第25話

 息をつかせる間も無く、地を蹴った京太郎の手足を使った乱打。

 それに対し十六原は刀の鍔や柄、肘や脚で避ける。

 刃で受ければ防御と同時に京太郎へ傷を負わせる事ができるが、それを許すほど京太郎は迂闊ではない。

 刀を振れるほどの隙間も与えない至近戦闘インファイト

「この……っ!」

 突き刺さる痛みに食い縛り、無理矢理に一刀を振るった十六原だったが、京太郎は身を翻して回避をし、そのまま回転して十六原の空いた首筋に手刀を打った。

「がっ!」

 赤手空拳は躰道を基本とした古武道の集大成、というのは少なくとも先代当主、京太郎の祖父である都一銀までの話。

「クソ……!」

 この距離では防戦しかないと、頭部へと突き出された貫手ぬきてを首を傾けかわした十六原だったが、京太郎は肘を曲げて鎌さながらに後頭部を刈り取ろうとする。

 しかし、十六原が腰を引いた事で頭が下がり、京太郎の腕を十六原が潜るようにして空振りに終わる。

 すかさず距離を置こうと後退する十六原だったが、京太郎は示し合わせたかのようにぴったりとくっついて離れない。

「逃がさんよ」

 見に余るほどのチカラを求めた京太郎はそれらに加え、複数あるシラットから都市型のアーバンと源流であるプンチャク。近代格闘術の大御所であるクラヴ・マガと、都市型近接戦闘術CQC。日本では近年に大道塾によって提唱された空手と柔道の合わせ技、空道を取り入れた。

 一貫するのは防御、打撃、組み、締めを一連の動作で行える事。

 ゆえに十六原は攻撃を受けるブロックする事が出来なければ、かわす事も出来ない。

 受ければ組まれ、躱せば締められる。だからこそ京太郎の攻撃すべてを弾き返さなければならなかった。

「自慢の刀が振るえなければおまえも生娘と変わらんかっ!」

 京太郎が学んだのは、列挙したものに留まらない。

 徒手空拳の技術と言えば拳法であり、拳法と言えば中国武術は避けて通れなかった。

 内家三拳として有名な八卦掌はっけしょうを始め、劈掛掌ひかしょう詠春拳えいしゅんけんなどから学ぶものは腕から溢れるほどに得るものがあった。

 もちろん中国武術だけに収まらずシラットやカポエイラと、他の国々に根付いた武術も筆舌しがたいほどの利を齎した。

 お陰で中学時代は、校長に頭を下げねばならないほど出席日数が少なかった。

 しかし、今となってはお釣りが出るほどの肉となって京太郎の貧弱であった骨子を覆った。

「速度を上げるぞォ!」

「この……っ!」

 京太郎が学ぶために注目したのは『回転』だった。

 回転によって至近であっても威力が乗るまでの距離を得て、さらには遠心力を上乗せして破壊力を生む。

 肘から先の回転、腕の回転、身体の回転、軌道の回転。

 元より学んでいた躰道を主軸にしてそれらは歯車として噛み合いながら回転し、京太郎だけの赤手空拳として巨大な機構となった。

 拳や足を十六原に弾かれても、それすら回転力の足しにする事で京太郎の攻勢は更に苛烈となる。

「呵々、流石だな女武蔵!」

 それでも十六原が決定打を貰わずにいるのは十六原自身の実力に依るところもあるが、二刀流であるというのも大きな割合を占めていた。

 武器が二倍。となれば手数も二倍。ともすると攻撃力も二倍。とはならない。

 ナイフや拳銃など片手でも十全に機能を発揮する小物を諸手に持ったのなら、その理屈が通らないでもないが、十六原の持つ日本刀とは本来なら両の手で握り一度の攻撃は一太刀で完結するものである。

 そも二刀流の代名詞、の剣豪、宮本武蔵ですら大小の長さが異なる刀での二刀流であったのだから、打刀二本を振るう十六原はかなりの無茶であり、異質なのだ。

 しかしながら、仮に十六原が大小二刀流であったのならば、小振りな方の刀が防御を務め、大振りな刀が攻撃。と、役割りが分かれていただろう。

 そうなると、身体の正中線を軸として左右に分けた際に防御力には偏りが生じ、上下左右関係なしに振るわれる烈火の如き京太郎の攻撃の前には早々に敗北を喫していただろう。

 であれば小太刀二刀流であれば変わるのか。変わると言えば変わるが、それは京太郎が不意打ちを仕掛けた時点から今に至るまでの流れが全て変わってしまうことだろう。

「ッ──調子に、乗るなァ!!」

 脇腹に蹴りをもらいながらも、十六原は両手に持った二刀の刀身を寝かせて交差するように重ねた。

 そのまま刀身同士を長いストロークで擦り合わせる。

 通常であれば火花の一つや二つ瞬いたであろうが、十六原の持つ刀はどちらも尋常の物ではない。

 片や海を焼く炎を宿したもの。

 片や熱を異常なまでに増幅させる性質を持ったもの。

 それらが密着し、あまつさえ火花が散るほどの摩擦を生じさせたとなると、帰結するのは火炎を伴う大爆発である。

「なん────ッ!?」

「────ッ!!」

 耳を聾するほどの轟音と共に発生した爆発を至近で受けた二人は穿たれた矢のように吹き飛ばされる。

「が、く…………」

 TNT換算で一キロトンに相当する爆発を至近で受けても、二人が建造物に叩きつけられたことによる打撲と火傷で済んでいるのは、破片を含まない純粋な爆発であった事と、二人が炎を扱う武術を修めているために身体カラダが炎に対する耐性を持っていたからだ。

 通常であれば四肢が吹き飛んでいてもおかしくはない。

「呵々……相対死にを所望か、剣聖」

 瓦礫の中から立ち上がった京太郎の衣服は前面が焼失し、赤く変色した肌を覗かせる。

 右脚が特に酷いのは、蹴りの体勢のまま爆発を受けたからだろう。

嗚呼ああ……嗚呼、かろう。おまえのような上玉、閻魔に自慢するのも悪くはない!」

「連れ合いが欲しければ黄泉比良で探せ、逝くのは貴男だけだ……」

 仕掛けた張本人である十六原も例外ではなく、瓦礫の山から抜け出すだけでも肩で息をするくらいに疲弊していた。

 それでも、一方的に不利な展開から脱出するためには仕方ない損失だったと割り切っている。

「それは残念だ。おまえのような上玉、衆合しゅごうでも見つからないだろうよ」

「惜ければ、命懸けで口説いてみせろッ!」

「そうさせてもらうッ!」

 接近。同時に飛び出した二人だが、十六原が先手の一太刀。

 文字通りの紙一重で回避した京太郎だが、瞬く暇もなく迫る二刀目を危うく掻い潜り、握った拳を突き出す────が、

「ぐがッ!!」

「ッ!!」

 再び、爆発。それは十六原がまた二刀を擦り合わせたのを表していた。

「……はははっ、やはりおまえはい女だ流郷十六原ァ!」

 金の双眸をかっ開き呵々大笑しながら前髪を掻き上げると、どろりと血が額を伝う。

「そうだ、恐怖と狂気、生きたくば相半ばするくらいが丁度佳い!」

「……叫ぶな、喧しい」

 ペッと口腔に溜まった血痰を吐き捨てる十六原。

 有利を取られるくらいなら、と振るった諸刃の剣は容赦なく自身の身体をも斬り裂いていた。

 腰に差していた二つの鞘を放り、止めていたベルトを外して左手が刀を放さぬように巻く。

 左腕の感覚は無いに等しい。京太郎の放った最初の不意打ち、それから二撃目の──当人が言うには一撃目の──蹴りがここに来て効いてきた。

 お互いに満身創痍。有効打を与える、という終着点までの道程があまりにも長い。

 そうなると、一番あり得るのは共倒れ。相手をたおし、自らも戦闘不能という決着。

 ────容認できない。この場にいるどちらも共倒れの予感を感じながらも、許容しようとは思っていなかった。

 そんなつまらない結末を迎えるくらいなら、乾坤一擲の吶喊で果ててしまおう。

 捨て身の凶行が現実味を帯びてきた最中、二人の視線が交差する。

「ハ」と嗤った京太郎が十六原に提案を持ちかける。

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