第一章⑧


 ローズたちから十分に離れた所で、ミリアは立ち止まって壁に片手を当て、大きく息をついた。周りの視線などとうに気にならなくなっている。

 今、悪役って言ったよね? 悪役って、悪役令嬢のこと?

 まさか──。

 ミリアははっとした。

 ローズ様も転生者なんじゃ!?

 それでこれは、乙女ゲームなんじゃなくて、それを舞台にした悪役令嬢ものってことはない? 私じゃなくて、ローズ様が主人公なんじゃないの?

 嫌な考えがどんどんふくらんでいく。

 悪役令嬢ものの中には、ヒロインが当て馬となって、悪役令嬢と王太子の愛を深める結果となる作品もあるにはある。しかし、たいていはゲーム通りに、悪役令嬢は婚約破棄される。

 婚約破棄された悪役令嬢が、その後ただ幸せになっていくパターンなら別にいい。好きにしてくれればいいのだ。

 その時、自分勝手に婚約破棄しようとした王太子のえを食らい、ヒロインが一緒に平民に落ちるシナリオもまあ許容できる。どうせミリアは元は平民だ。

 しかし、ヒロインがなんらかの事件を起こし、その結果しょけいされるパターンもある。婚約破棄イベントで反撃ざまぁされたあげに処刑だなんてじょうだんではない。

 もちろん今のミリアに犯罪を行う気など全くない。だが、物語には、シナリオ補正という名の強制力が存在するというではないか。何かやむを得ない理由が生じるのかも。

 ここが乙女ゲームの世界なのはちがいないが、悪役令嬢ものである可能性は考えていなかった。もしそうならじょうきょうは想定よりもはるかに悪い。

 乙女ゲームものなら王妃エンドの危機、悪役令嬢ものなら最悪処刑エンドの危機。

 エドワードが今後もこのような行動をとるとしたら、ゆうちょうなことは言っていられない。

 しかもローズ様が転生者である可能性まであるんでしょ……。

 ミリアは頭を抱えたくなった。乙女ゲームの知識を持って転生した悪役令嬢など、鬼に金棒ではないか。

 引き返せない所まで行く前に手を打たなければ。

 ローズが転生者なのか、なるべく早く確かめないと。


 なんとか二人きりになれないか、とミリアはローズの近くをうろちょろしていた。

 しかし側にはいつもリリエントたちがいる。ミリアはローズとは普段から会話もしない仲なのだから、そう簡単に二人きりになれるわけはなかった。

 そうやってまごまごしているうちに、次の日の昼休みになってしまった。

 まだ一日なのだからあせることはない、と思いながらも、りずに廊下を行くローズたちを追いかけていると、ちょうどローズが一人になった。近くに他の生徒もいない。

 今だ──。

 しかし、呼び止めようと手をばしたミリアは、ぴたりと動きを止めた。

 転生者かどうかかくにんするっていっても、どう言えばいいの?

 もしかして転生者ですか? なんて聞けない。

 ミリアは手を引っ込めた。

 何言ってんだこいつ、と変人扱いされるだけならまだいい。

 最悪なのは、ローズが本当に転生者で、婚約破棄を望んでいる場合だ。

 悪役令嬢に転生したとして、婚約破棄をかいしてまで王太子妃になりたいと思う? 王太子妃になったって大変なだけだもの。普通、できるだけおん便びんに済ませて、その後の人生を楽しもうとするんじゃない? それこそ悪役令嬢もののテンプレ通りに。

 昨日のローズの発言も、遠回しな蔑みとじゃすいしなければ、ミリアから商いの話を聞き出して、婚約破棄後の人生にいかそうとしていたとも考えられる。

 エドワードとのことを一言もとがめられなかったのも、婚約破棄を回避するつもりなんて、初めからなかったからなのかもしれない。

 もしもローズが婚約破棄を望んでいるのなら、ミリアがそれを阻止しようとしていると知ったたん、逆にそとぼりを埋めてくるのではないだろうか。

 ローズ様に直接聞くのは駄目だ。

 私が転生者だとバレないように、しんちょうに探らないと。

 ミリアはローズを追いかけるのをやめ、すごすごと引き下がったのだった。

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