第3話 自分のことをメンタリストだと思い込んでるカシマさん その2

「はあ、カシマさん、ですか」

「はいっ、ここでなら除霊してもらえるんッスよね!? あたし……っ、もう、あんな目にあうのは……っ」


 幼さの残る顔を強張らせてソファに座り、自分の身を抱くようしてブルルと震える。テーブルを挟んで僕達と向かい合っているのは、セーラー服を着崩した金髪ショートの中村なかむら愛奈あいなという女子高生だった。ていうか依頼人だった。先生は慌ててスーツに着替えていた。僕はポロシャツのまま対応した。


「そのカシマさんというのは何だ、伊吹君。まさかそういう名の変質者が出没でもしているのかい!? 先程の中村君の話を聞く限り、すぐにでも通報するべきだと思うのだが。部屋にまで入ってきたとなれば、さすがに警察も重い腰を上げるだろう」

「カシマさんってのは何十年も前からある都市伝説ですよ。中村さんの話を信じるんなら、明らかに人間の仕業じゃないでしょう。てか先生、霊能力者のくせにそういう知識全くないですよね」


 いやむしろガチもんの霊能力者だからこそ都市伝説とか興味ないのか。別に詳細知らなくてもワンパンで解決できるしな。

 とりあえず僕は先生にカシマさんについて説明した。ていうかウィキペディアを読み上げた。


「ふむ、なるほどな。まぁ、確かにそういう類の怪異は昔からしばしば現れているようだ。祖父や母からも聞かされたことがある。人間に、ある問い掛けをして、その返答に満足出来なければ襲い掛かる――似たような行動をとる個々の存在を一括りにして何かしらの名称が付けられることもあるのだろう。例えば、口裂け人間のように」

「人間て」


 何に配慮して言い換えてんだよ。そんなことすんなら「口裂け」も変えなきゃダメだろ。もはや原型消えるぞ、このポリコレ人間。


「ていうかそのカシマさんも然り、ヒステリックなイメージを付けられた都市伝説の怪異って女性ばかりではないか? こんなところからも日本社会の女性蔑視が透けて見えるよな」

「うぜ。一応カシマさんは男性だってパターンの話もあるみたいですよ。女性バージョンと同じ感じで米兵に両手足を撃たれた日本兵みたいな」

「それはそれで排外主義的な雰囲気が匂い立ってくるよな。確かに今も在日米軍の問題は数多く残るし、当時の米軍にも戦争犯罪があったのは紛れもない事実ではあるが、そもそも太平洋戦争において大日本帝国は、」

「あ、その話はガチで面倒くさいんで。あなた日本軍の霊に説教かますクレイジー人間なんで」


 説教の末に結局ブチ切れてGo To 靖国パンチしちゃうし。あれなら米兵に撃たれた方が二千倍マシだ。


「で、中村さんが見たカシマさんってのは、男だった上に両手足も生えてたってわけですよね」


 しばらく放置してしまっていたのを思い出して依頼人に話を振る。


「はい……しかも、してくる質問も友達に聞いていたのとちょっと違ってて、さっきも言ったんスけど何かゲームみたいなことやり始めて……」

「まぁカシマさんの噂は、姿形も質問内容も本当に多種多様みたいなんで、そういうのもあり得るんじゃないですかね。知らんけど。でも中村さん、そのゲームに負けたのに手も足も取られずに済んだんですね」


 そもそも理不尽な存在だし、逆に勝ったら殺されるみたいなルールだったのかもしれない。知らんけど。


「違うんです! いえ、確かに取られてはないんスけど……」


 中村さんは充血した目で自分の左手を眺めながら、喉をゴクリと鳴らして、


「あたしが左手を選んでいたことを言い当てられた後に二回戦に突入して、二回戦では『手首か肘を選べ』って言われたから手首を選んだらそれも当てられて……そしたら左手首に激痛が走ったんス……」


 何だそのゲーム。


「手首切られた! 死んだ! ……って思ったんスけど、目を開けて見てみたら、傷一つ付いてなくって、カシマさんはいつの間にか消えてて……痛みもしばらくしたらなくなって、で、今に至るって感じなんス……まぁ今でも何となく手首に違和感みたいなのは残ってるんスけど、別に動かしたりするのには何の支障もなくって感じで……」

「マジで全く意味わからないですね。理不尽とかどうとかを超えて、もはや何がしたいのかも理解できない。これはあなたにしか解決できない案件ですよ、先生!」

「いやいやいやいや、私、弁護士なのだが。何故そんな訳の分からん怪異の相手をせねばならんのだ」

「え……ここって除霊事務所なんスよね? 法律事務所ってのは世を忍ぶ仮の姿で」

「仮に除霊事務所とやらだったとして何故世を忍ぶ必要がある!?」

「え、だってそっちのが雰囲気あるじゃないッスか。ガールズちゃんねるでもそう言われてますし」

「だからガールズちゃんねるって何なのだ!?」

「いいじゃないですか、先生。引き受けましょうよ。高校生がこんなに怯えてるんですよ? パパッと除霊しちゃってください。あ、ガールズちゃんねるは調べないでください。めんどそうなんで」

「そうは言ってもだな……怪異だって事情があってやっていることなのだ。実害がない以上、私が勝手に罰を与えることなど出来んよ。こちら側が勝手に怖がっているだけであって、枕元に立たれることぐらい、何も困ることはないではないか。人間であれば立派な不法侵入、許されざるストーカー行為でも、怪異にとっては存在するために必要な行為だったりするのだよ」

「いや中村さん激痛は走ったって言ってたじゃないですか。実害じゃないですか」

「うぐっ……いやしかしだな、私が除霊で与えてしまう苦痛は、その程度の罪とは全く見合っていないものであって……」


 両手を組み、ばつが悪そうに顔を引きつらせて俯いてしまう先生。

 本当にこの人は……。どんだけ僕に無駄な負担をかければ……まぁ仕方ない、これも僕の仕事か。


「先生、現実を見てください。理想を持つのは勝手ですけど、理想で腹がふくれるんですか? あなたが大好きなフェアトレードは理想だけで成立させられるんですか? 金がなかったら何もできないでしょう。そんであなたは除霊以外に稼ぐスキルを持っていないでしょう」

「うぐぐぅ……いやていうか伊吹君、君な……」


 よし、効いてるな。この人は正論に弱いからな。詭弁にも弱いけど。


「いい加減にしてください! ぐだぐだ言ってないで働けって言ってんですよ! 金ですよ、金! ねぇ中村さん、成果報酬十万円、払えますよね!」

「は、はい! もちろんッス! パパ活で稼いでるんで!」

「よし、決まりですね! じゃあもう少し詳しく聞いておきたいんですけど、他に何か特徴とかありましたか、カシマさんに」


 僕はどうでもいいことを聞いて話を逸らした。


「む? 今何かとんでもなく聞き捨てならない単語が未成年から聞こえたような気がしたのだが」

「気のせいです。最近一部で話題の飲食店『親父のトンカツ』、通称『パパカツ』でバイトしてるって話は聞きましたが。それで、どうですか中村さん。二十歳ぐらいの短髪のイケメン、百八十センチぐらいで長くて太い両手足を持った日本人男性――この他に何か際立ったこととかは?」


 改めてまとめてみたら相当やべぇな、この悪霊。え、てかやっぱ普通に人間じゃね、こいつ。女子高生の寝床に侵入した単なる変質者じゃね?

 やっべ、あんなに自信満々に怪異だとか断言しといてただの犯罪者だったらどうしよう。僕達のせいで逮捕が遅れて、もっと大きな事件を起こしたりしたらどうするんだ。うん、まぁいっか。こんな怪しさ満点の除霊事務所なんかに飛び込んでくる頭のおかしいオカルト援交女子高生が全部悪い。


「そうッスね……あ、喪服着てました。それがまた不気味で……と思ったんスけど、よく考えたら何かストライプ入ってたような……あれ? うーん、恐怖と混乱で頭ぐちゃぐちゃだったんでそこら辺は曖昧ッスね、正直……」


 うん、会社帰りのサラリーマンかな。あ、ビジネスパーソンか。


「あとは……そうだ、ゲーム中とか特にそうなんスけど、とにかくめちゃくちゃ早口でまくし立ててくるんスよ! にやけながら、こっちをじぃっと観察するように見てきて……あと身振り手振りも大きかったッスね。そんで……うん、そんでとにかくめっちゃ聞いてくるんス!」


 とにかくめっちゃ聞いてくるカシマさん、か。たぶんただのセールスパーソンだけど逆転サヨナラ満塁ホームランに賭けて僕達は依頼を引き受けることにした。つーかクーラーつけさせろ。あちぃ。

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