第14話 魔王城での日々
それからの魔王城での日々は、驚くほど穏やかだった。
朝。長年の習慣で日の出早々に目が覚めると、脇で眠っているキシールを起こさないように起き上がり、身支度を整えたところでカイドルさんがお茶を用意してくれる。
朝焼けが差し込む窓辺で本を読みながらお茶を飲んでいると、体温が上がってきたのだろう、キシールが覚醒してのそりのそりと歩き始める。そして食卓の脇でお腹を鳴らせたところで朝ごはんにするのが、すでに習慣となっていた。
食事の用意を手伝います、と何度言ってもカイドルさんはわたしを厨房に入れようとしない。こう見えても、神殿では時々炊事場を手伝っていたのだ。わたしにだって調理ぐらいできるのだけれど。……もしかしたら、厨房に入られたくない理由でもあるのかもしれない、とわたしは少しだけ疑っている。
いつもなら朝食が済んだ後はカイドルさんの許可が下りる範囲で雑務を手伝ったり、読書をしたりして過ごすのだが、今日は様子が違った。
普段通りなら、朝食後はみゃむみゃむ言いながらもうひと眠りするキシールが、なにやらもぞもぞと動いたかと思うとわたしの前に陣取ったまま動かない。どこにも行かないで、と言われているような気がして、優しく鼻の頭を撫でていると、ふと、口を開いてこういった。
「みゃー、お、ひさま」
「キシール、あなた、言葉を!?」
わたしがこの城で出会ったモンスターたちは人語を話す者も話さないものもいたが、これまでキシールが意味のある言葉を話したことはない。だからドラゴンは人語を話せないのだと思っていた。
その思い込みを訂正するように、カイドルさんが言う。
「ドラゴンは本来、人語を解するモンスターですよ。しかし、随分早い成長だ。これも、聖女のお力でしょうか」
そんなはずない。キシールのために祈ったことなどないのだから。
ただ、毎日よく、暇さえあれば撫でながら語りかけてはいる。初めて見た時こそ驚いて悲鳴を上げてしまったが、つるつるの鱗に覆われた体は触るとひんやりしていて心地よく、わたしによく懐いてくれたこともあって、キシールはあっという間に、この魔王城での一番の友だちになっていた。
そのキシールは何度か同じ単語を口にするが、まだうまく喉を動かせないようで発声が不鮮明だ。どうも、「おひさま」と言いたいわけではないらしかった。「おひーさま、おひーさま」とわたしに自分の鼻をこすりつけていたが、
「もしかして『おひめさま』と言いたいんじゃないですか?」
というカイドルさんの言葉に、何回も首を縦に振った。どうやら当たりらしい。
「聖女様のことを、お姫様だと思ってるんですね」
「まあ、キシール。わたしはもう聖女じゃないし、お姫様でもないのよ。ただのリディ。言えるかしら?」
何回「リディ」と言わせようとしても難しかったみたいで、結局キシールはわたしのことを「おひいさま」と呼ぶことに落ち着いた。
しゃべれるようになったキシールはそれから、ほんとうによくしゃべった。まるで子どもが母親に一日の報告をするかのように、何時間でもしゃべり続けられるみたいだった。
少し戸惑いもしたけれど、それまでは一方的にわたしの話を聞かせるだけだったから、カイドルさん以外の話し相手ができたようでうれしかった。
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