第15話 キシール
「あのねー、ぼくねー、まおうさますきだよー」
ある日、キシールは唐突にこう切り出した。
「おかあさん死んじゃって、悲しかったけど。けど、まおうさまがここに連れてきてくれたからおひいさまにも会えたしー」
「……そう、キシール、お母さまを亡くしているのね」
カイドルさんも、親を亡くしたドラゴンを魔王が巣穴から拾ってきた、と言っていた。
(キシールが何歳なのかわからないが)幼くして親を亡くすのが辛いことは、人もモンスターも、さほど違わないだろう。「辛かったわね」と額を撫でると、「みゃむ」と心地よさそうに鳴いて笑った。
「だいじょうぶ。ここにはみんないるからね!」
「そうね……すごく、たくさんモンスターがいるわね。当然よね、魔王城だもの。キシールは、この城のみんなとお友達なの?」
「みんなじゃないけど。ここはモンスターの孤児院みたいなものなんだって」
「孤児院?」
「うん。親を亡くした子どもが集まるんだ。みんな、おかあさんを、ゆうしゃに殺されたんだよ」
「勇者さま、に?」
鼓動がドクンと跳ねる。
わたしの動揺を知らずに、キシールはまるでなんでもないことみたいに、「そうだよ」と言って笑う。
「えっとね、ゆうしゃはまおうを殺すのが使命だから、強くなるためのけいけんち? のためにみんなは殺されたんだって」
いくら主神の加護があっても、一度も戦わなかったものは強くなれない。勇者さまが強くなるにはモンスターを倒して経験値を稼ぎ、レベルアップすることが必要だった。
神殿の管理下で修業していたころの勇者さまを覚えている。騎士と剣の修業をし、郊外ではじめてモンスターを倒した時、とても嬉しそうに報告してくれたあの笑顔は、勇者さまの足が次第に神殿から遠のいた後も、ずっとわたしの宝物だった。
だけど、そんな時期はあっという間に過ぎ去った。勇者のスキルによって少しの戦闘で尋常じゃない経験値を手に入れることができるので、勇者さまはまたたく間に強くなったから。
今では、彼は一刀でドラゴンを切り殺す勇者ともてはやされている。
はたして、殺されたドラゴンは、一体誰の親だったのだろう?
スキルは聖女の祈りで主神から与えられる贈り物だと教えられ、わたしは彼が強い力を得られるように祈り続けてきた。それが通じたのかはわからないが、主神の加護でスキルを得て勇者さまは強くなった。
聖女の祈りが、ほんとうに勇者を強くするものであるのなら。つまりそれは、わたしがキシールの母親殺害に強く関与しているのと同じことではないのか。
勇者さまは世界の希望。魔族を排除し、魔王を打ち滅ぼし、世界を平和に導く。ずっとそう信じていた。
だけど。
魔王城で暮らすモンスターたち。みんな穏やかで、優しくて、魔王を慕っている。昼間は領地の巡回や狩りなどに勤しみ、夜はみんなでにぎやかに過ごすのを好む。魔族が、世界を滅ぼすために日夜活動しているわけではないことを、わたしはもう知っている。
もしかしたら、と思う。思わずにはいられない。
もしかしたら、わたしはずっと、間違っていたのだろうか。
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