第9話 魔族のとまどい
生まれてすぐに神託が下され、聖女として見出されたこと。
その六年後、慰問先の孤児院でドーハートさまに出会い、恋をしたこと。
ドーハートさまが聖剣に選ばれ、勇者としての修業を開始したあとも、ずっと見守り続けたこと。
修業が終わり、勇者さまが旅立った後は、彼の無事をずっと祈り続けていたこと。
はじめて会ったあの時から、勇者さまに恋し続けていたこと。だけどそのすべてが、結局ただの空回りだったこと。勇者さまはとっくの昔から、わたしに恋していないこと。
昨日、勇者さまにそれを突き付けられ、聖女の称号を剥奪され、追放が決まったこと。
勇者さまには、もうすでに新しい恋人がいること。
主神の化身である勇者の愛が失われたのだから、わたしはきっと、もう聖女の力を失っていること。
はっきりきっぱりもうわたしは聖女ではないと言い切ったというのに、カイドルさんは戸惑ったような表情を見せた。
「聖女さまは神託によって選ばれたのでしょう? 一度任じられれば、処女か命を失わない限りは主神の寵愛はあなたのものです。勇者に振られたから聖女の力を失ったなんて、ありえませんよ」
「しょじ……はれんちです!」
「ですが、事実です。主神は、聖女が全てを委ねられる他者が現れるその日まで、聖女を守護し続けます。主神があなたの祈りを聞き届けるのは、あなたの幸福のため。あなたの愛する者に、あなたを託そうと願うから。ですから、あなたが我々を愛しいと思ってくださりさえすれば、我々魔族にも主神の加護は届くでしょう」
「つまり……」
「ええ、あなたは聖女としての力を失ってなんていません。それに、聖女の祈りは勇者にしか届かないなんてこともない。あなたはずっと、神殿に騙されていたのではないでしょうか」
そんなはずがない。信じられない。
そう思うのに、言い返せない。
わたしが黙ってしまったのを見て、カイドルさんはこう続けた。
「もしくは、神殿自体正しくないことを信じているのでは? 聖女がシステムに組み込まれて幾星霜、自分たちで正しい在り方を維持できなかったのでしょう」
「……神殿より魔族の方が主神に詳しいみたいな物言いですね。一体魔族が、主神の何を知っているっていうんです?」
「ものを知らないことを恥じる必要はありません。私たち魔族は、寿命が長いですから。せいぜい五十年で完全に世代交代するような種族とは違い、魔族は経験と知識を確実に蓄えることができるのです。……主神の寵愛を失ってから、私たちは長い冬を強いられてきました。しかし、今代の陛下によってそれに光明が見えた」
カイドルさんはそこまで言うと、テーブルに座っているわたしの前に跪いて視線を合わせる。
その誠実な瞳と真摯な姿勢は、嘘を言っているようには、見えない。
「あなたは我々の希望なのです」
カイドルさんが言ったことが、本当だったとして。
わたしにまだ聖女の力があるのだとしても、聖女が魔族に祈ることで何を得ようというのだろう?
勇者と聖女の使命は、魔王と戦い、魔族を倒し、世界をあるべき方向へ導くこと。つまり、聖女の力で魔族に主神の加護を与えるということは、人類への裏切りを意味する。
ならば、わたしは、どうすべきだろう?
「……祈れ、とおっしゃるのなら。処遇の改善を要求します。……魔王陛下を、呼んでいただけますか?」
気合をいれろ。
わたしはこれから、人類のために、嘘をつかなければならない。
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