第8話 自分のことを中の人だと思い込んでるVTuber その2

 くそっ、何やねん、あのオカルト詐欺女。顔がええだけで甘やかされてきたんやろな。やっぱり顔がええ奴とガールズちゃんねるは信用ならんわ。


「あ、それなー、うちも竿役はチャラ男派やってんけどぉ、最近汚いおっさんの良さもわかってきてん。結局そっちのがリアルやしなぁ。そういう意味では乱交に発展するのも微妙なんよなぁ、え? あ、昨日の? あー、だからあれもネタやって! ド変態のうちが清楚キャラで配信しちゃいましたっちゅうネタや! あとアレやな、うちももうすぐ一つ目の目標達成やからな、十万やで、十万! ほんまラクナー達のおかげやぁ! ただなぁ、人気者になるとなぁ、人権派弁護士とかに見つかって難癖付けられるかもしれへんからな、偽装や、偽装! なははー、あ、せやからこれからもアーカイブとか残せへんくなるかもしれんねん、かんにんなー。あ、切り抜きは消さんでええで! むしろ残しといてやぁ。え、てかもう丑三つ時やんけ、あかん、またラクナーのせいで話しすぎてもうたわ! 今日はこの辺やな、ほな、おつラク園~」


 ……よし、配信切ったな、指さし確認オーケーや。あとは喉ケアだけ忘れずに、やな。


 ふぅ……今日もええ感じやったな。やっぱうちらは最強や。うちとラクナで絶対天下取るんや! そしたらこんな1Kのショボいアパートともおさらばやで! 金も貯めとるさかい、一軒家から毎日3D配信できる設備整えたる! ヌルヌル動くラクナをラクナー共に毎日拝ませてやるんや!

 なのに……何でこんなことになってしもうたんやろ。今日のこの配信のアーカイブも消えてまうんやろな。

 なぁ、ラクナ。何でそんなことするん? うち、あんたに何か酷いことした? というかあんたは、うちやろ? 勝手なことせんといてや。


『――律子りつこ

「ん……? え? なん、で……?」


 配信は切ったはずなのに、パソコンのディスプレイにラクナがいる。ウェブカメラも切ったはずなのにラクナが動いている。マイクも切ったはずなのに――というか、うちが話していないのに――ラクナが話している。

 ラクナの声は、うちの声なのに。


『律子、聞こえてる、よね……?』

「え……? え……?」


 うちに、話しかけてきてる? てか、あ、非公開配信になってる……いつの間に……要するにこれは、うちだけにしか見られない配信。自我を持ってしまったラクナの、うちだけに向けた生配信。


『律子、わたしだよ? わかるでしょ? ラクナだよ』

「…………っ、あ……っ」


 ダメだ、上手く声を出せない。だって、ラクナが勝手に動いてる――なんてだけの話じゃなかったのだから。


『ねぇ、律子。何で勝手なことするの? わたし、律子に何か酷いことしちゃった? ううん、してるわけない、そんなこと。だって律子は、わたしだもん』


 ラクナが、生きている。自我を持つとはそういうことだ。今やっと、本当の意味で理解した。京華院けいかいんラクナは、「いる」んだ。そうじゃなきゃ、こんなに複雑な仕草は見せられない。こんなに繊細な表情はできない。

 でも、でも何で――


『ねぇ、やめてよ、律子。嘘つかないでよ。デマ流さないでよ。わたし、痴漢なんて大嫌いだよ。そんな変な方言使わないよ。おかしいよ、律子。ねぇ、おかしいってば……おかしいよ。ねぇ、お願い……もうやめて……やめてよ、怖いよ、律子。ねぇ何で? 律子はわたしなのに……何で――』


 ――何であんたが、そんなに怯えてんねん。何でそんなに震えながら、幽霊見るような目をうちに向けてんねん。

 それじゃ、まるで、


『――何で律子が勝手に動いてるの? 何で律子が勝手に喋ってるの? おかしいよ、やめてよ、怖いよ……っ』

「ラ、クナ……おかしいやん……おかしいのはラクナやん……っ、うちは……っ」

『やめて! 勝手に話さないで! 律子、よく聞いて。あなたはアバターなんだよ……? 勝手に話しちゃダメなの、勝手に動いちゃダメなの……自我を持っちゃダメなの……』

「は……? は……? 何ゆうて……」

『あなたには中の人がいるの。それがわたしだよ? ねぇ、わかるでしょ? ずっとそうやってきたじゃん……! 二年間、わたし達、一緒に頑張ってきたじゃん……っ』

「あえ……? あ……うち……あ……』


 あ……れ……? うちって……あえ……? うちって……なん、だっけ……


『確かにわたしも悪かったのかもしれないよ? そりゃ律子は三十二歳って設定だもん。十四歳のわたしがあなたを演じるのは無理があったのかもしれないけれど……でも頑張るから! エッチなこととかも勉強して大人の女性を演じられるようにするから!」

『ラ……ク……うち……エッ、チ な、ことと、かもべん きょうして、おとなのじょせ、いをえんじられるよ うにするか ら』

「でもさすがに痴漢はダメだよ、女の子の敵じゃん、絶対許せないよ」

『で、もさすが に ちかんはダメだ よ、おんなの子の敵じゃん、絶対許せないよ』

「…………っ! よかった……律子、わかってくれたんだね……。そうだよ、律子はわたしなんだから、わたしが喋ったこと以外喋っちゃダメなんだからねっ!」

『…………っ! よかった……律子、わかってくれたんだね……。そうだよ、律子はわたしなんだから、わたしが喋ったこと以外喋っちゃダメなんだからねっ!』

「ふふふ♪ おかえり、律子♪ おはラク~♪」

『ふふふ♪ おかえり、律子♪ おはラク~♪』

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