第11話 相反する感情の中で
何を言い出したのかとっさに理解できなかったのだろう。驚きのあまり口を開いてこちらを見たまま動けない二人に、わたしは続けてたたみかける。
「聖女とは、主神の愛し子であり勇者の伴侶です。つまり、わたしの祈りは、伴侶向けなのです! だから、魔王陛下がわたしのお婿さんになってくださらないと、わたしの祈りはうまく主神には通じないでしょう!」
「いえ、あなた、ずっと神殿に騙されて……」
「騙されていたのだとしても! わたしは! このやり方しか知りません! 魔王陛下のお嫁さんになれないなら、魔族のために祈るなんてできません!」
内心ドキドキしていた。とんでもないことを言っている自覚はあった。
魔王と聖女が結婚するなんて、聞いたことがない。魔王は勇者の敵だし、聖女は勇者の伴侶なのだから。
「ふざけるなよ。おまえなあ、俺をなんだと思ってるんだ!」
「あなたこそ、わたしを、なんだと思ってるんです? 聖女、聖女って。もう聖女じゃないって何回も言ってるじゃないですか!」
「いや、どう見てもお前が聖女だろう。何を言ってるんだ?」
「勇者に愛された者が聖女なんです。そう神殿で教わりました。勇者さまがミーシア姫と愛し合っているということは、もうわたしは聖女の資格を失ったんです!」
「はあ!? そんなことくらいで聖女が交代するもんか」
「神殿の教えにケチをつけるつもりですか! 魔王が、聖女についていったい何を知っているっていうんです!?」
「……百歩譲って、おまえが聖女じゃないなら、何で魔王と結婚するなんて言い出したんだ?」
魔王の言葉に、わたしは息を詰まらせて言い返せない。
そうだ。本当に聖女でないのなら、とっとと祈ってしまえばいいのだ。ただの女になったのならば、わたしの祈りは何も生み出さないだろう。けれど、わたしはそれをしたくなかった。わたしの祈りが本当に無力であれば、わたしは聖女ではなくなったのだという現実を受け入れるしかなくなってしまうから。
だからこうやって、とんでもない要求を突き付けて魔族を煙に巻いて、自分のこころをごまかそうとしているのかもしれない。
結局、わたしが一番聖女という役割に固執している。
産まれてすぐに神殿に引き取られて、ずっと聖女として勇者を愛せと教えられてきた。聖女であるということは、もうすでにわたしの一部に組み込まれている。
自分が聖女だという自己同一性を奪われたくないのに、こんな方法でしか抵抗できない。
「答えられないのか。結局おまえは、自分のことを自分で決められないから、他人の決定に依存しようとしているだけなんだよ。昨夜、誘拐に簡単に乗ってきたのもそうし、今俺たちに選択を迫っているのもそうだ。くだらないな、自分のことくらい、自分の頭で考えて決めろ!」
ケンカ腰に突っかかってきた魔王に何か言い返さなければと息を大きく吸い込んだところで、カイドルさんが額に手を当てて「頭が痛い」みたいなポーズをとってこう言った。
「ちょっと、ちょーっとお時間くださいね、聖女さま」
そのままカイドルさんは魔王を連れて部屋を出て行った。
カイドルさんによれば、処女を失えば聖女としての力も失うらしい。ならば魔王がわたしを本当に伴侶にしようとすれば、聖女の力は今度こそ、誰も疑問を持たない状態で失われるだろう。だから、魔王はわたしを伴侶とすることはできないはずである。彼らにとって、祈れない聖女に価値はないのだから。
そして、もしカタチだけの結婚で伴侶にしようとしたって、聖女の祈りは愛を捧げることだということは変わらない。もしわたしがまだ聖女だとしても、わたしが魔王に心を寄せなければ、恋さえしなければ、人類が傷つくことはない。
わたしはどうなったってかまわない。どちらに転んでも人類に損はないのだから。
あとは、魔王が婚姻を受け容れるかどうかだけだ。
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