「自分のことを人権派弁護士だと思い込んでる最強除霊師」が「自分のことをマナー講師だと思い込んでるこっくりさん」とかをできるだけ苦しめずにポリコレ安楽除霊しようと頑張るけど結局ワンパン残虐除霊しちゃう話
第9話 自分のことを中の人だと思い込んでるVTuber その3
第9話 自分のことを中の人だと思い込んでるVTuber その3
「で、どうしたんだい鈴木君、昨日の今日で。
「いや違うんですよ鈴木さん。先生はツンデレなんです。本当は簡単に除霊できるんで、是非ここは黒沼千夜除霊事務所にお任せください。お安くしますから」
鈴木さんからの相談を受けた翌日のお昼時。またもや好い鴨が、もとい、鈴木さんがアポなしで事務所にお見えになった。
しかし、何か変というか、明らかに昨日とは雰囲気が違う。何ていうか立ち居振る舞いがお淑やかというか、いいとこのお嬢様然としている。でも何か変な臭いがするような気もする。
『いえ、違うんですよ♪ 昨日のお話はわたしの勘違いでした♪ 忘れてください♪ それを言いに来ただけなんです♪ ではでは♪ 失礼しました♪』
「ちょ、待ってください!」
ソファから立ち上がる鈴木さんを、僕は必死で引き止める。
「相談料だけでも置いていってください!」
『嫌です♪ わたし達の夢のためにお金貯めなきゃいけないんです♪』
何だって……!? ふざけるなよ、金の亡者が……! その金で僕が何枚のステーキを食べられると思ってるんだ……!
「いや、待ちたまえ、鈴木君……では、ないな。君は……誰だ?」
顔を強張らせる先生の問いかけに、鈴木さんは何も言わずにニコッと微笑み返した。
「どういうことですか、先生」
鈴木さんを先ほどまでの応接室兼リビング兼執務室のソファに残し、僕は隣の休憩室で先生に事情を問いただしていた。
「彼女は鈴木律子ではないな。精神を乗っ取られている。京華院ラクナにな」
「はぁ? 何言ってんですか先生。オカルト女ですか?」
あ、オカルト女だった。
「オカルト人間だ。あ、違う、人権派弁護士だ。――要するにな、アバターという着ぐるみと、中の人という魂が逆になってしまったのだよ。アバターが魂となり、人が着ぐるみになってしまっている。鈴木律子の中に京華院ラクナが入っているのだ。昨日まで鈴木律子が京華院ラクナというアバターに入っていたようにな」
「え……ていうことは……『自分のことを中の人だと思い込んでるブイチューバー』だったんですか、京華院ラクナは……」
「そういうことになるな。悪意や敵意が全くないというのが却って厄介だ」
何だそれ。こわ。
僕らは今回のことを「京華院ラクナが自我を持ってしまった」というだけの、シンプルな事件だと思い込んでいた。しかし、事態はもっと深刻なフェーズに進行していた。彼女は自分のことを完全に人間だと思い込んでいて、鈴木さんのことを自分のアバターだと認識しているのだ。
そうか、鈴木さんから漂っていた変な臭いもそれが原因か。あれが怪異のオーラというやつなんだな。
「さらに言えばな、京華院ラクナは自分が活動している世界が現実で、鈴木君や私達が生きるこの世界を仮想空間だと思い込んでいるはずだ。そして昨日までは鈴木律子というアバターが自分を無視して勝手に活動していたと勘違いしているのだろう。勝手に私達に会いに行って、勝手に意味不明な相談をしていったと。ブイチューバーである鈴木律子が、中の人である自分の正体――京華院ラクナという中学生であることを――見ず知らずのバーチャルキャラクター二人に何故かバラしに行ったと捉えたのではないだろうか。それで今日はその訂正に来たのだろう」
「何ですか、それ……っ! そんなのって……っ! ていうことは、じゃあ……っ!」
予想だにしない事実を突きつけられ、身震いが止まらない。
「簡単に強制除霊できるじゃないですか! ひゃっほぅ! 明らかに実害が出てるうえに、自分からノコノコと現れてくれた! さっさとワンパン除霊しちゃってください!」
「馬鹿なことを言うな! 霊に取り憑かれた――という次元の話ではないのだぞ、これは! 彼女と彼女は完全に一体化してしまっている! 手加減不能な私の除霊では、京華院ラクナに苦痛を与えてしまうだけでは済まない! 鈴木君の脳と肉体、精神にまで大きなダメージを与えてしまうことになる! 最悪、命までも……っ」
「な……っ、それじゃあ除霊したところで報酬を受け取れないじゃないですか!? 肉片が飛び散ったりしたら特殊清掃代で大赤字ですよ!? 部屋も帳簿も真っ赤っ赤だ!」
「君の倫理観はとっくにレッドカードだからな!? しかし、こんなことになってしまったのも全ては私の認識が甘かったせいだ……。責任はきっちり取らせてもらう」
「先生……バラバラ殺人の罪はなかなか償えないと思います。凶器などの物的証拠が見つかり得ないことを考えれば逃げ切れると思いますし責任からは免れましょう」
「なぜ君は私を猟奇殺人鬼に仕立て上げようとするんだ!? 強制除霊はしないと言っているだろう!? そうではなく、この問題を解決することで責任を取ると言っているのだ! 安心しろ、考えはある」
「はあ。考えとは」
「ふん。私を何だと思っている」
「最強じょれ」
「人権派弁護士だぞ。元からやることなど決まっている――対話だよ、対話」
ドヤ顔を浮かべる先生を見て僕は、ああダメだろうなぁ、清掃業者の予約しとこ、と思いました。
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