第5話 魔王城への招待

「あなたをここから連れ出し、私の城に招待したいな。魔族は追い詰められている。今ほどの贅沢はできないだろうが、衣食住に不自由はさせない。行動の自由も保証しよう。ただし、勇者のために祈ることだけは禁じる。繋がりが途絶えた今、それは難しいことではないはずだ」


 魔王の狙いがなんなのか、見当もつかない。聖女の祈りが勇者に力を与える、と神殿では信じられているし、わたしもずっとそう信じていたけれど、勇者さまのこころがわたしから離れた今、彼の言葉が頭から離れない。

『その聖女の祈りってやつ、嘘っぱちなんだろ? オレが強くなったのは、オレの努力の結果だ』

 認めたくはないがそれが真実だとしたら、わたしの祈りにはなんの効果もないことになる。


「わたしが、祈ることをやめたところで……勇者さまはもう、十分強いです。無力化なんてできません」

「なぜそのようなことを? ……思ったんだが、この国の者どもは何か勘違いしているのではないかな? 聖女をこのように無防備にさらけ出して、未だ侵入者にも気づかない。優先順位を間違えているように感じるな。この戦争において、重要なのは勇者よりも、聖女だ。勇者はただ、力の容れ物に過ぎない。本当の脅威は、あなただ。あなたこそが、この戦争の鍵なのだ」


 魔王はそう言うと、もう一度その大きな手のひらで私の頬を包んだ。逃げなければ、と思うのだが、魔性のものに魅入られたように、わたしは指先一つ動かせない。


「夜は魔族の力が増す時間。満月となればなおさらだ。今宵のような月夜であれば、私の力はもっとも強まる。いかに勇者が強力であろうとも、寝込みに襲い掛かれば無傷では済まないだろう。それを厭うのであれば、聖女よ。どうか、私と一緒に来てほしい。……そうすれば、あのバ……勇者の命だけはとらないでおいてやろう。これがただの脅しでないことは、わかるね?」 


 聖女としての使命を考えれば、こんな勧誘に乗る必要がないことはわかっていた。ドーハートさまはわたしの祈りなんてなくてもこの魔王を倒せるだろうし、わざわざついていく必要は本当にない。つれて行かれたところで本当に衣食住や自由を許すという保証もない。

 それに、魔王の誘いに乗って神殿を去ることは、主神を信じ信仰している人々を裏切ることであるだろう。


 だけど。


 断ったところでどうなるだろう。聖女追放を決めたこの国に、わたしの居場所はもうどこにもなく、明日からどうすればいいのかもわからない。

 ただ一つわたしの中で決まっていることは、勇者のためにはもう祈れないということ。

 いや、あれほどまでに強く拒絶されたのだ。彼のためには、もう祈らない。


 だとすれば、魔王の誘いに乗ったっていい。魔族が本当にわたしの生活を保障するというのならその間に弱点を探り、人間に有効な情報を持ち帰れば、魔族との戦争に役立つこともあるだろう。


 勇者さまのためではなく、戦争の終わりを信じる人たちのために、わたしができることをしよう。

 それが、聖女としてのわたしの最後の務めになろうとも。

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