第一章⑦


 ミリアは怒りに任せてずんずんとカフェテリアを横切り、しばらくひとのない所で怒りをしずめた後、午後の講義室へ向かっていた。

 エドワードには、これまでもゲームのイベントの通り、ふとしたひょうに熱い視線を向けられたり、二人きりの時に優しく触れられたりはしていた。しかし、衆目の場であそこまであからさまな行動をとられたことはなかった。

 あんなにアピールされておきながら、ミリアが全くのとんちゃくだったからだろうか。

 視線が痛い……。

 すれ違う生徒たちの目はいつにも増して厳しかった。先ほどの出来事がすでに広まっているのだろう。

 あれはエドワードが勝手にやったことで、ミリアは何も悪くない。悪くはない──が。

 エドワード様をたぶらかしたって言われても、否定できないんだよねー……。

 好感度が上がる行動をとり続けていたのは事実だ。

 自覚はなかったにしても、攻略情報を知っていたからこそできた芸当で、まさにチートである。これをろうらくしたと言わず何と言うのか。

「ミリア様」

 視線を避けるようにうつむき気味になっていたミリアは、いきなり横から話しかけられ、顔を上げた。

 そこにいたのは、エドワードの婚約者にして悪役令嬢であるローズ・ハロルド。

 アルフォンスの婚約者であるリリエントと、他の取り巻きの令嬢たちを従えている。ろうで集まって話をしていたのだろう。

 ミリアはとっさに身構えた。エドワードとのことをとがめられると思ったからだ。

「ミリア様は休暇中、どこかへお出かけになりまして?」

「休暇中、ですか? 実家に帰りました、けど」

 警戒しながら答える。

「ご実家のスタイン商会が本部を構えている場所というと、フォーレンでしたかしら?」

「はい。家業を手伝っていました」

 どうしてそんなことを聞くのだろう。文句を言いに来たのではないの?

しつけなことをお聞きしますが、お手伝いとは具体的にどういったものなのかしら? わたくし、商いのことについてはあまりくわしくありませんの」

「そうですね……店番とか、ちょう簿をつけるとか。後は従業員の教育でしょうか」

 まあ、とローズが目を丸くする。

 なるほどこれが目的だったわけか。ミリアにはてんがいった。令嬢らしくない、エドワードには相応しくない、と言うつもりなのだ。

 貴族にとって、商売で収入を得ることは品のないことだとされている。

 領地を治め、領民から税を取るのが貴族だ。税収が多いということは、よく治め、領地を発展させていることの証左であり、商売に手を出さざるを得なくなるのは、領地を治められない無能と同義だった。

 しかもミリア自ら店に立ったり、教育をほどこしたりしているのだから、さげすまれて当然だ。

 だがミリアに言わせれば、家業を手伝うのは当たり前のことだった。

 実家に帰れば令嬢としての扱いは受けない。「おじょうさま」と呼ばれるのは会長の娘だからで、貴族になる前からそうだった。

 商会が大きくなるにつれて身なりや食事は良くなっても、こうして貴族の末席に名を連ねることになっても、今でも変わらず無給タダでこき使える労働力だと思われている。

 物心ついた時からそうだったから、自分が働くことに疑問はなかった。記憶を取り戻した今でもじんだとは思わない。

「案外楽しいものですよ」

 反論しても意味がないので、にこりと笑ってさらりと流す。

「わたくし、もっとお仕事のことをお聞きしたいわ」

 ローズのあでやかな笑顔にミリアはたじろいだ。さすが悪役令嬢。迫力が違う。

 そこへ、ミリアの後ろから声がかかった。振り向けばエドワードたちだった。

「その辺にしておけ、ローズ。おもしろおかしく商売の話を聞くものじゃない。ミリア嬢をおとしめたいのか?」

「そのような意図はありませんわ」

 ローズが心外だというように反論する。

 だがエドワードはそれを言葉通りには受け取っていないようだった。

 あれ? これ、ヒロインが悪役令嬢にいじめられる場面にそっくりじゃない?

 このままでは、エドワードのローズへの印象が悪くなる。と思ったミリアは、自分がいじめられている訳ではないのだと示すため、ローズの手を取った。

「私はローズ様に興味を持ってもらえて嬉しいです。どうぞ何でも聞いて下さい」

「ありがとうございます」

 ローズもミリアに微笑み返してくれた。

 それを見たエドワードは、しゃくぜんとしない表情ではあったものの、それ以上は何も言わずに、講義室の方へと去っていった。

 ほっとしたミリアは、これ幸いと話題を変えることにして、リリエントに目を向けた。

「そういえば、二日目にミール領に行きました」

「まあ、それならしきに寄って下さればよかったのですわ。アルフォンス様もいらっしゃったのに」

 リリエントが頰に手を当てて大げさに言った。

 そこにかんたんの声が上がる。

「アルフォンス様が?」

「ええ、伯爵様と一緒に送って下さって、そのまま滞在していらっしゃったの」

「まあ、素敵」

「仲むつまじいこと」

 周囲で聞き耳を立てていた他の令嬢がきゃあきゃあと黄色い声を上げた。

 日帰りなのにしょうしていいものなのか。お茶くらい飲んだのだろうから、うそではないのかもしれないが。

 ミリアがアルフォンスにぐうぜん出会ったことなど知りもしないリリエントは、婚約者との仲をもてはやされて得意になっていた。何日宿しゅくはくしたのか、という話になったが、明言はしなかった。

 せっかく話題の中心から外れたミリアも、わざわざてきして注目を浴びるようなことはしない。

 ミリアはそっとその場を離れようとした。

 その後ろから、ローズの呟きが聞こえてくる。

「……が悪役になって……のね」

 え!?

 ミリアが勢いよく振り返ると、ローズはリリエントの方を困ったような顔で見ていた。

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