第二章⑤
始めれば集中するのは早い。商会で書類仕事には慣れていた。
商会で
十何枚目かに
「このシルクの糸の値段、高すぎると思います。輸入品なら
「ふむ……」
ミリアの説明を聞いて、アルフォンスはあごに手を当てしばらく考えた後、手元に置いてあった書類をあさり始めた。
そこから一枚取り出すと、指摘したばかりの書類をすっとミリアの前に戻し、シルク糸の部分を長い指でとんとんと叩いた。
「糸はリレリア国からの輸入、となっています」
「リレリア! まあ……それならその値段でもわからなくはないですね……」
「何か気になることでも?」
「うちではリレリア産のシルクは扱ってないのでそれほど
そこまで聞くと、アルフォンスは書類を取り戻して、糸の部分をぐるぐると囲んだ。その横に何やら書き込んでから、先ほど計算ミスのあった書類の上に重ねた。
「他にも高額なシルク糸の書類があったと思うのですが」
「ありました。……っと、これですね」
ミリアは確認済みの山から一枚を探し出し、アルフォンスの方に向けて置いた。
「これはですね、ここにテレン小国産と
「特別というのは?」
「糸が白じゃなくて、元から金色をしてるんです。すっごい希少なんですよ。テレンはこの輸出で成り立っている国です」
「ああ、東方にあるという……」
「遠いし流通量がわずかなので滅多に見られませんが、さすが王族は違いますね。うちではたぶんコネがなくて取り寄せられません」
アルフォンスは手元の本をぱらぱらとめくり、あるページに目を止めて文字を指で追うと、そのようですね、と言った。
「他に不審な書類はありましたか?」
「計算間違いの書類が何枚か」
「そうですか。では続きをお願いします」
「わかりました」
アルフォンスは
商会の仕事以外で自分の知識を使うことは滅多にない。エドワードのお茶会で話題にするくらいで、学園で誰かに頼られるのは初めてだ。
紙がめくられる音と、カリカリとペンが紙をひっかく音が続く。
束で
ミリアの指摘が
疲れてきて、ミリアがうーんと伸びをした時、アルフォンスが顔を上げ、そろそろ終わりにしましょうか、と言った。
いつの間にか窓の外が暗くなりつつあった。さらに続けるならランプが必要になってくる。ランプの揺れる光は苦手だ。
「アルフォンス様がいいのなら」
「十分です」
「なら、この一枚だけ確認してしまって、その後、終わった分の説明をします」
ミリアは急いで確認を終わらせた。暗いことに気づいてしまうと
「ありがとうございました」
「お礼になったでしょうか」
「ええ。助かりました」
「よかったです」
肩の
アルフォンスは本を片づけてから帰ると言い、ミリアは何か借りていこうと思ったので、簡単な
だが、選んだ本の貸し出し手続きをしようとカウンターに向かっている
「ミリア嬢」
「何でしょう?」
「大変申し上げにくいのですが……」
アルフォンスが言葉をにごす。目がきょろきょろとさまよった。本当に言いにくそうだ。
「……明日も手伝って頂けないでしょうか」
ミリアから顔をそらしたまま、不安そうにアルフォンスは言った。そして決心したように息を吸い込むと、ミリアに強い視線を向けた。
「休暇中に父に言い渡された
人に助けを求めそうにないアルフォンスが、こんなふうに自分に
「いいですよ。どうせ
「読書の
それは言わないで欲しい。アルフォンスが抱えている小難しそうな分厚い本や書類の束と比べると、娯楽小説を読んでいる自分が恥ずかしくなる。
「本は後でも読めますから」
「ありがとうございます」
「お礼はしっかりもらいます」
ミリアは少し悪い笑みを浮かべた。対価があった方がアルフォンスも気が楽だろう。
「もちろんです。どこの
うぐ。
お菓子だとバレている。
だって、ずっとエドワード様のお茶会を断ってて、しばらく食べてないんだもの。
「考えておきます」
「どの店のものでもどうぞ」
「……はい」
アルフォンスには全てお見通しだった。
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