過食の果てには?

第11話

「コ ロ ン ビ ア」

 現実の世界へ戻ってきたことにより、虚数の世界で起きた事象は存在したかもしれない可能性イフとして処理され、戦闘前と変わらない肥満体型の京太郎と機嫌の悪いムスッとした鴨脚が共にエレベーターを降りてくる。

 文字通りの巨人殺しジャイアント・キリングを果たした者として盛大な凱旋を期待していた京太郎の予想は外れ、食堂は静まり返っていた。

 肩透かしを食らった気分でダフ屋の姿を探すが見つからない。

 もしや担がれたか、と考えていると金色の一尾めいた長い髪を揺らして一人の少女が京に向かって歩いてきた。

「キミが都京太郎であってるかな?」

 黒を基調としたスーツのような服装の少女が赤い瞳で見上げる。

 この状態の京太郎の身長と対比すると低く見えるが百七十センチほどと女性にしては高めの身長だ。

 賞賛を期待した京太郎は踊るように高らかに、肯定する。

「イカにもタコにも、拙僧こそミヤコ・オブ・ザ・キョウでゲソ!」

「そうか、それでは連行だ」

 ガチャン、と京太郎の両手に嵌められた犯罪者専用の拘束具に宇宙に飛ばされた猫のようなアホ面を晒してしまう。

「……ナンデ!? 手錠ナンデ!?」

「キミには電波ジャック主犯の嫌疑がかけられているのでね、少し付き合ってもらうよ」

 両脇をガッチリと体格のいい男子生徒二人に固められる。

「ま、待って、助けて! 鴨脚ちゃん助けて!」

「嫌」

 我関せずとテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた鴨脚にダメ元で助けを求めるも一蹴。残当。

「都」

「ああっ、燕氏! 助けて!」

 新たに男手が加わって四人がかりで引きずられていく最中に現れた冬薙に助けを求める。

「……あとで私の部屋に来い」

「えっ」

 それは誰の驚嘆だったか。言うだけ言って身を翻して冬薙は去る。

 部屋に来い、とは。なんて考えている間にも連行は続行する。

「ド、ドナドナァーーッwwwwww」

「アンタは豚でしょうが」

 鴨脚にトドメを刺されて食堂を後にする。

 いじけてなされるがままになっていたが、引きずるのも疲れたのか階段のあたりでいい加減に自分で歩けと叱咤される。

「横暴だい! ……で、電波ジャックとは如何様に、拙僧のプリティフェイスが画面いっぱいに流れでもしましたか?」

「そんなワイオミング事件のようなものではないよ、単に先ほどの戦いが学園のパソコンから電子黒板に至るまで強制的に放映されていたというだけさ」

 それを聞いて考えるまでもなく犯人に思い当たった。

「あのダフ屋たち賭けの分け前も渡さずトンズラしただけじゃ飽き足らず、罪もなすりつけるとは最悪にも程がある。それで、どこに連れてかれるんです? 屠畜場?」

「生徒会室さ。冤罪にしろなんにしろ、キミが関わっているのは確実だからね。調書を取らせてもらうよ」

 警察のような徹底ぶりだが、事実彼女たち生徒会はこの学園内の政府に違いない。

 政治とは当人らによって斯く有るべしということで、学内の規律を守るのは生徒自らの手で行い、教師は文字通りに知識を教えるだけの存在なのがこの学園。

 前を行く金髪の少女の腕には『生徒会・書記』の腕章とは別に『風紀委員』の腕章が。

「さあ、ここだ」

 人影を感知して自動扉が開くと、中に入るよう促される。

 中は広く、多目的ホールのようになっている。

 複数の生徒がデスクに座り、パソコンに向かってけんを叩いていた。

「お前が都京太郎か、もう犯人の予想は付いてるから来なくてもよかったんだが……まあいいか」

(すんまそん、あのちっこいショタは誰です?)

 中央のデスクで高価そうな回転椅子に深く腰をかけた少年。読んで字のごとく小さな男児で小学生のような幼い容姿。

 連行してきたガタイのいい男子生徒にひっそりと耳打ちする。

(誰って、生徒会長だよ。王生いくるみ篠葉しょうよう、父親共々学園のパンフレットで祝辞やら何やらの文章と一緒に載ってただろ)

 ううん、と記憶を漁るが出てくるのは冬薙の凛々しいスナップばかり。

 そもそも説明書を読まない人種なので入学の手引きやその他諸々の書類にしっかりと目を通したかも怪しい。

(燕氏のインタビューに全部持ってかれて全然覚えてませんわ)

(それは……まあわかる)

「聞こえてんぞバカ共」

 童顔ながらも鋭い眼光に、声を潜めていた二人はぴしりと背筋を伸ばす。

「ったく……ンなことより都京太郎、お前生徒会に入らねェか?」

「えっ、イヤです」

「おいおい即答かよ」

「むしろここでイエスと即決するような人間だったらいかんでしょう」

「ま、確かにンな考えなしなら、こっちからお断りだな」

「生徒会って横暴の権化かなにか?」

 ケラケラと笑う王生は、生徒会長というよりは悪童という肩書きの方が似合う。

 王生が手を払い散らすジェスチャーをすると連行してきた男四人は離れ、各々の席にへと座る。

「たりめェだろうが。学内最大の勢力なんだから横暴でなくてどうするよ」

「そう開き直られると反論がなくなっちゃうんですが……つーかなんで拙僧を引き入れようと?」

 つまらない事を訊くなと王生が鼻を鳴らす。

「そりゃ強いからだ。単身で戦術兵器を相手にする知能はバカを希釈して飲んだアホってな具合だが、それを実現できるなら話は別だ。おまえほどの実力者もおまえほどのバカも掃いて棄てるほどいるが、どちらも兼ね備えたヤツは滅多にいない」

「なるへそ〜、三行で」

「おまえは天下一バカ」

「勧誘されてたと思ったら罵倒されてたの巻」

 ケラケラと一頻り笑い終えた王生は背もたれから上体を起こして『生徒会長』とネームプレートの刻まれたデスクに肘をつく。

「真面目な話、人手が足りてねえんだ」

「生徒会には百人ちょい所属してると聞いとりますが?」

「ンなモン有象無象、モブだモブ。雑魚。身を以て知ったと思うがこんな学園だからな、血気盛んなヤツが多い。現実世界での暴力沙汰は御法度つっても聞きやしねえ。そんなバカ共を鎮圧するにしても人海戦術は効果が薄い、だから群を抜いた強者が必要だ。もちろん今現在いないわけでもねえがそれでも足りねえ」

 暴力政治そのものを語られているが、妙に納得してしまうのはカリスマと呼ばれる特異性による影響だろうか。

 それとも歯に衣着せぬ物言いで説得力を補強しているからだろうか。

 どちらにしても、「この男の下に就いてもいい」という思いが芽生えていたのは確かだった。

「率直に言う、おまえが欲しい。俺のモノになれ」

「その言葉は切実に男から言われたくなかった」

 数秒前とは打って変わって王生は至って真面目な顔つきをしていた。

 茶化した言葉も耳に入っていないようで、じっと京太郎の顔を見据えたまま目線を逸らさない。

 京太郎も観念して誠心には誠心で応える。

「何度問われても否でござい。拙僧が身を尽くす相手は他に御座おわすので」

「は、そら残念。恋人かよ」

「さあ、どうでしょうなぁ」

 軽口叩いて受け流して、遺恨無くこの話は終わり。

「じゃあ小隊としての生徒会に入らねえか?」

「小隊ってなんじゃろな?」

「あー、そうだな。学内派閥みてえなモンだよ。なにかとイベントの多い校風だ、所属しておかねえと物悲しい青春になるぜ?」

「ギークを孤立ってワードで脅すのやめてくださるぅー? そっちも入りませんよ、少なくとも今は。他を見て琴線に触れるところが無ければその限りじゃありゃせんが」

「そーかい、んじゃ気長に待っとくよ」

 もう用はないと王生は背もたれに寄りかかり、手で追い払うジェスチャーをする。

 生徒会という組織の内情を少しは知ることができたが、トップは横暴だという要項だけが色濃く海馬に染み付いた。

 時計を見ると、教室へ戻ったと同時に休み時間が終了するであろう時刻を指していた。

 部屋を出るために踵を返すとちょうど、ドアの向こうから少女がやって来た。

 ────少女、と称していいのか少しばかりの逡巡があった。

 身体に女性的な特徴は見当たらず、肌の露出は極限まで抑えられていて、唯一外界に晒された顔は中性的な顔立ちをしていた。

 薄い唇、鼻筋が通っていて眉目秀麗。

 なにより大正の学生服を彷彿とさせる男装をしているのだから、美少年と言っても違和感はなかった。

(流石は天下の衛士学園、美人がおお、い────)

 少女とすれ違う瞬間、まるで脊椎を抜き取られたかのような眩暈が京太郎を襲う。

 言葉にできない切歯扼腕。居ても立っても居られない焦燥感に、既視感に苛まれる。

「あの!」

 つい、呼び止めてしまった。そうしなければならない気がして。

「名前を、聞いてもいい……か?」

 咄嗟に紡いだ言葉に道化を演じることもできない。

 少女は薄い笑みを貼り付けたまま振り返る。

みちび千理せんり。千の理を導くと書く」

 導千理。ミチビセンリ。記憶にない名前。

 しかし言葉を交わして、より一層既視感は強くなり脳髄を叩く。

 この少女とは会っているはずだ、と。

「どこかで、お会いしました、か?」

「おいおい俺の目の前で敏腕秘書を口説くんじゃねえよ」

 王生の野次で夢現だった意識が引き戻される。

 そう、会っているわけがない。

 つい先日まで総人口三桁にも満たない限界集落の僻地で暮らしていたのだから顔見知りなわけがない。

 世界にいるという三人のそっくりさんの一人を見たことがあったが故の、デジャビュかなにか、そうに違いないと京太郎は自分に言い聞かせる。

「ほ、ほほ。美人でしたのでこら口説かな失礼かなと思った次第でして、そんじゃ拙僧はこれにて失礼。ドヒューン!」

 駆け足で生徒会室を出て行く京太郎。

 自分の席に着いた千理に王生は、玩具でも見つけたような視線を送る。

「んで、実際どうなんだよ。会ったことあるのか?」

「さあ、どうだろうね。少なくともあのフォルムを知っているなら忘れる事はないだろう。しかし」

「痩せてる時に会ってるかはどうかってか」

「然もありなん」

 少女は笑う。貼り付けた微笑のままに。

 去っていった影を追うように扉を見つめて。

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