第12話 許嫁と修羅場②

 ジロジロジロジロ。


 教室に入ると、俺と高坂こうさかさんは一瞬にして注目を集めた。

 それは無理もない。先日、学校に一度来たにも関わらず、始業式も出ず学校を抜け出して遊んでいたのだから。


 しかし、俺と明琉あくるで学校を抜け出しても、あまり注目を集めないだろう。

 だが、俺と高坂さんとなっては話は別だ。高坂さんは高校三大美女の一人。俺みたいな平凡な人間と学校を抜け出したとなれば、否が応でも噂が流れる。


「おい、慶哉けいや〜!」


 笑いながら明琉が近づいてきて、俺の首に腕をまわしてきた。

 なんか、物凄く嫌な予感がするな。


「なんだよ、明琉」

「いやー、昨日始業式サボって茉優まゆちゃんと何してたのか気になってなー」

「な、別に何もしてねーよ」


 明琉は、「ふーん」と言って立ち去った。

 一体何がしたかったんだか。



※※※



 それからは、特にこれといったことが何も起きずに昼休みを迎えた。

 俺たちと香織かおりが話そうと決めた時間は、昼休みが始まってから三十分後。つまり、昼休みが終わる十五分前。

 そのため、たった十五分で香織を納得させなければならないのだ。


「ちょっと厳しいかもな」

「どうしたの?」

「いや、改めて……アムっ」


 高坂さんは俺の口に、今日母さんが作ってくれた卵焼きを突っ込んできた。

 ……美味しい。


「そんな思い詰めない方がいいよ〜。西宮にしみやさん、だっけ?きっと分かってくれるって」

「そうだな。でも、香織は俺や高坂さんを許さない」

「なんで?」

「小さい頃に約束したんだよ。‴これから何があってもずっと一緒にいよう‴って」

「それは小さい頃の話でしょ?もう西宮さんは覚えてないんじゃない?」


 確かに高坂さんの言う通り、香織はあの約束を覚えていないかもしれない。

 でも、香織はあの約束を覚えている可能性が高い。

 なぜなら、香織は俺よりも全然頭が良いはずなのに、俺の学力に合わせてこの高校に来たのだから。

 中学生の頃、俺にどこの高校に行くか事前に聞いてきたため、確実に偶然ではない。


「多分、覚えてるよ」

「そっか。じゃあさ!私に考えがあるんだけど」

「考え?」

「うん。許嫁の関係は嘘ってことにして、私たちだけの秘密にしない?」

「それで、大丈夫なのか?」

「きっと大丈夫だよ!」


 そして、高坂さんとの昼食の時間は一瞬にして過ぎ、香織との約束の時間を迎えた。



※※※



「じゃあ慶哉、朝の話の続きをしようか」

「ああ、そうだな」

「早速だが、俺には許嫁なんていない。高坂さんは俺に気を使ってくれただけなんだ」

「ねぇ、慶哉?そんなこと言ってあたしが信じられると思う?」


 高坂さ〜ん!?

 何が「きっと大丈夫!」だよ!全然ダメじゃん!


「……やっぱり、信じられないか」

「うん、だってね」


 香織は俺と高坂さんに向けて、自分のスマホを見せてきた。俺と高坂さんは香織のスマホの画面を見た瞬間、思わず目を合わせた。

 そのスマホの画面に映っていたのは、映画を見た後の俺と高坂さんが抱き合っていた写真だったのだ。


「香織、これは……」

「あたしが信じられない理由、分かるでしょ?」

「ああ。でもどうしたんだ、この写真」

「分からない?あたしがその場に居たってことだよ」


 なんであの場所に香織が居たんだ。

 俺たちが居た映画館は、俺の家の近く。つまり、学校からも相当離れている場所。

 偶然か。それとも、俺たちがあの映画館に居たと分かっていたのか。

 いや、問題はそんな事じゃない。

 今の一番の問題は、香織が持っている写真をどう説明するかだ。


 俺が香織にどう説明するか悩んでいると、ずっと黙って俺たちの話を聞いていた高坂さんの口が開いた。


「あれ、これよく見ると加賀かがくんじゃなくない?」

「え?」


 俺は高坂さんの予想外の一言に驚きを隠せなかった。あの写真の男の方は、間違いなく俺だ。

 それは香織も分かっているだろう。


「は?どう見ても慶哉でしょ」

「いや、だって私、加賀くんに微塵も興味無いし」


 え?俺の事好きって言ってなかった??

 再び高坂さんの予想外の一言に驚きを隠せないでいると、高坂さんが俺に視線を送ってきていることに気づいた。

 そのまま俺の目を凝視している。


 心配無用、か。


「それとこれは関係ないでしょ」

「いや、関係あるよ。だって、西宮さんは好きでもない男の子と抱き合おうと思う?」

「思わないけど……、あんたの隣の男が慶哉じゃないって証拠にはならない」


 確かに香織の言う通りだな。


「じゃあ、逆に西宮さんの見た男の子は、加賀くんなの?」


 確かに、この写真は男の方が背を向けて高坂さんの顔だけが見えている。

 でも、昨日俺と高坂さんはずっと一緒にいた。それを知られていたら、言うだけ無駄だ。


「それは……」

「そんな確証もないなら、この男の子を加賀くんって決めつけるのは、おかしいと思うな」

「でもあたしは見た!あんたと慶哉が一緒に本屋にいるところを!」

「その時だけかもしれないじゃない。抱き合っていたのは、加賀くんとは別人かもよ?」


 そんなことはほとんどないと思うが、黙っておこう。


「くっ……」


 結局、香織は高坂さんの言葉に反論出来ずに、屋上から立ち去った。

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