている。

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