第9話 許嫁と登校

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


「なんか……、さっきからすごい視線を感じるんだけど……。主に男の」

「確かに。加賀かがくん、モテモテだね〜」

「いや、高坂こうさかさんでしょ。絶対」


 そう、さっきから妙に、俺たちと同じ制服を着た男たちからの鋭い視線を感じるのだ。別に男に限った話ではないが、とにかく視線を感じる。

 電車に乗り込む前までは、そこまで視線が気にならなかったが、電車に乗ってからの俺に対する殺気がすごい気がする。


「……高坂さん、違う車両に行かないか?」

「なんで?」

「だって、さっきから俺への殺気やばいじゃん」

「殺気……?」


 どうやら高坂さんは気づいていないようだ。

 俺が高坂さんの隣に座っている時間が長くなればなるほど、俺に対する殺気が強くなっていることに。


「いいから、行こ?」

「え?あ、うん」


 俺と高坂さんが隣の車両に移る際も、後ろからの威圧が尋常じゃなかった。

 もう、今にでも殺されそうだな……。


 ガラガラ。パタン。


 違う車両に行けば、少しくらいは俺に対する殺気が緩和されるかと思ったのだが。


 ジロジロジロジロ……。


 俺たちが電車の貫通ドアを開けて隣の車両に移ると、またもや同じように、同じ制服を着た男たちは急に殺気を伴った視線を向けてきた。

 俺たちにではない。俺だけに。


「……クソ、何なんだよこいつら。以心伝心でもしてるのかよ」

「???」


 ここまでされると、むしろ清々しいな。

 そして高坂さんは、そろそろ気づいて!?

 この状況を全く理解出来ていないみたいだけど、頑張って理解して!?


「高坂さん、ここもダメだ。違う車両に行こう」

「え?え?どーゆーこと??」


 そうか、こいつらは俺に対してだけ殺気を放っているから、高坂さんは気づかないのか。

 鈍感ってわけじゃなさそうだし。


 結局、俺たちは電車に乗っている十五分の間、八両編成中、六両を行き来した。

 まともに座れた車両なんて一両もなかった。

 少し座って移動、少し座って移動の繰り返し。

 どの両に行っても、俺に対する殺気が消えることはない。

 人気すぎるんだよ。高坂さんは。


「はぁ…………。疲れた……」

「本当だよー。加賀くんって、いつもあんな感じで電車乗ってるの?」

「いつもはあんな風に乗ってないよ」

「じゃあ、なんで今日は……」

「高坂さんと一緒にいると、俺に対する殺気がやばいんだよ」


 高坂さんは、ようやく理解出来たようだ。

 電車の中で俺たちにずっと向けられていた視線は、俺や高坂さんがモテモテで、その好意による視線ではない。

 高坂さんへの視線はそうかもしれないが、俺への視線は間違いなく、妬み嫉みの感情がいくらか混じっている。


「だからかー、私以上に加賀くんが見られてたのは」

「きっとそうだよ」

「でも、加賀くんは私と一緒にいるの嫌?」

「……え?」


 また変なことを……。


「私と一緒にいると他の男子から視線、殺気を感じる。だからもう一緒にいたくない、とか言わない?」

「……正直、この状況が続くなら、そう思うかもしれない」


 俺のその言葉を聞いた高坂さんは、何か決心したようで、俺の目を真っ直ぐに見つめながら話し始めた。


「……私だったら、もし仮に加賀くんが超イケメンで、モテモテで、私が他の女子から嫉まれるとしても、気にしないんだけどな」

「え、なんで……」

「だって私……、加賀くんの事が好きなんだもん。好きな人の隣にいられるなら、何があっても気にしないわ」


 初めてだった。

 女の子に、こんなにも真っ直ぐに見つめられながら、『好きだ』と言われたのは。


 こういう時、どうすればいいんだっけ。

 「俺も好きだよ」と言うべきなのか?

 でも、ここでそう言ったら、恐らく高坂さんを悲しませることになる。

 断定は出来ないけど、そんな気がした。


「ありがとう」


 今の俺では、こう答えることしか出来なかった。

 これでも精一杯言葉を選んだつもりだ。

 まだ俺は、自分でも誰が好きなのか分からない。

 もしかしたら、好きな人なんていないのかもしれない。

 こんな中途半端な気持ちで、高坂さんと正式に付き合い、許嫁の関係を続ける事など、ただの迷惑にしかならないだろう。


 ……本当に、俺はこれからどうすればいいのだろうか。


 俺たちは、駅のホームから出て、周りから視線を感じながら歩いていた。


「加賀くんに対する殺気、本当にやばいね」


 周りをキョロキョロしながら、高坂さんはそう言った。

 電車では、一両の中にいる人たちの殺気しか感じなかったが、外に出るとなると、その倍の人数はいるため、向けられる殺気も当然倍になる。

 電車の中でも、こうなるとは分かってはいたが、想像以上にきつい。


 そういえば、こんな感じの登校をするのは、久しぶりだな。

 そう、前にもこういう事があった。

 それは、ちょうど一年前。

 つまり高校の入学式の日だ。

 その日は、香織かおりと登校するのを約束して、一緒に登校していた。

 この話は前にも話したが、今回の話は前に話した続きとなる。



※※※



 今起きている現象とあまり変わらないのだが、「歩きで来てね」と言われた俺は、歩いて集合場所に向かった。

 集合場所には、もちろん俺と一緒に歩きで登校する気満々の香織が待っている。


「おはよう!!慶哉けいや!」

「朝からテンション高いなー、香織は」

「だって今日は高校の入学式だよ!!誰でもテンション上がるよ!」


 そういう物なのか?

 俺には生憎、そういう感情は一切ない。

 別に中学も高校も、何も変わらないだろう。

 そう思っていたのだが……。


「おい!あの子可愛くね!?」

「やば!隣にいるの誰?彼氏?冴えねー顔してんな」


 周りの男の会話が聞こえてくる。

 最初は、こんな感じの罵倒で済んでいた。


 だが、時間が経つにつれて、西宮香織にしみやかおりという人間の存在が、学校中に知れ渡る。

 高校の三大美女の一人として、高坂さんと同時に名を連ねる事になったのだ。


 それがきっかけで、俺への殺気が生まれたが、もうその殺気はあまり感じられない。

 「幼馴染ならしょうがない」とか、「あんな顔のヤツなら、香織ちゃんが振り向くはずがない」とか。

 そんな感じで、何事も無かったかのように、俺の存在は忘れ去られた。



※※※



「加賀くん!あの人集ひとだかりなんだろう?」


 追想にふけっていた俺に、高坂さんは前にできていた人集りを指して、そう言った。


「なんだろうね。でも、妙に男ばかり集まっているような……」

「行ってみよ!」

「え、あ、うん?」


 できていた人集りに近づいてみると、背が低めな女子一人を男の大群が囲っているように見えた。


 その男の大群の後ろに着いた俺と高坂さんを見た、背が低めな女子は俺たちを見て、何かに気づいたのか、近づいてくる。


高坂茉優こうさかまゆさん、ちょっと話があるんだけど。いいかな?」


 そう声を掛けてきた主、それは、高校の三大美女の一人兼俺の幼馴染である、香織だった。

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