「自分のことを人権派弁護士だと思い込んでる最強除霊師」が「自分のことをマナー講師だと思い込んでるこっくりさん」とかをできるだけ苦しめずにポリコレ安楽除霊しようと頑張るけど結局ワンパン残虐除霊しちゃう話
第4話 自分のことをメンタリストだと思い込んでるカシマさん その3
第4話 自分のことをメンタリストだと思い込んでるカシマさん その3
「それで、伊吹君。何故私と君はこの暗い事務所で一夜を明かそうとしているんだい?」
「カシマさんはカシマさんの噂を聞いた人の枕元に現れるってパターンがメジャーなんです」
時刻は二十三時半。ソファで寝転んいるTシャツ短パン姿の先生が不満そうな声で問いかけてきたので、僕は適当に返事しておいた。
まぁただの変質者だった場合、また中村さんの部屋か別の女性の部屋に侵入してるだろうけど、どうやらガチもんの怪異である可能性の方が高そうなことがわかってきたのだ。
ネットでいろいろと調べたところ、中村さんと全く同じような体験談がここ最近SNSや匿名掲示板に複数投稿されているのが見つかった。男性投稿主の方が多いことからも、女性を狙った変質者という線は薄いと判断できる。
中村さんの話にはなかった新しい情報も手に入った。カシマさんが、人体が必要だとかどうとか呻いていたというのだ。実際に体の一部を奪われるという被害は誰にもなかったようだが、やはり従来のカシマさんのように人間の手や足を求めているのかもしれない。
今はまだ凶悪化していないというだけで、これから取り返しのつかないような実害をもたらす怪異に化ける可能性は充分ある。
やはりここで危険は除去しておくべきだろう。仕事だとか報酬だとか抜きにして、町の平和と安全のために。人々の未来のために。
「古田はテレビ慣れしてますねー。前の工藤はずっと棒読みだったですもん」
僕は先生の対面にあるソファでゴロゴロしながら熱闘甲子園を見ていた。高校生の部活ごときの勝った負けたなんて興味ないが、熱闘甲子園とかドラフト特番とかのお涙頂戴ストーリーを見て鼻で笑うは結構楽しい。
「はぁ……先に言っておくがな、伊吹君。本当に現れたとしても、今回こそは絶対除霊なんてしないからな。しっかり対話をして、これからは必要以上に人間を驚かせないよう注意して終わりだ。カシマさんも必ず理解してくれるはずさ」
「あ、今いいところなので話しかけないでください。トミー・ジョン手術から長いリハビリを経て復活したピッチャーが、難病で入院中の母親を勇気づけるために甲子園のマウンドに上がるとこなんです」
このわざとらしいクソ寒ナレーションが堪らない。鳥肌がヤバい。やっぱり夏の夜は熱闘甲子園を見て心も体も涼しくならないと。
「どうも☆ カシマです☆」
「ひっ……!?」「出たよ、マジで……」
テレビの中の古田が、結局大炎上した投手に苦しいフォローを入れていたその時――ソファの脇にストライプスーツ姿の男が立っていた。爽やかで胡散臭い挨拶をしてきた。
「伊吹君! 変質者だ! お巡りさんを……!」
「いや普通にカシマさんでしょう。都合のいい時だけお巡りさんに頼らないでください」
それに警察なんかが来たところで何もできないだろう。こいつが発するオーラは間違いなくこの世のものじゃない。たぶん。てかオーラって何? よくわからないけど、まぁ普通の人間は語尾に星マークを付けることなんてできないし、こいつは八割方、怪異だろう。
「というわけで先生、はい。さっさと殴っちゃってください。二割の可能性を引き当ててしまった場合に先生が逮捕されることになるのでやっぱりお巡りさんは呼べません」
「いや、この禍々しいオーラ……彼が生きた人間ではないこと――つまりカシマさんであることは間違いないのだが……私が必ず説得してみせるから、君は黙って見ていてくれ」
キリッとした顔で人権派弁護士モードに入ってしまった先生。仕方ない、ここは一旦任せておいて、どうやって先生に殴らせるか策を巡らせよう。ちなみに「まがまがしい」の意味もよくわからなかった。
「カシマさん、だったな。君の目的は何だ。この世にどんな未練があるんだい? ……君は元々人間だったのだろう? 私にはそれが分かってしまう能力があってな。私に教えてくれないかい、君のこと。大丈夫、絶対に君を責めたりしないから」
先生は慈悲深い微笑を浮かべて、カシマさんに優しく語りかける。カシマさんはニヤニヤとしながらその様を観察し、
「なるほど☆ あなたはとことん他人からよく見られたいタイプの人間ですね☆ 『人からどう見られるかなんて気にするな』と言いながら、その反面、常に他人の目を気にしている。こういう人は嘘をつくことに罪悪感を覚えないが故に、嘘が顔や仕草に出にくいんですよね☆ だから訓練を受けていない一般人からすると本心を読むのが難しい。ただし、他人の意見に流されやすい傾向もあるので、ぼくのようなメンタリストからすると、無意識に働きかけて選択を操るのも簡単なんですよね☆」
「は……はぁ!? き、君……今何と……? まるで私が他人から高く評価されたいがために人権派を気取っているとでも言いたげな口ぶりではなかったか……?」
おいおい、それは先生のようなポリコレ人間には禁句だろう……何を早口で図星をついてやがるんだ。先生も怒りで目を見開きプルプルとしているじゃないか。このまま殴ってくんねぇかな。いや無理か、この人、自分が悪く言われる分には最後まで堪えるからな。他人から寛容な人だと思われたいから。ぷ。
いやいや、てかそんなこと考えてる場合じゃなかった。もっと聞き捨てならないことをこいつは言ってただろ。
「先生、今こいつ、メンタリストって言いませんでした? そういえば……確かにこの感じ……」
「お、バレてしまいましたか☆ そうです、僕はメンタリズムを駆使して他人の心を操るプロフェッショナル、メンタリストKashiMaです☆ どうぞお見知りおきを☆」
「ええー……」
嘘だろ、まさかこいつ……
「先生、たぶんこいつ『自分のことをメンタリストだと思い込んでるカシマさん』です……」
「な……っ、何だと……っ!? メンタリストって何だ……!?」
「何か読心術的なものを使ってエンタメ的なことする人です……先生、ポリコレ用語には詳しい癖にサブカルチャーとかエンタメ関連には疎いですよね」
そういやカシマさんのこのイケメン顔……どっかで見たことある気がする……生前にメンタリストとしてメディアに出たりしてたのかもしれない。
「なるほどな。またその系統の怪異か……で、そのメンタリストが私のことを『日本社会に蔓延する同調圧力を安全圏から批判しておきながら実際には同調圧力に屈しやすく周りにもそれを強要する偽善者』だと評したわけか……!」
そこまでは言ってないだろ。まぁ内心そういう自覚があるんだろうな。まぁいいや、
「そうです、先生! そんな謂れのない誹謗中傷を受けて黙っている必要はありません! さっさと除霊しちゃってください!」
「それとこれとは話が別だ。さぁ、カシマさん。遠慮せずに話してくれ。メンタリストの君はここに何をしに来たんだい?」
「えーと、失礼、あなたお名前は?☆」
こいつら二人とも話通じねーな。話通じない奴同士でどうやって対話すんだよ。さっさと拳で語り合ってくれ。
「黒沼千夜だ」
「それでは千夜さん、右手・左腕・右足・左足からどれか一つを選んでください☆ おっと、当然ぼくには言わずに、ですよ☆」
あ、ズルズルと何か変なの始まってしまった! カシマさんがパチンと指を鳴らして、パチンとウインクをする。うぜぇ。
でも、これって……中村さんが話してたやつだよな。ていうか、
「先生これ、アレです! メンタリストがよくやるパフォーマンスですよ! 相手が何選んだのか心読んで当てるやつ!」
そんでこいつカシマさんだから当てられたらたぶんその部位取られる!
あれ、でも中村さんは負けても痛みがあっただけで、結局何も取られなかったんだよな……。
「ほう。受けて立とうではないか。弁護士を舐めるなよ。私にだって心理学の素養ぐらいある」
「それはこちらも腕が鳴りますね☆ ちなみに千夜さん、利き足は?」
「右だ」
「利き腕も?」
「ああ、右だ」
思想は左だけどな。
「先生その右の拳でさっさとこいつをぶん殴って終わらせてください」
なに茶番に付き合ってるんだ。こっちは熱闘甲子園の続きが見たいんだよ。
「おっと☆ 外野は口出し厳禁ですよ☆ 選択は必ず自分の意思でしてくださいね☆ さて、どうします? 後悔のないようにじっくり考えた方がいいですよ☆ お気付きのようですが、ぼくが勝ったら人体を頂きます。あなたが選んだところの、ね☆」
やっぱりか……! 中村さん達はたまたま運が良かっただけで、負けたら腕や足を取られてしまうんだ!
くそぉ、右手なんか取られたら先生のワンパン除霊が……いやでもまぁ先生は指一本でも余裕で虐殺除霊できるし、何なら手足失って動けなくなったとしても僕が先生をぶん投げて怪異にぶつければ済むわけだし別にいいのか……いやいやいやダメだろ! 何てこと考えてんだ僕!? そんなことしたら僕が疲れるだろ! それに先生をブチ切れさせて衝動的に除霊ぶち込ませなきゃいけないことを考えると、とっさに出やすい利き手の拳で殴らせるのが圧倒的に楽なんだ!
くそぉ、何て卑劣な悪霊なんだ、カシマさん……! 絶対に右手だけは取られないでくれよ、先生! ていうかさっさと殴ってくれ!
「ふっ、まぁそう心配をするな、伊吹君。要するに詐欺師やエセ占い師、カルト宗教団体の手法だろう? 被害者の相談に乗るために、その類の知識は身につけているよ。そういう輩はこうやって早口で捲し立てるように質問をして情報を引き出そうとするのさ。つまりこちらが余計なことを口走らなければ心など読まれようがない」
先生もけっこう早口だった。
「さすがですね、千夜さん、腕に覚えがあるようだ☆ じゃあ、そろそろいいですか? モデルのように細長くスラっと伸びた左足でもいいですし、毛穴一つ視認できない、白く透き通るような右足という選択ももちろんアリです。左腕でも構いませんし、顕微鏡を使ってもシミ一つ見つけられないような女性らしいその右手を選んでいただいても結構です――さぁ、どれか一つ、選びましたか?☆」
「ああ、決めたぞ。それはともかく人の外見を勝手な基準で評価するのはやめろ。まるで足は細長くなくてはいけないとでも言うかのような表現は不適切だし、現にファッションモデル業界も今は徐々に多様性を認めるようになってきている。体毛の有無は個々人が自分の好みと健康を鑑みて選択するべきことであるし、肌の色で優劣や美醜が決まるようなことは絶対にあり得ない。シミやシワが現れる年齢は個人差・環境差があって当然のことだし、そして何より『女性らしい』見た目などない。理想の姿形を性別で規範するなど言語道断だッ!」
うわー……この人、他人の手足を奪う化け物を前にして何を言ってんの? そもそも霊能力以外無能なあなたがここまでやってこれたのってルックスが抜群にいいからだと思うよ? この星のルッキズムに感謝しな。
「オーケーです☆ それでは――ようこそ、メンタリズムの世界へ☆ あなたが選んだのは――」
ガン無視されてんじゃん。てか決め台詞キモ。
「――左手、ですね☆」
「――な……っ、な、何故……何故だ!? 何故バレた!?」
当てられたのかよ。何やってんだこの無能美人。
「ふふふ☆ これがメンタリズムの力ですよ☆」
「イカサマだッ!! どうせ隠しカメラでも仕掛けてあるのだろう!?」
「先生、ここはうちの事務所です。そしてカメラで心の中は撮れません」
「そうか、分かったぞ! 幽霊的な力で私の心を読んだんだな、このレイシストめ!」
幽霊的な力て。何だそのフワッとしたものは。あんた最強霊能力者だろ。
ちなみにレイシストは先生の中の最強の悪口である。横文字なので僕は言われてもあまりピンと来ない。ちんかすマンとか言われた方が百倍傷つく。あ、ちんかすパーソンか。
「先生、そうです。この卑劣なちんかすパーソンを今すぐ殴ってください」
「いや! 絶対に殴らん! 絶対にこいつの手口を暴いてやる!」
真っ赤な顔で鼻息を荒らげながら吠える先生。
うっそだろ、マジかよ……キレたことで逆に手を出さなくなるだと……!? どうすんだよ、除霊できないじゃん! てか対話はどうしたんだよ、こいつ。
「ハハ☆ そんなことしていませんよ☆ 超常的な力もありません☆」
いやお前いつの間にか部屋の中入り込んできただろ。
「まぁ、あえて言うのであれば☆ ぼくは当てたのではなく、選ばせたんです☆」
「選ばせた……だと……? 私が左腕を選ぶよう、誘導したとでも言うのかッ!?」
「その通り☆ 無意識に働きかけて行動を操るのが本当のメンタリストですから☆」
ちんかす星人がパチンと指を鳴らして語り始める。うぜぇ。
「ぼくは『右足・左足・右手』と言いながら、左手だけ『左腕』と表現していたんです☆ その上で、会話の中に『腕』というワードをさり気なく仕込み、千夜さんの無意識下に『腕』というイメージを刷り込んでいったわけです☆ こうなるともう千夜さんは提示された選択肢の中から唯一の『腕』である左腕を自然とチョイスしてしまうというわけですね☆ さらに、これとは逆のベクトルのテクニックも併用しました☆ 右手・右足・左足には千夜さんの感情を揺さぶる修飾を付ける一方で、左腕のみ何の説明も付け加えなかったんです☆ こうすることによって却って千夜さんの脳には左腕だけが強くインプットされてしまったんですね☆ このテクニックは千夜さんのような自分自身の選択に自信を持ちたがる人ほど効果的なんですよ☆」
「うっぐぅ……くそぉ……弁護士である私がこのような手に……!」
頭を抱えて歯ぎしりをする先生だが――いや、でもさ……。
僕はこのゲームにおける必勝法を思い付いていた。正直先生が指摘していたように幽霊的な能力で心を読まれている線も考えていたのだが、本当にメンタリズム一本で勝負してきているというのなら、絶対に負けない方法がある。
「ふふふ☆ 安心してください☆ まだ二回戦があります☆ では千夜さん、次は左腕の手首か肘、どちらかを――」
「待て、ちんかす――じゃない、カシマさん。ここからは僕が相手だ。先生の左腕をぶっち切るようなことはさせない」
おそらく先生は自分の腕が取られる段階になってもなお、強制除霊はしようともしないだろう。この人は、そういう人だ。ここは僕がこの人を守るしかない。
「……伊吹君……っ」
カシマさんに対峙する僕のことを潤んだ瞳で見上げてくる先生。はぁ、やれやれ、本当に困った人だぜ。僕がついてなきゃダメだな。
「カシマさん。僕が勝ったらもうこんなことはやめろ。人間に迷惑をかけるな。ただし僕が負けたら先生の両手足を全て根元からぶっちぎって持っていっていい」
「伊吹君!?」
安心してください先生。両手足が取れて軽量化された先生なら僕でも持ち上げて投げ飛ばすことくらいギリできます。
「え☆ まぁ、別に伊吹……さん? でしたよね、あなたと勝負するのは構いませんが……根元からはいらないですよ☆ というか両手足丸ごと奪ってどうするんですか……気持ち悪いですよ……ぼくが貰うのは当てた部位の――手首や肘や膝の
「は? 手首や肘や膝の人体……って何ですか? そんな日本語成立する? 手足の人体って……じんたい……人体って、靭帯のことかよ!」
「はい☆ 関節で骨と骨を繋ぐ組織のことですよ☆ え、何と勘違いしていたんですか……?☆」
くそ、何だそれ。何でこんな化け物に語尾に星マークつけながらドン引きされなきゃならないんだ。
「まぁそういうわけですので☆ 勝負は受け入れましょう☆ ぼくが勝ったら、ぼくが当てた部位の伊吹さんの靭帯と、千夜さんの両手足の全ての靱帯を貰いますね☆」
「それはそれで困るぞ!? 伊吹君どうするんだ!?」
いやホント困る。それでは四肢が付いた状態の先生を怪異に向かって投げ飛ばさなきゃいけなくなるじゃないか。僕の腕力で五十五キロを投げ飛ばすのは絶対無理だ。
まぁ絶対勝つから問題ないけど。
「まぁ任せてくださいよ、先生。あなたの尻ぬぐいは僕の仕事でしょう」
「君にそこまでさせるつもりはない! ていうかたぶん靭帯なくなってもそれくらいは自分で出来るはずだ!」
「いや本当に拭わせられたらパワハラで訴えますよ」
それにしても、こいつは何で靭帯なんて集めてるんだ?
つまりは、中村さんが手首に違和感を覚えてたのは手首の靱帯を奪われたからで、他の被害者も手首なり肘なり膝の靱帯を持ってかれたってことだよな。いやマジで考えれば考えるほどキモ。目的が全くわからん。
例えば一般的なカシマさんは生前に両手足を奪われたことの恨みで手足を求めて彷徨っているわけで、似た怪異で言うと口裂け女、もとい、口裂け人間は確か整形手術の失敗で口が裂けてしまったショックで自殺した霊とも言われている。
こいつの場合は、体のどこも失われていない姿で――って、え?
もしかして、こいつ……。
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