第8話 もう、聖女ではないのだから
「聖女よ、ただ勇者のためだけに祈りなさい」
幼いころから、神殿に仕える神官たちにそう言い含められて育ってきた。
主神は聖女を愛しているのだと言う。愛しているから聖女の祈りを聞き届け、勇者を加護するのだ、と。
「勇者以外の者のために祈ってはいけません。主神は勇者にしか、加護を与えないからです。真に世界のことを想うのなら、勇者を愛し、勇者のために祈りなさい」
聖女は勇者を選び、主神の加護を与える存在。戦える勇者を選ぶだけで、聖女自身に戦う力はない。
しかし、『主神が真に聖女を愛するのであれば、聖女にこそ強い力を与えるのではないか? だがそうではない。それはつまり、聖女の祈りよりも主神が優先しているのは、勇者という存在なのではないか? 勇者こそが、主神の化身なのではないか?』そういう考えが、神殿の内部にはある。
聖典の一節を引用して主神と勇者を同一視する一派は、近年特に貴族の中に信徒を増やしていると聞く。従軍して今の勇者さま、ドーハートさまの強さを目の当たりにした人の中には「あれこそが主神の御力だ。あの方こそ現人神だ」と信じる人もいるらしい。
この考えの核となるのは、主神に愛された聖女が勇者を選ぶのではなく、主神の化身たる勇者に愛されるから聖女なのだ、ということだ。
それが、ドーハートさまの言葉につながる。
『聖女の祈りなんて、嘘っぱちなんだろ? オレの強さは、オレの努力の結果だ』
聖女は主神につながる愛された娘ではなく、ただ勇者の恋人である。聖女の祈りに効果なんてなにもなくて、勇者が強いのはただ、その努力と才能によるものである。
それが真実であるとするならば、わたしが生涯をかけてやってきたことはすべてただの徒労だということになる。
わたしの個人的な感覚としては、主神と勇者さまは別物だ。それでも、王権の介入があったとはいえ、信託によって聖女に選ばれたわたしの追放を神殿が決めたということは、勇者を主神の化身として信仰することが「正しい」と神殿が認めたのと同じことだ。
だとすれば勇者の愛を失ったわたしは、同時に主神の愛も失ったことになる。
つまり、今のわたしは正真正銘、ただの小娘に過ぎない。
「……わたしの祈りになんて、なんの効果もありません」
気落ちしたわたしを察したのか、キシールがわたしの指先に鼻を押し付けてくる。
それをひと撫でして、カイドルさんに告げた。
「もはや、わたしは聖女ではありません。祈ったところで、あなた方になんの益ももたらすことはできないでしょう」
そもそも、聖女の祈りは勇者にしか届かないといわれている。魔族のために祈ったところで、なにになるというのだろう。
「聖女様……」
「いいえ、聖女の称号はもう、ミーシア姫のもの。わたしは聖女ではなくなったのです」
「……何があったか、お伺いしても?」
別に、隠しておくような話ではないだろう。ミーシア姫が聖女になるのならば、人間の陣営から早々に発表があるだろうし、隠しておけるような話でもない。
外部から聞かされ、「聖女の偽物を掴まされた」と言われるよりは自分から申告したほうがまだマシだ。
そう考えたわたしはわたしはこれまでのことを全部、カイドルさんに話してしまうことにしたのだった。
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