第2話 許嫁と初デート①

「そういえば俺に何故、許嫁がいるんだ?」


 これは、高坂こうさかさんが発した‴許嫁‴という言葉を聞いた時から思っていた素朴な疑問である。

 学校での俺と高坂さんの話からすると、どうやら初めて会ったわけではなく、かなり前に知り合っている事がわかる。

 その時に何があったのだろうか。

 しかし当の俺は全く覚えてないため考えようが無い。

 まず、あんなにも可愛い女の子が俺の許嫁で良いのだろうか。俺は高坂さんと釣り合うようなイケメンとは言い難い。

 さて、どうしたものか……。


「ごめんごめん。暇だったでしょ」


 今俺たちは一緒に学校を抜け出して映画館に向かう途中だったが、高坂さんがコンビニに寄りたいと言ってコンビニに来ていた。


「大丈夫だよ。考え事してたから」


 そう俺が言った瞬間、高坂さんは何故か笑みを浮かべた。何か変な事でも思いついたのだろうか。


「もしかして、私の事でも考えてた?」

「な、そんなわけ……ごめん嘘。その通りだわ」


 そんなわけないと否定しようと思ったが、高坂さんの事を考えていないわけではなかったので言い直すことにしたのだ。

 すると、高坂さんは俺の答えに満足したのか満面の笑みを見せる。


「素直でよろしい!」

「そりゃどーも。ちょっと聞きたい事あるんだけど」


 高坂さんは何?と首を傾げた。


「俺から聞くのもアレだけど、俺なんかが許嫁でいいの?」

「何よ今更。ずっと前から決まってたことでしょ。もしかして加賀かがくん私のこと嫌いになっちゃった?」

「それはないけど、高坂さんみたいな高嶺の花のような女の子じゃ俺なんかと釣り合わない気がして」


 俺のその言葉を聞いた瞬間、高坂さんの深い溜息が耳に入ってくる。

 そして高坂さんは手に持っていたビニール袋からパンを取り出し、女の子とは思えないくらいに大きく頬張った。

 一瞬で食べていたパンはなくなり、それからというもの無言が続いている。


「……お腹、空いてたの?」


 こちらから話しかけても無視される。意外に無視されるのは心が痛いな。


「……ごめんなさい」

「なんで謝るの?」


 怒ってるな。とは思ってたが、思ってたよりもかなり怒ってるみたいだ。


「えーと、なんか怒ってるみたいだったから」

「私が怒ってる理由わかる?」


 そんなの女子と付き合ったこともない俺からしたら極めて難しい質問だ。

 しかしここで違う答えを言えば、間違いなく今よりも怒り始めるだろう。


「俺が自己否定したから?」


 合ってるか分からなかったため質問気味で答えてみると、今度はちょっと小さな溜息が聞こえる。

 合ってると思ったけど、間違ってたのか……。


「……悔しいけど当たってるわ。間違えると思って揶揄う準備をしてたのに」


 俺のことを揶揄うつもりだったなんて酷い話だ。

 でも新鮮なんだよな。

 幼馴染の香織かおりは子犬みたいに可愛く甘えてくるのに対して、高坂さんは真逆のタイプなのだ。

 しかし、こんな街中で高校生男女が話し込んでいるのは目立つな。そろそろ映画館に向かうか。


「それは乙です。そんなことよりもそろそろ映画館向かおうか」

「そーだね、まだまだ話し足りないけどそれは映画の後でもいいよね!」


 まだ話し足りないのか、と思ったがそれを言えば確実に雰囲気が悪くなるので、その言葉は心の中に秘めておいた。


「やっと着いたな」


 そう言って俺はスマホを取り、時間を見た。


「おいおい、まじか」


 寄り道せず映画館に向かえば大体二十分もすれば着くが、俺たちは寄り道をした挙句街中で話し込んでいたため一時間近く経っていた。


「かなり時間かかったねー。まあ時間なんてまだまだあるし気にせず映画見よ」


 俺たちは始業式をサボって映画を見に来たため普通の生徒よりは時間が有り余っている。そのため一時間なんてどうってことないのだ。

 でも男女で見る映画ってどれがいいんだ?

 上映している映画は多種多様だった。

 アクション映画やアニメーション映画、ホラー映画などがあって、俺はどれも興味がないわけではなかったので高坂さんに合わせることに決める。


「高坂さんはどれが見たい?」

「んー、夜なら見れなかったけど今は昼だからホラー映画とか見てみたいな。あ、でも加賀くんホラー映画とか見れないんだっけ」

「小さい頃は怖いの苦手だったけど、もう大丈夫だよ。でもこの映画かなり怖いらしいけどいいの?」


 ここで一つ、何も覚えてない俺に疑問が湧いた。

 俺と高坂さんは小さい頃に会っていることは明らか。そこで‴何か‴があって許嫁になった。

 でも俺と香織が出会ったのが八歳の頃。それより前に何があったのか全く覚えていない。

 まあ今はそんなことよりも映画に集中しよう。


「私怖いの平気だから大丈夫なはず」


 本当に平気だろうか。

 怖いのが好きな明琉あくるですらめっちゃ怖いと言っていたし、俺は平気とは言い難いのだが。


「じゃあそろそろ行こっか」



※※※



 映画は二時間経たないくらいで終わった。

 しかし映画の内容全く入ってこなかったな。

 その理由は、映画が上映している間ずっと高坂さんが俺の腕を抱いて見ていたからだ。


「えーと、大丈夫そう?」


 後ろを向くと縮こまった高坂さんが付いて来ていて、映画を見る前とはまるで別人だった。


「大丈夫、多分……」


 このように女の子が泣きそうになっていたりしたら大体の男は抱きしめたりするだろう。

 その相手が好きな女の子限定の話だろうが。

 俺の場合は、過程は知らないが相手が許嫁。許嫁なら将来結婚するんだよな。

 それなら……


 俺は高坂さんが居る後ろを向き、優しく抱きしめる。高坂さんは急で驚いていたが、どんどん表情が柔らかくなっていくのを感じた。

 そして、少ししてからそっと身を離した。


「ありがとう。落ち着いたよ」


 俺は頷き、二人でまた歩き始めた。

 抱き合っているところを‴誰か‴に見られていたことを知らずに。

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