第二章⑤


 始めれば集中するのは早い。商会で書類仕事には慣れていた。

 商会であつかっている商品はもちろんのこと、ふくしょく関係に限らず、国内の物品の市場価格は、ざっくりとではあるが頭に入っていた。あきないに関わっている者としてのたしなみだ。

 十何枚目かにあやしい書類を発見し、アルフォンスに報告した。

「このシルクの糸の値段、高すぎると思います。輸入品ならなっとくできますが、国産の糸の質が他国よりおとっているわけではないので……わざわざ輸入するとなると、よっぽどこだわりがあるのかな、と思いました。どこの物なのかわかりますか?」

「ふむ……」

 ミリアの説明を聞いて、アルフォンスはあごに手を当てしばらく考えた後、手元に置いてあった書類をあさり始めた。

 そこから一枚取り出すと、指摘したばかりの書類をすっとミリアの前に戻し、シルク糸の部分を長い指でとんとんと叩いた。

「糸はリレリア国からの輸入、となっています」

「リレリア! まあ……それならその値段でもわからなくはないですね……」

「何か気になることでも?」

「うちではリレリア産のシルクは扱ってないのでそれほどくわしくはないんですが、リレリアって結構暑いですよね。養蚕には向いてないんですよ。だから高いのは納得なんですけど、質もそこまででもないと言うか……。綿のさいばいの方がさかんです」

 そこまで聞くと、アルフォンスは書類を取り戻して、糸の部分をぐるぐると囲んだ。その横に何やら書き込んでから、先ほど計算ミスのあった書類の上に重ねた。

「他にも高額なシルク糸の書類があったと思うのですが」

「ありました。……っと、これですね」

 ミリアは確認済みの山から一枚を探し出し、アルフォンスの方に向けて置いた。

「これはですね、ここにテレン小国産とちゅうしゃくがついています。テレン産のシルクは特別なので、高いのは当たり前です。それにこれ、王族用のしょうの材料費ですよね。ボタンの所に王家のもんしょう入りって書いてあります。れい用の衣装とかなら、このシルクを使っていても不思議ではありません。刺繡に使うんじゃないでしょうか」

「特別というのは?」

「糸が白じゃなくて、元から金色をしてるんです。すっごい希少なんですよ。テレンはこの輸出で成り立っている国です」

「ああ、東方にあるという……」

「遠いし流通量がわずかなので滅多に見られませんが、さすが王族は違いますね。うちではたぶんコネがなくて取り寄せられません」

 アルフォンスは手元の本をぱらぱらとめくり、あるページに目を止めて文字を指で追うと、そのようですね、と言った。

「他に不審な書類はありましたか?」

「計算間違いの書類が何枚か」

「そうですか。では続きをお願いします」

「わかりました」

 アルフォンスはたんたんとしていたが、役に立てることがミリアにはうれしかった。

 商会の仕事以外で自分の知識を使うことは滅多にない。エドワードのお茶会で話題にするくらいで、学園で誰かに頼られるのは初めてだ。

 紙がめくられる音と、カリカリとペンが紙をひっかく音が続く。

 束でわたされた書類の確認が全て終わったら、アルフォンスに声をかけて説明する。

 ミリアの指摘がゆうのこともあったし、怪しいとアルフォンスがチェックをつけていくものもあった。

 疲れてきて、ミリアがうーんと伸びをした時、アルフォンスが顔を上げ、そろそろ終わりにしましょうか、と言った。

 いつの間にか窓の外が暗くなりつつあった。さらに続けるならランプが必要になってくる。ランプの揺れる光は苦手だ。

「アルフォンス様がいいのなら」

「十分です」

「なら、この一枚だけ確認してしまって、その後、終わった分の説明をします」

 ミリアは急いで確認を終わらせた。暗いことに気づいてしまうとたんに文字が見づらくなるから不思議だ。これ以上やるとがんせいろうになりそうだった。

「ありがとうございました」

「お礼になったでしょうか」

「ええ。助かりました」

「よかったです」

 肩のが下りた感じがして、ミリアはにこりと笑った。

 アルフォンスは本を片づけてから帰ると言い、ミリアは何か借りていこうと思ったので、簡単なあいさつわしてその場で別れた。

 だが、選んだ本の貸し出し手続きをしようとカウンターに向かっているちゅうで、躊躇ためらいがちなアルフォンスの声がミリアにかかった。

「ミリア嬢」

「何でしょう?」

「大変申し上げにくいのですが……」

 アルフォンスが言葉をにごす。目がきょろきょろとさまよった。本当に言いにくそうだ。

「……明日も手伝って頂けないでしょうか」

 ミリアから顔をそらしたまま、不安そうにアルフォンスは言った。そして決心したように息を吸い込むと、ミリアに強い視線を向けた。

「休暇中に父に言い渡されたかん業務を続けているのですがとても回しきれず今後もミリア嬢がいて下さると大変助かりまして当然お礼はいたしますしなんなら正式にスタイン商会を通してらいするのでも構いません」

 いきぎなしの早口だった。言い訳でもしているかのようにあせった顔をしていた。

 人に助けを求めそうにないアルフォンスが、こんなふうに自分にたのみ事をしてくるなんて、今後一生ないのではないだろうか。期限までに仕事が終わらなくて泣きついてきた会社のこうはいを思い出した。

「いいですよ。どうせひまなので」

「読書のじゃをしてしまいますが……」

 それは言わないで欲しい。アルフォンスが抱えている小難しそうな分厚い本や書類の束と比べると、娯楽小説を読んでいる自分が恥ずかしくなる。

「本は後でも読めますから」

「ありがとうございます」

「お礼はしっかりもらいます」

 ミリアは少し悪い笑みを浮かべた。対価があった方がアルフォンスも気が楽だろう。

「もちろんです。どこのがいいですか?」

 うぐ。

 お菓子だとバレている。ほうしょく品やドレスがいいと言うわけがないと確信しているのだ。

 だって、ずっとエドワード様のお茶会を断ってて、しばらく食べてないんだもの。

 くやしくなって、ちょっといい店のお菓子を頼んでやろうと思った。

「考えておきます」

「どの店のものでもどうぞ」

「……はい」

 アルフォンスには全てお見通しだった。

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