「自分のことを人権派弁護士だと思い込んでる最強除霊師」が「自分のことをマナー講師だと思い込んでるこっくりさん」とかをできるだけ苦しめずにポリコレ安楽除霊しようと頑張るけど結局ワンパン残虐除霊しちゃう話

アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)

第1話 自分のことをNHKの集金人だと思い込んでるメリーさん

「早く! 早くやっちゃってください! さっさと除霊お願いしますよ、先生!」

「待て待て待て! 待ってくれ伊吹いぶき君! 簡単に除霊とか言わないでくれないかい!?」

「簡単でしょう! あなたワンパンでどんな霊でもぶっ殺せるんですから! さぁ早く! 早くしてくれないと先に僕の腕が逝きそうです!」

「うぅ……分かった、分かったから! 除霊はするさ! だから伊吹君! 君もちゃんとサポートしてくれ! そもそも今日も今日とて君が私を騙してここに連れてきたのだからな!?」

「いやだからさっきからずっと僕がこいつを羽交い絞めにしてあげてるでしょう!? さぁ、一思いにやっちゃってください!」


 僕の腕の中で、包丁を手にした体長五十センチ程の西洋人形がジタバタともがいている。『わたし、メリーさん』とかどうとかほざき続けている。ホント何だこいつ。気持ち悪。僕はお前を押さえつけるのに必死で立ち上がることもできないんだぞ。人形のくせに何なの、その力。気持ち悪。


「いや、一思いにと言われてもだなぁ……この子は……この子は一思いには逝けないじゃないか……!」


 僕(withキモ人形)の目の前で、黒髪ショートのお姉さん――黒沼くろぬま千夜ちよ先生が自らの拳を見つめながら、タイトなパンツスーツに包まれたその細い体を震わせている。

 はぁ……またか、この人……。


「先生、何に気を使ってるんですか? 毎度のこととはいえ……わかってるでしょうけど、こいつ所謂メリーさんって奴ですよ。ただの悪霊です。知らんけど」

「また君はそうやって……! 悪霊だろうが何だろうが普遍的な権利を持っているのだよ! ゴーストウェルフェアだ! 確かにこの子が人間に与える危害を考えれば公共の福祉を守るためにもここで除霊しなくてはならない……! しかしだな! 祓うにしても出来るだけ苦しみを与えない方法でなければならんのだ! 私の拳では絶望的な程の苦痛を与えてしまう! 残虐な除霊になってしまう!」

「除霊に残虐もクソもないんですよ! てか前から思ってたんですけど、拳で強すぎるならデコピンとかにすればよくないですか!?」

「デコピンでも無理だ! 私が力を抑えようとすればするほど、むしろじわじわと苦痛を長引かせるだけになってしまうのだ! 拷問になってしまう! だからこそ君に頼っているのだよ! 今日こそ霊に――この子にスタニングを!」

「前から思ってたんですけど、そのスタニングって何ですか!? 義務教育すらまともに受けてない僕に横文字使わないでください! 何ですか、マウンティング取ってんですか!? 先生の悪い癖ですよ! 日本語でお願いします!」

「祓う前に意識を飛ばしてくれと言っているのだよ! 麻酔なり電気ショックなりで!」

「人形って麻酔や電気ショックで意識飛ばせるんですか!?」

「知らん! たぶん無理!」


 ダメだこいつ。


「じゃあ包丁奪い取って脳天スパイクでもしてみますか。一気に意識なくなるかも」

「ダメに決まっているだろう!? 非人道的にも程がある!」


 うぜぇ。最強除霊師のくせにいろいろ面倒くさすぎる。しょうがない、ダメ元で人形の首を思いっきり絞めてみよう。もしかしたらこれで落とせるかもしれない。


『わだじ……っ、わだじっ、メリーざんっ』

「ひっ!」

「ひっ! じゃないですよ、最強除霊師が何こんなのにビビッてんですか……一番危険に身を晒してんのは僕なんですからね」


 僕の腕で首を圧迫された人形が、これまでの少女っぽい声とは打って変わった低く濁った声で呻く。ちなみに僕の腕を引きちぎらんとするが如く暴れるその力はより強くなっている。うん、腕力で落とすとか普通に無理だわ。当たり前だった、こいつメリーさんだもん。


『わだじっ、メリーざんっ、今っ、あなだの部屋の中にいるのっ! ほら、やっぱりテレビあるじゃないですか。電話越しでも大河ドラマの音聞こえてましたからね。ダメですよ、嘘ついちゃ。これは法律に定められた義務なんですから。はい、受信料』

「ひぃっ!? 何なのだこの子!? 何なのだこの子!? 何で後半から突然セールスパーソンのようにスラスラ話し始めるのだ!? 人形が動いているのとは別の次元で怖いのだよ!」

「やっぱりこいつ自分のことNHK受信料の集金人だと思い込んでますね……キモ」


 あとセールスパーソンって言い方もキモい。


「自分のことをNHKの徴収員だと思い込んでるメリーさんって何!? 何でうちには毎度毎度こういう変な怪異に関する依頼ばかり舞い込んでくるのだ!?」

「先週も自分をウーバーイーツの配達員だと思い込んでるメリーさんの除霊しましたもんね……」


 依頼人の家に近づいてくる度に逐一アプリに連絡を寄こしてきていて便利そうだった。でもメリーさんだったからワンパン除霊した。先生は最後まで人道的な除霊を主張してごねていたけど何とか騙して――もとい、説得してワンパン除霊させた。てか人道的な除霊って何? そんな言葉ある?


「ていうかもう自分のことを何か別の存在だと思い込んでいるメリーさん案件がこれで四件目だからな!? なぜ私がこうやって何度も何度もメリーさんを名乗る西洋人形を…………西洋……人形……?」

「どうしました、先生。急に間抜け面して。何かいい案でも思いつきました?」


 何でもいいから早くしてくれないと僕の腕が持ってかれるんですけど。悪霊の苦痛を軽減するために僕が苦しむんですけど。


「なぜ……なぜメリーさんは白人ばかりなのだ……?」

「そりゃメリーさんですから。昔からメリーさんは白人って決まってますから。てか西洋人形が基本白人モデルなのでは」

「ふざけるな!!」

「あ、何もふざけてないです。肩ちぎれそうなんでふざけてる場合じゃないです」


 ホント何でこの人はいつもいきなりブチギレるんだ。こわ。


「何なのだ、その多様性の欠如は!? 西洋には様々な人種の人間がいるのだぞ!? それなのにメリーさんは白い肌・金色の髪・青い目――そればかりではないか! このメリーさんになってしまった人形を作っている企業はどこの玩具会社だ!? どうせ日本だろう、そうなのだろう!?」


 あー、めんどくせー。またいつものやつが始まった……まぁいいや、こうやって感情的になってくれた方が扱いやすい。


「そうです、日本の玩具会社です」

「やはり!」

「でも製造は東南アジアです。どうやら現地の人達を不当な低賃金で雇い、劣悪な環境で働かせているようです。まさに奴隷のような強制労働がまかり通っているとニューヨーク・タイムズで読みました」


 もちろん嘘である。英語とか読めないし。


「な、なんだと……!!?」


 それでも熱くなったこの人を騙すのには充分だったようだ。先生はショックで崩れ落ちるように床に片膝をつき、わなわなと肩を震わせている。よし、この調子だ。


「しかもあえて耐久性を落として破損しやすいようにしているそうです。消費を増やすために。だからしょっちゅう捨てられてメリーさんになるんでしょうね。その反面、パッケージなどは過剰包装されていて無駄なプラスチックゴミ出しまくりという始末です」

「…………っ! おい……おい!! この人形は……まさに悪魔のような存在ではないか……!?」


 いいぞ、もうひと押しだ!


「それだけじゃありません! この人形は着せ替えができるのですが、公式で販売されている衣装はナース服や女性客室乗務員の制服、料理をするためのエプロン姿にウエディングドレスといったものばかり――しかもその商品のキャッチコピーにはどれも『女性らしさ』を強調し、『女性らしい』仕事や結婚や出産のみを賛美するような――」

「ああああああああっ!! ジェンダーロォォォォォル!!」


 ついに沸騰した先生がその拳を振り上げ、人形の腹に叩きつける。なんか必殺技の名前叫んだみたいになってる。


「ああっ! またやってしまった……!」

「さすが先生、いつものパターン!」


 当然、人形を抱き込んでいた僕のみぞおちにも衝撃が来たわけだが――全然大したことない。

 そう、しょせんはただの身長百六十センチ・体重五十五キロ・体脂肪率二十五パーセント、好きな食べ物エクアドル産カカオのフェアトレードチョコレートの、二十八歳一般女性の殴打に過ぎないのだ。

 そんなアラサーパンチをくらったメリーさんは、


『じゅ……っ、じゅしっ、じゅしんっりょっ……………………、アガガガガガガガガガガッッ アガガッッッ じゅしっ、じゅシッ、ジュシッ ジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジジュジ』


「ひぃ……!」

「うわぁ……何か変な液体いっぱい出てきたんですけど……きめぇ……」


 壊れたレコードのようにもがき苦しむ声と共に、ガタガタガタと震えながら目を飛び出させ、自らの手でその金髪を引き抜き、体中から赤黒い液体をまき散らしていくメリーさん(受信料徴収員)。

 僕の腕から飛び出し、床をのた打ち回ると、徐々にその動きを弱めていき――ついには髪も全て抜け、四肢がグニャグニャに折れ曲がった状態でビクンビクンと痙攣した後、息絶えていった。

 その間約三分。

 床に壁に家具にドタドタとぶち当たりまくるわ、呻き声もうるさいわで、こんな夜中にいい近所迷惑だ。まぁ人んちのアパートだからどうでもいいけど。


「ううぅ……また与える必要のない、いや絶対に与えてはならない苦痛を与えてしまった……! こんな行為は許されない……!」

「そんなことより依頼人はどこに消えたんでしょうね。受信料の徴収からは逃げられても、うちへの報酬の支払いからは逃がしませんよ」


 体中に付いたキモ液体を依頼人ちのソファで拭いながら部屋を見回すと、


「お、お、お、終わりましたか……? え、うぅ……!? うおぇ……っ!」


 隣のキッチンから這い出てきた茶髪の女子大生が真っ青な顔でこの惨状を認めるなり、口を押さえて嘔吐した。


「あ、三崎さん。仕事は無事完遂しました。除霊代十万円と人形および包丁の引き取り代二万円で合計十二万円(税抜き)、現金一括でお支払いお願いします。あと僕と先生のスーツのクリーニング代も後で請求しますね」

「伊吹君、君なぁ……」


 崩れ落ちたままの先生がドン引いているが、仕方ない。今月の事務所の家賃すらピンチなんだから。


「うぅ……あ、いや、ありがとうございます……大丈夫です、借りている奨学金で払うので……」

「あ、貸与型奨学金の話とか出ると先生が燃え上って面倒くさいんで、さっさと金だけ払ってください。先生が復活する前に引き上げるんで」

「わ、わかりました……でもよかったです、本当に怖かったんで……。結局あれは何だったんですか……? やっぱりただのメリーさんではなかったですよね……?」

「自分のことをNHK受信料の徴収員だと思い込んでるメリーさんでしたね」

「…………っ!? ……そっか……うちに訪ねてくるのなんて毎週のように来る集金人くらいだったから、あたしに捨てられる前にいつもそれを見ていたこの子は……」

「あ、聞いてないんで大丈夫です。じゃあもう僕ら帰るんで。また何かあったらぜひうちに」

「は、はい、もちろんです……! やっぱりガールズちゃんねるの噂通りでした……変な幽霊への対処なら黒沼くろぬま千夜ちよ除霊事務所だって」

「はい! うちの黒沼千夜先生は日本最強の霊能力者ですから! まぁ、凶悪なだけの怪異の除霊なら他にもできる人達はいますが、その怪異達がなぜそんな行動を取っているのか理解できなければ、いくら力があっても無意味ですからね!」

「そうなんですか……何か幽霊の未練や恨みを読み取って成仏させてあげるみたいな感じですよね、普通……」


 本来こんな営業トークなんて僕の仕事じゃないんだが……事務所唯一のスタッフとして僕がやるしかない。そうでもしなきゃ食ってけない。


「まぁ成仏とか特定の宗教用語使うと先生が面倒くさいんですけど、たぶんだいたいそんな感じの理解で合ってると思います」


 正直僕もわからん。だってわかる必要ないし。


「その点、先生は怨念とか無念とか全部無視して力づくでワンパン強制除霊できますから! 他の霊能力者が霊に対して説得や交渉や懇願している一方で、先生は対話抜きでいきなり核兵器打ち込めるんです! 理解不能な怪異――自分のことを何か別の存在だと勘違いしているような霊の除去なら――黒沼千夜除霊事務所で決まりです!」


 お決まりのセールストーク終了後、依頼人からお金を受け取り、玄関に向かう。先生を置いてきてしまった。

 膝を抱えてへたり込んでいた先生の腕を取って無理やり立ち上がらせる。ホント何なんだこの人。最強除霊師のくせに面倒くさすぎる。


「まぁ……何というか言いたいことは山程あるのだが……三崎君、支払いが厳しかったら無理せず言ってくれたまえよ? 受信料についても無償で相談に乗ろう。私もNHKのやり方には思うところがあるしな……少なくとも女子学生の家にしつこく押し掛けるような真似など言語道断だ」


 先生が依頼人に歩み寄り、包み込むような優しい顔で語りかけ始める。はぁ……またこの人は……。


「それと奨学金やアルバイト先の労働環境のことについても悩みがあれば、」

「なに弁護士みたいなこと言ってんですか? 悪い癖ですよ、先生」

「弁護士なんだよっ!!」


 先生が崩れ落ちながらテーブルに両拳を叩きつける。うわぁ、人んちの家具に何てことしてんだ、この人。


「バカなこと言ってないで帰りますよ、先生。あ、そうだ三崎さん。アレだったらこちらでテレビも引き取りましょうか。あの大きくて最新っぽくて高く売れそうなやつ。ほら、受信料もあれだし、あーあとたぶんテレビにまでメリーさんの怨念的な何かが染みついちゃってる気がするんですよね」

「上司の弁護士の前で何を詐欺めいたことやっているんだ、伊吹君!」

「いやあなた、ただの除霊師だし。ただの最強除霊師だし」

「べ・ん・ご・し! 弁護士! ていうか何で毎度毎度、依頼人までナチュラルにうちを除霊事務所だと思い込んでいるのだ!? うちは法律事務所だ! 黒沼千夜法律事務所! 除霊事務所って何!?」

「え、あたしがガールズちゃんねるで見た情報では、法律事務所の皮を被った除霊事務所だと……」

「仮に除霊事務所とやらだったとして、なぜ皮を被る必要がある!?」

「え、だってそっちのがカッコいいし……除霊事務所とかアウトローなことやるなら堂々と看板掲げるより地下でやってた方がそれっぽいです。そこら辺が逆に信用できるってガールズちゃんねるでも言われてました」

「ずっと流してたけどそのガールズちゃんねるって何なんだ!? 君はどれだけそのチャンネルに信頼を寄せているのだよ!?」


 どうやら三崎さんも他の依頼人と同様、口コミでここまで辿り着いてくれていたようだ。まぁ僕は普通に除霊事務所として看板掲げるどころか、東西線辺りに脱毛広告並の規模で先生の顔面ドアップポスター打ち出したいんだが。


「三崎さん、あなたがガールズちゃんねるで得たその情報は間違ってないので、どんどん広めてください。先生の虚言癖については……察してください。先生はこの強力すぎる霊能力を使う度に脳に深刻なダメージを受けていて……」

「虚言癖などないっ!! 私は正真正銘の人権派弁護士、黒沼千夜! 好きなものはキング牧師と社会福祉、嫌いなものは児童労働と自由民主党!」

「ラップですか? さすが先生、かっこいい」

「意図して押韻したわけではない! そもそも今日だって除霊する気なんてなかったのに……また君に騙されて……『電話しながら家に近づいてくるストーカーかもしれない』とか言うから! 日本の警察は実害がないと動かないからな。くそぉ、あいつら法を逸脱した調査や中世のような取り調べはする癖に、大事な時に……とにかくっ! 私は人権派弁護士として怪異の権利も当然尊重すると決めているのだ! 怪異福祉だ! 彼ら彼女らともしっかりと対話して交渉の上で問題を解決する。一切の苦痛など与えずにな! 大体、もっと言えばな、実害がなければ除霊する必要すらないのだ。誰にだって好きなように存在する権利があるのに、人間が彼ら彼女らを勝手に怖がっているだけだろう。今回はこの子が包丁片手に家の中まで入ってきたから仕方なく動いただけだ」


 何言ってんだこいつ、警察か。

 だいたい、あなたがいくら弁護士を名乗ったところで弁護士としての仕事なんてないんだから仕方ないでしょ。食っていくためにはちゃんとその力を使ってもらわきゃいけないし、あなたにしか救えない人がいるのも事実だし。

『自分のことをヴィーガンだと思い込んでるキョンシー』とか『自分のことをタトゥーだと思い込んでる人面瘡』とか『自分のことを不幸の手紙だと思い込んでるマイナンバー通知カード』とか、あなたの強制除霊能力以外で誰がどうやって解決するんだ。話通じるわけないだろ。


 自分のことを人権派弁護士だと思い込んでる最強除霊師――どんな意味不明な怪異でもワンパンで残虐奴隷できるにもかかわらずポリコレ除霊にこだわる黒沼千夜先生は――今日も今日とて面倒くさかった。


 テレビは貰って帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る