「自分のことを人権派弁護士だと思い込んでる最強除霊師」が「自分のことをマナー講師だと思い込んでるこっくりさん」とかをできるだけ苦しめずにポリコレ安楽除霊しようと頑張るけど結局ワンパン残虐除霊しちゃう話
第10話 自分のことを中の人だと思い込んでるVTuber その4
第10話 自分のことを中の人だと思い込んでるVTuber その4
「あと一分だな。伊吹君、君は帰ってよかったのだぞ?」
「いやそこまで先生のこと信用してないんで」
日付変わって午前二時前。
僕と先生は事務所のソファに隣り合って座り、ノートパソコンの前で
あのお昼の作戦会議の後、先生は鈴木律子(京華院ラクナ入り)に対して、京華院ラクナの姿での対話を求めた。僕らだけが見られる限定生配信という形式を提案して、である。
当然、京華院ラクナ(外見は鈴木律子)には「え……嫌ですけど……」と断られた。彼女には自分が何か悪いことをしている自覚すらないのだから、そんな怪しさ満点で何のメリットもない誘いに乗るわけがないのは先生にも予想できたはずだ。はずなのだが、人権派弁護士はめちゃくちゃ動揺していた。ちゃんと頼めば話を聞いてもらえると思い込んでいたらしい。頭がおかしいらしい。まぁ除霊事務所なんてもので生計立てようとしてる人間の頭がおかしくないわけないか。
仕方ないので僕が仕事を引き継いだ。引き継いだっていうかその場で即
ブイチューバーを脅すのなんて「中の人バラすぞ」の一言で充分である。「この三十二歳の女の中身、京華院ラクナっていう十四歳の普通の中学生らしいぞ」と広まってしまうのは、自分を本当に普通の中学生だと思い込んでる京華院ラクナには絶対に避けたいことなのだ。
家族やクラスメイトにバレたら困るし、何より鈴木律子というブイチューバーのイメージを壊してしまう――そう言って震えながら、京華院ラクナはあっさりと要求に従った。お前に家族やクラスメイトなんていないし、鈴木律子なんてブイチューバーも存在しないんだけどな。本当にキモい。
「おはラク~♪ 京華院ラクナだよっ♪ お待たせっ♪」
「何ですか、そのふざけた挨拶は。舐めてんのかクソガキ。僕は熱闘甲子園見るの我慢してまで仮眠とってこんな時間まで待機してたんだぞ? やり直せ。土下座しろ。そのちっぽけな脳ミソに社会の常識ってもんを叩き込んでやる」
「あ、ごめんね……つい、いつもの配信の癖で……てか元々伊吹さんが脅してわたしを呼び出したんじゃないですかっ!?」
画面上に京華院ラクナの2Dモデルが現れ、滑らかな動きとともに、あの高い――あの鈴木さんの作り声で――僕たちに向かって話しかけてくる。
その可愛らしい立ち居振る舞いに、鳥肌を立たせられてしまった。
向こうが一方的にユーチューブ上で限定配信してるだけなはずなのにビデオ通話のようになっているのが不可解だし、この前鈴木さんに見せてもらった京華院ラクナと全く同じデザインではあるのだが、その表情や体の動きが一回りも二回りも複雑に、人間に近くなっているのが酷く不気味なのだ。僕も動揺でついつい脳ミソとか口走ってしまった。こいつに脳なんてあるわけないのに。
「いや本当に申し訳なかったな、ラクナ君。伊吹君のことはいないものとして考えてくれたまえ」
先生も眉間を押さえながら、声を絞り出すように京華院ラクナに話しかける。この気味の悪い存在に対して、さしもの最強除霊師も怯えを隠せないのだろう。絶対そうだ、うん。
「いえ、別に全然気にしてないから大丈夫ですよ♪ 伊吹さんはそういう口悪い系のキャラなんですよねっ♪ そういう人こそ裏では礼儀正しかったりするって分かってますから♪」
はぁ? 何言ってんだこいつ。
「そんなことよりですねっ! 伊吹さんも千夜さんもガワを被って出てくるなんてズルいですっ! わたしには生身で出てくることを要求しておいて! 卑怯ですよっ! ちゃんと中身を見せてください!」
「先生、こいつヤバいです。今までで一番怖いです。皮を剥げって言ってきてるんですよ? 生肉や内臓を見せろって言ってるんですよ? どんな悪霊ですか。靭帯奪いまくってたカシマさんが可愛く思えてきました。早く殴ってください」
そうだ、早くぶっ殺してやればいいんだ。今こいつは鈴木さんの中には入っていない。ということは鈴木さん本体にはダメージが行かない(たぶん)。そのために僕はやりたくもないのに我慢して女子中学生を脅迫なんてしたんだ。
「落ち着け、伊吹君。言っただろう? 彼女は私達のことをブイチューバーか何かだと思い込んでいるのだよ。私や伊吹君に声をあてている中の人が存在すると勘違いしているのだ」
そういえばそうだった。そんでその倒錯した認識を正してやるのがまず最初にすべきことだった。すなわち、京華院ラクナに「自分がただのアバターで、鈴木律子が自分の中の人」だと認識させるのが、先生の作戦の第一段階、大前提。そのためにわざわざ京華院ラクナの姿で現れてもらったのだ。
「んん? え、何を言ってるの、千夜さん? 千夜さんと伊吹さんってブイチューバーではなかったの? あ、何かCGゆるキャラみたいな? そっか、そっかそっか、そうだよねっ! あれだもんね、除霊事務所のマスコットキャラみたいなやつだったもんねっ♪ そっかぁ、厳密にはブイチューバーとは違うってことかぁ……ごめーんっ、実はわたしそんなにこの業界詳しくなくてさっ。二年もやってるのにねー、元々歌とかお話が好きで始めただだけだからさっ♪」
「ラクナ君、落ち着いて聞いてくれよ? 君はな、人間ではないのだ。人間は私や伊吹君――そして鈴木律子君であって、京華院ラクナは鈴木律子君のアバターでしかないんだ」
「え……ふっ――うふふふ♪ ふふっ、面白ーい♪ あー、そっかー。千夜さんはそういうオカルト系のお話をしていくキャラクターなんだねっ♪ ふふっ♪ 実はねー、わたしもちょっと都市伝説とか興味あるんだぁ♪ ねぇ、カシマさんって知ってるー?」
「いやカシマさんの話はしばらく聞きたくなくてだな……」
「バカなんですか先生。そんな真っ正面から攻めてどうにかなるわけないでしょう」
「分かっている。伊吹君は黙っていてくれ。私だっていくつか奥の手は用意してある。出来ればこういった手は使いたくはなかったのだが……致し方ない」
いや普通にその右手使ってくれれば一瞬で済むんですけど。まぁ食らった方の苦しみは一瞬じゃ済まないんだけど。
「ラクナ君、君は確か今、十四歳だったよな?」
「そうだよっ♪ 十四歳、中学二年生っ♪」
「ということは配信活動を始めた二年前は、十二歳の小学六年生だったということになるわけだ」
「うんっ♪ そうだよっ、わたしが律子と一緒にデビューしたときは――……え? あ、あれ……? 二年前だから……わたし……」
「ん? どうした? だってそうだろう? 君が生身の人間であるのなら二年で二つ年をとったはずだよな?」
「――――う、うんっ! そうだよ! そうっ! ちょっと記憶が曖昧になっちゃったけど、わたしは十二歳のときに律子とデビューして二年間活動してるよっ♪」
「そうか――それはおかしいな。ユーチューブの利用規約は知っているかい? もちろん知っているはずだよな、君はユーチューブで配信活動をしているのだから」
「う、うん、もちろん知ってるけど、それがどうしたの、千夜さん……?」
「年齢制限があるのだよ、この動画サイトには。十三歳未満はライブ配信をすることが出来ないのだ。アカウントを作成することも禁止されている。君は家族にも活動を秘密にしているのだったな。ということは保護者を介することも出来ないわけだ。よって君が生身の人間として二年前から活動することは不可能だったはずだ」
「え……? あ…………い、いやっ、でもっ! 違うよ! だってそうじゃん! わたしは子どもだけど、律子は三十二歳だもんっ! 年齢制限になんて引っかからないもんっ!」
「逆の関係であればな」
「え? え?」
「中身の人間が三十二歳であるのならば、アバターが十二歳だろうが三歳だろうが何の問題もなく活動出来る。つまり、君達が二年前から活動出来ていたということはイコール、鈴木律子君の方が中身の人間であった、ということに他ならないのだよ」
「――――っ!? …………違う……違うもんっ! だって……だってそんなのおかしいじゃん! ありえないじゃん! なに? わたしがアバターで律子が人間って!? そりゃ、律子のこと本当の友達みたいに思ってるよ? ううん、本当の、人間の友達よりも、ずっとずっと大事。律子はわたしだもん。二人で一つだもん。だから、律子はわたしの容れ物なんだ。それが律子の役目。わたしと律子がずっとずっと永遠に二人でいるための、大切な役割分担なの。うん……うん、そうだよっ! よく覚えてないけど、年齢なんていくらでも誤魔化せるに決まってるもんっ!」
「…………っ、ダメ、だったか……」
何の根拠もなく力強く宣言する二次元キャラに、押し切られてしまう自称人権派弁護士。やっぱりあなたは手を使って物理攻撃するしかないんですよ。
でもまぁ、どうしてもやりたくないっていうなら仕方ない。ここは僕の手を使うか、物理的に。お金のためだ、仕方ない。
「はぁ……あのなぁ、クソガキアニメ。僕たちからしたらお前はどっからどう見ても人間じゃねーんだよ。アニメなの」
まぁ、ゾッとするほど生々しいことは認めるけども。でも、一つ確かに言えるのは、
「どう考えてもお前に血が通ってるとは思えない。つーか知ってるか、血液って。知識としてじゃなくて、体験としてな」
「は? 知ってるし! アニメじゃないし! わたしA型だし! ていうかそれを言うなら伊吹さんとか千夜さんとか律子の方だから! 血が流れてるとは思えないのは! てか流れてるわけないし! だって絵だし!」
「ふーん、じゃあ、僕に血が流れてたら認めてくれるよな? 僕たちが――鈴木さんが生身だって。つまりはお前の方がアバターだって」
僕はキッチンへ行き、先日メリーさんから回収していた包丁を食洗器から取り出してソファに戻り、
「別にいいよ! 本当に血が流れ――」
「そ。じゃ、はい」
自分の左手の甲に突き立て、抜いた。
「あ、痛っっってぇぇぇぇぇっ!! 思ってたのの三百倍痛いっ!! ぐぅぅぅぅっっ!! くそぉ、誰だよ、僕の手に包丁なんてぶっ刺した奴!! 先生、悪徳弁護士を呼んでください! 取れる限り最大の示談金をぶん取ってやる!!」
「まずは病院だろう!? 本当に何を考えているのだ君は!?」
「いやあぁぁぁぁぁっっっ!! 血っ! 血っ! 見たくないよっ、わたしこんなのっ!」
くそぉ、キャーキャーうるせーよ、血くらいで喚くなクソガキアニメ。何でこんな奴のために僕が大切な血を流さなくちゃいけないんだ。こんなことを強要されるならこんな事務所入るんじゃなかった。パワハラで済む話だろうか? それとも僕が義務教育すらまともに受けていないからこんな仕打ちを受けているのだろうか? いずれにせよ、日本社会の闇がこの職場に凝縮されているんじゃないかと思う。この国の労働環境は先進諸国の中でも最低水準であり、
「伊吹君! ひとまず私が応急処置するから、とりあえず包丁の切っ先を私に向けるのをやめてくれ!」
暴力上司に手当してもらった。病院に行きたかったが、そういえば僕が行けるような病院はここらにないんだった。くそぉ。
「はぁ……はぁ……どうだ、見ただろ、クソガキアニメ。これが生の血ってやつだ。理解できたはずだ、アバターとの違いをな……!」
「いや……いや……! おかしいよ……何の躊躇もなく自分の体に刃物突き刺せる人が人間なわけないじゃんっ! 伊吹さんは絶対人間じゃない! だからわたしは人間! 人間だもんっ! だってわたしには絶対あんなことできない! 人間だから!」
「は? ふざけんな。モノホンの血を見ただろ、自分の血と比べてみろ。一目瞭然のはずだ。指先だけでもいいからほんのちょっと切ってみろ」
「嫌! 嫌! 嫌! 絶対いや! わたしは人間だからほんのちょっとでも凄く痛いんだよ!? 伊吹さんにはわからないんだろうけれど!」
「うむ、致し方ないな。アバターにしろ人間にしろ、自らの体を傷付けろなんていう命令に従う必要など絶対にない。例外なく、な。何、いいさ。私が必ず君を説得してみせるよ。というより、結局は最後に取っておいたこの手でしか、君を納得させることは出来ないのではないかと、実は最初から薄々分かってはいたのだ」
は? 何だそれ。僕は何のために自分の手に包丁を突き刺したのか。
許せない、僕はあなたの事務所の従業員であって、あなたの忠実な下僕ではないのだ。訴えよう。民事訴訟だ。金のためではない。僕自身の名誉と、この国の労働環境の改善、そしてあなたの更生のために。僕はツイッターで労働問題に強い人権派弁護士のアカウントを調べてみたが結構金取られそうなのでやめた。あと何かみんな橋下徹と喧嘩してるし。僕はツイッターで橋下徹と喧嘩してる人間が世界で二番目に信用できないのだ。ちなみに一番は橋下徹。理由は顔がいい弁護士だから。
「ていうかさ、千夜さん。律子が人間っていうなら、じゃあ何で律子はわたしのパソコンの中でずっとぐったりとしてるの? 全く動かないの? わたしが動かしてないからでしょ? これが人間っていうなら、死んでるみたいだよ?」
「「――なっ」」
京華院ラクナは本当に無邪気に、心から純粋に、勝ち誇った表情を浮かべている。これ以上の証拠があるものかと、確信を持って胸を張っている。そこから悪意だとか、誰かを貶めんとする意思が一滴も感じ取れないことが、こいつの存在の危うさを強烈に物語っている。
「どうするんですか、先生!? このままじゃ鈴木さんが……報酬が!! 早く解決してください! せめて彼女に暗証番号四桁を言うだけの体力が残っているうちに!」
「いや、まだまだ手遅れにはならないはずだ! 別に京華院ラクナのアバターになっていること自体は、鈴木君の肉体や精神に負担を掛けているというわけではないのだから!」
何だ、じゃあそんなに焦る必要ないか。とりあえず筆談でもなんでも四桁だけ教えてくれればいいし。
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