第13話 はじめてのケンカ

 「ちょっと待っていてください」と言われたので、わたしはキシールとタイルと一緒に、おとなしく待っていた。

 しばらくして二人は戻ってきたが、わたしを見て微笑んだ(ように見えた)カイドルさんに比べて、魔王は随分くたびれている様子だ。一体、廊下で何を話していたのだろう。


「えー、聖女様。先ほどの件ですが、婚姻のことは前向きに検討させていただきます」


 カイドルさんのあっさりした返答にわたしは驚く。そんなにあっさり、承諾に近いことを言われるだなんて思ってなかった。だって、魔王と聖女だ。水と油くらい正反対だ。結婚なんてできるはずない、そう思っての提案のつもりだった。


 しかし、そっちがその気ならこちらにもいろいろ準備する余裕ができる。

 そう考えて、わたしは再び飛び上がった鼓動を落ち着かせる。


 魔王がわたしの要求通り結婚するというのなら、魔族は本気でわたしを聖女として扱い、主神に祈らせて加護を得ようとしているということがわかる。その本音がわかっただけでも、この提案をした意味があった。


 おそらく、魔族はこれからなんとしても主神から加護をもぎ取ろうとしてくるだろう。しかし、そのためにはわたしの心を解きほぐし、愛をもって祈らせる必要がある。

 つまり、わたしが聖女であろうとなかろうと、魔族に心を許さない限り、人類は安泰だ。


 わたしがこっそり胸をなでおろすと、カイドルさんは続けてこう言った。


「とは、言いましてもね……聖女様も我々魔族のことはあまりご存じでないでしょうし、我々としましても、よく人となりを知らない方を妃に迎える、というのは、ねえ?」


 カイドルさんは魔王の方にちらりと視線を向ける。

 魔王は先ほどからずっと、むっつりと黙り込んで目を閉じている。


 何を考えているのだろう? このひとは本当に本気で、わたしと結婚するつもりなんだろうか。


「ですから。婚約の前に、まずは相互理解をしませんと。そのためにはですね、やはり会話が一番ではないかと思うんですね、はい」


 カイドルさんがまるでお見合いの仲人みたいに「あとはお若いお二人でどうぞご歓談を……」と席をはずそうとした途端、魔王は瞳を開けてわたしを睨みつけた。そしてそのまま、鋭く言葉を吐き出す。


「聖女。何が狙いだ? 俺たちを、魔族を利用して、勇者に突き出して復縁でも迫るつもりなのか?」


 向けられたのは、疑念とはっきりとした敵意だ。


 しかし、その程度でわたしは怯まない。

 勇者さまに追放を宣言された時に比べれば、こんなことなんてことはない。

 だってわたしは、このひとを愛しなんてしないんだから。


 喧嘩腰でそう言われることは、魔王のことなんて絶対好きになるつもりなんてないわたしにとっては、むしろ好都合なのだった。


「……まあ、わたしを疑っていらっしゃいます? 魔王陛下はなんて陰険なんでしょう! わたしにはなんの含みもありません。聖女であるわたしが祈れるのはただ、伴侶のためだけだというだけです」


「ほー、自分が聖女だと認めるわけか」


「……言葉のあやです」


「しかしなあ、聖女が魔王の伴侶になろうだなんて、主神を冒涜するにもほどがあるだろう。それともわざと、カマトトぶってるのか?」


「かま……?」


「それともそうやって、何も知らないふりで同情を引こうとしているのか? あいにくだが、俺たち魔族にそんな余裕はない。さっさと祈れよ、聖女。結婚なんてする必要はない」


「……カイドルさん、かまととって、どういう意味です?」


「知っているくせに知らないふりをすることですね。……特に、男性経験が豊富な女性が処女のようにふるまうことを指します」


「は、はれんち! はれんちです!!」


 なんてことを言うんろう。わたしはずっと神殿で温室栽培されていたようなものなのだ、男性経験なんてあるわけがない。同じ年頃の男性と話すのだって、ずっと勇者さまとしか許されなかったというのに。

 カイドルさんの解説を聞いて顔を赤く染めて怒ったわたしを見て、魔王は本格的に顔をしかめた。その顔に、わたしは追い打ちをかけようとするが、血が上った頭ではろくな言葉が湧いてこない。


「セクハラ! 二重人格!」


 それでも思いつく限りの罵倒をぶつけると、魔王は何を考えているのか、言い返してきた。


「性的ネンネ! 神殿の操り人形!」


 その言葉にさらに腹を立てては罵りあいを繰り返す。

 子どものケンカみたいな言い合いを続けているわたしたちを見て、カイドルさんは


「……前途多難、ですね」


 と呟いたが、それに返事するのはキシールだけだった。

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