第16話 気づき
「おひいさま? 具合わるいの? かいどーさん呼んでくる?」
キシールの言うかいどーさんとはカイドルさんのことだ。辛い思い出を話したばかりだというのに、自分のことではなくわたしを気遣ってくれる。キシールは、思いやりのある、優しい子だ。人間と、何も変わらない。
そのことに泣きそうになってしまう。
「大丈夫よ、ありがとう」
「でも、なんだか顔が青っぽいよ、スライムのタイルくんみたい」
金色の瞳をぱちぱちと瞬かせたかと思うと、「かいどーさん呼んでくるね」と言ってキシールは部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、考える。
カイドルさんは以前、わたし次第で魔族に加護を与えることもできると言っていた。しかし祈ってほしいと言いながら、魔族がわたしにそれを強要しようとする動きは今まで一度も見られない。寿命が長い分時間の感覚が人間とは違うのかもしれないけれど、わたしはそれに甘えて魔王城での時間を過ごしてきた。
そのおかげで魔王城ではわたしは時間を持て余し気味で、今までのことや聖女や勇者、魔王のことについてよく考えるようになった。
神殿にいたころとはまるで真逆だ。
神殿にいたころは、モンスターに家族を殺されたという人々を慰問に訪れ、数々の儀式に連れまわされ、そして勇者さまのために祈る毎日で、今のようにものを考えるという時間はなかった。
ただ、与えられた要求をこなすことで精いっぱいの日々。勇者さまで心を満たし、主神に祈ることだけを要求されて、わたし自身の考えを求められたことは一度もなかったように思う。
神殿はわたしに何も考えず、勇者のためだけに祈ることだけを要求し、魔王城はわたしに祈りよりも、時間を与えて考えることを求める。
「自分のことくらい、自分で考えて決めろ」と魔王は言った。わたしは状況に流されて他人に選択を委ねているだけだ、と。
確かにわたしは、聖女としての役割に追従して過ごしてきた。ただのリディとして自分の在り方を考えたことなんてなかったかもしれない。
キシールの話はきっかけとなった。わたしが、自分が何をしてきたのか、正しい情報を知りたい。知ったうえで、これから自分がどうするかを考えたいと思ったのだ。
しかし考えよう、と思ってもかなしいかな、わたしには前提となる知識が欠けている。
産まれてすぐに神殿に引き取られて、聖女としての教育しか受けていない。しかし勇者と魔王を取り巻く人間と魔族の戦争について知ろうと思ったら、神殿で教わった話だけではまったく情報が足りないだろう。
争いを客観的な視点から考える時、どちらか一方の視点からの情報に偏ってはいけないというのは、神殿で行われていた訴訟事項の調停を見ていれば理解できた。
つまりわたしに必要なのは、魔族から見たこの『戦争』についての情報で、それを知るためにわたしが最初に頼るべきなのはやはり、
本だろうか。
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